甘くなあれ夜になあれ


「ボスを嫉妬させたいんだけどさー、どうしたらいいと思う?」
「お前には無理なんじゃね」

ヴァリアー幹部の部屋仕様であるふかふかのベッドに腰掛けながら投げかけた質問は同じくふかふかのソファに座るベルによってばっさりと切り捨てられた。まるで興味がないとでも言いたげな視線。人が真剣に相談してるっていうのにその態度はあんまりじゃないだろうか。ちゃんと私の話を聞いてくれ。もどかしさから足をジタバタ動かしてベルの気を引こうとしてみるも「ウザい」の一言で一刀両断。つり上がった口元がかたどるニヤニヤとした笑いが腹立たしくて枕を投げつけるも簡単に避けられた。むかつく。
「つーかお前って一応ボスの彼女だったっけ」
「一応じゃなくてちゃんとした彼女だよ!」
「ししっ、そんな顔して一丁前にボスにヤキモチ妬かせたいとかウケる」

そんな顔ってどんな顔だよもっかい言ってみろコノヤロウむかつく!頬を膨らませて不機嫌なのを露にしているとベルが私の顔を指差し腹を抱えて笑い出した。「不細工が三割増しで不細工になってんぞ、しししっ」何だこいつ失礼なのにも程があるだろ殴り倒したいんだけど。

確かにベルが好みだっていう綺麗なモデルみたいなお姉さん達には足元にも及ばないと思うけどけどさ。もうちょっと言い方ってもんがあるじゃん。さらに言っちゃえばボスにいつも言い寄ってくるやたらセクシーなお姉さま方の足元にも及ばないけどさ。もっと言い方っていうもんがあるじゃん。ベッドの上でごろごろ転がりながらふと眺めてみた自分の手の爪はマニキュアが剥がれかけて何だかとてもみすぼらしかった。

さっきベルに私はボスの彼女だと言ったけどそれも本当のところどうなのか分からない。ボスの為に紅茶を淹れても、思いきって部屋に押しかけてみても、任務報告のメールの最後にハートマークをつけてみたってボスの態度は変わらない。好きって言ってみても何も言ってくれなかった。

今までボスの後ろをついてきた中でボスにもらえた言葉は失敗したときに言われた「ドカスが」と、散々好きだ好きだと言ってもボスが何も言わないから調子にのって彼女にしてほしいと呟いたことに対する「ああ」の一言だけ。ボスの真意が分からない。ああ、ってなんだ。いつもグラス投げつけられてるスクアーロとか、肉が食べたいと言われて食事の準備をするメイドさん達の方がまだマシな言葉を貰っているというのに。

明日はボスの誕生日でパーティーが開かれる。ボスの近くでも堂々としていられるように目一杯お洒落して、あわよくばボスに嫉妬させてやろうという企ては実行する前にベルによって打ち砕かれた。そんな上手くいくはずないってことは私だって分かってるけど、でも、どうせ違う遠い世界に生きてる人なんだし、夢くらい見させてくれたっていいじゃないか。そう言ったらベルに「ルッスーリアにお前の化粧するように言っといてやるよ」と笑いながら言われた。余計なお世話である。

てっきり冗談だと思っていたのに、翌日朝早くからノックもせずに部屋に侵入してきたベルにルッスーリアの部屋まで連れていかれて「こいつのこと綺麗にしてやって」「腕が鳴るわぁ!」ちょっと待ってルッスーリア、腕鳴らさなくていいしベルも私の髪いじらなくていいから本人を置いて話を進めないでとりあえず私の話を聞け。
「うわ、……誰これ!」
「可愛いわよ~」
「ちょっとは見れる顔になったんじゃねーの?」

何故か任務を終えた後のような晴れ晴れとした顔をしたルッスーリアとベルに促されるまま鏡を覗き込んで固まること数秒。誰これ。鏡の前から動けずにいるとものすごい力で後ろへ振り返らされた。楽しそうにはしゃぐルッスーリアが「ちゃんとお化粧に似合うドレスも用意してあるわよ!」と言ってベルが「しししっ」と笑う。

するするとした肌触りが気持ちいいドレスを受け取りながら、ボスの誕生日だから浮かれているのは私だけじゃないのかもなと思った。ボスったら愛されてるねちょっと妬けるかも知れない。




ちょっと妬けるかも知れないなんて可愛いもんじゃなかった。妬ける。かなり妬ける。焼け焦げるような視線を送ってみても今日の主役であるボスは気づかない。ケーキに思いっきりフォークを刺して頬張った。甘い。美味しい。さすがヴァリアー。キラキラしてるお菓子を詰め込む胃の中でイライラとムカムカが量産され続けて辛い。

ねえボス、そこにいる綺麗なお姉さん達ほどじゃないけど私だってさ、綺麗になれるようにお化粧したりして少しでもボスに見てもらえるように頑張ったんだよ。なのに未だに誕生日おめでとうすら言わせてもらえないどころか一回も目が合わないってどういうこと。恋人がダメならせめて部下としてボスの誕生日のお祝いさせてくれたっていいんじゃんか。

ボスに嫉妬させてやろうなんていう当初の目的がすごく馬鹿らしく思えてくる。もしかしたらこのパーティーに私がいることすらボスは知らないんじゃないか。イライラもムカムカも通り越して泣きたくなってきた。
「わっ」

不意に背中に冷たい感触がして勢いよく振り返ってから後悔した。何で、どうしてボスが。さっきまで綺麗なお姉さんに囲まれて満更でもなさそうにしてたじゃん。私がいることになんて気づいてないんじゃなかったの。
「誰にやられた」
「は?」
「その化粧とドレスの話だ」
「べ、ベルとルッスーリア……」

誰にやられた、なんて任務で傷を負った訳でもあるまいし、そんな威圧的な瞳を向けなくたって私はいつでもボスの言葉にちゃんと応えてる。非難するようなボスの視線が痛い。睨まれるようなことなんて何もしてないのに。

するりと背中を指で撫でられる。冷たいグラスを握りしめてたせいでボスの指が冷たい。何をするんだと抗議しようとした腕を掴まれて、赤い瞳に自分の身体中の熱が顔に集まっていくのが分かる。ボスの綺麗な顔が私の耳に近づいて、心臓が口から飛び出しそうなくらいに音を立てて震えた。
「……このくらいで顔赤くしてんだったら俺の女なんて一生務まんねえな」

私の耳に顔を近づけたまま、どうやら機嫌がいいらしいボスが小さく笑う。ダメだ、こういうときどうやったら格好良い映画のワンシーンみたいになるのかが分からない。なるべく体を離すようにしてから、プレゼントをボスの胸に押しつけた。さっきのボスの台詞が頭の中でぐるぐる回る。俺の女。イコール、ボスの彼女…で、いいんだよね?その意味を込めて見上げるとボスが持っていたワインをグイッと飲み干して、空になったグラスを傾けながら「何か俺に言いたいことは」と言った。ポーズも台詞もなんて様になる男なんだろうか。
「ハッピーバースデー、ボス」
「……そこはイタリア語で言うところだろうが」

呆れたように言った後、「あんまり男にベタベタ触らせてんじゃねえぞ」と最後にボスはとんでもない爆弾を落としていった。
「えええええ!ボス!それって世間一般で言う嫉妬ってやつなんじゃ」
「かっ消されたいのかてめえ」
ちょっとだけ赤くなった顔も可愛いですボス。

Buon Compleanno XANXUS!