パーフェクトソース

世の中は噂話で溢れている。雑誌を開けばやれ芸能人の誰と誰が結婚まで秒読み段階だの、若手人気アイドルに熱愛発覚だの、聖人君子のようだと名高い政治家の衝撃の裏の顔だの、「ソースはどこだ出してみろ」と言いたくなるような低俗な話ばかりでうんざりすることばかりだ。
「ねえ聞いた?男バスの赤司ってさー、のこと好きらしいよ」

爆笑した。
「ちょっと待って今のそんな笑うところだったっけ」
「いやー予想以上にあまりにも根も葉もない噂だったからつい……。何その話どこから聞いたの?ソースは?」
「クラスの子が昨日言ってた。結構有名な話だよこれ」
「身に覚えのないことで勝手に噂される私と赤司くんの立場はどうなる」
「別に悪口言われてる訳じゃないんだからいいじゃん。むしろ喜ぶべきじゃない?」

喜ぶべきじゃない。赤司くんといえば、うちの学校では何かと話題になるバスケ部の男の子だ。有名人だ。ちなみに顔も整っている。神に愛された人、天に何物も与えられた人。そういう印象。噂では今まで生きてきて負けたことがないとか、高校バスケ界最強だとか、そうでないとか。噂はいつだって曖昧だ。平気で尾ひれがつき、当事者の知らないところでどんどん大きくなる。赤司くんに好きな人がいるというのは少し意外で、それでいて微笑ましいけれど、さすがにその好きな相手が私だというのは…笑い話にしかならなくないか。とんだ茶番である。
「その噂してたクラスの子って誰?」

犯人探しというわけじゃないけれど、何となく気になったのだ。友達の口から出たクラスメートのところに向かい、噂について知っているかと尋ねてみた。答えはイエス。次に、その噂を誰から聞いたのか尋ねてみた。口にされたのはまた違うクラスメートの名前。同じようにして尋ねてみると、口にされたのはさらに違う名前、今度は隣のクラスの生徒のものだった。思ったよりもこの噂は広がってしまっているらしい。口コミって怖い。


堂々巡りもいいところだ、一向に諸悪の根源に辿り着かないのだから。ここで私は一つの仮説に到達する。もしかしたら、赤司くんの好きな女の子が私だという噂がガセネタなどころか本当は赤司くんには好きな女の子すらいないのではないか。ありえる。充分にありえる。むしろよく皆そうやすやすと信じられたものだな。
「噂によると僕はさんのことが好きみたいだね」

廊下にて赤司くんと話す機会があった。友達と呼ぶのには少し足りないお知り合い程度の関係だ。とりたてて仲がいいわけでもないし、赤司くんから特別な好意を感じるわけでもない。てっきり妙な噂を流すなと怒られるものかと思っていたから拍子抜けした。赤司くんは噂のことをどうにも思っていないみたいだ。いや、むしろ面白がっているようにも見える。
「本当根も葉もないことで噂されるこっちの身にもなってほしいよねぇ」
「ああ、全くだ。でも、嫌な気持ちはしなかっただろう?」

そういえば嫌な気持ちはしなかったかもしれない、なんて思ったときにはもう赤司くんは目と鼻の先にいて、んん?声のトーンが、変わったようにも、思える。じり、とにじり寄られ冷や汗が流れた。
「ていうか、あ、赤司くんさぁ、噂のこと知ってたんなら違うって言ってくれたらよかったのに」

さっき水を飲んだばかりだというのに、喉がカラカラに乾いて声が枯れた。彼の笑い声がくつくつと響く。
「否定なんてするわけがないだろう?」

ごくり。喉を鳴らす音が大袈裟なくらい廊下に響いた。赤色はもうすぐそこだ。
「僕が噂を流した張本人だからさ」

ああ、これが噂の。