反動形成はお好き?

素直になりたいのは山々なんだけど青峰の前だとどうにも上手くいかない。本当はちゃんと挨拶したり会話をしたいのに、出てくるのは憎まれ口ばかり。このままじゃダメだと思って「おはよう」と言おうとしたのに言いきらない内に「ブス」と言われてしまった。ブスとは何だこのガングロ!売り言葉に買い言葉、そのまま口喧嘩が始まってしまえば『今日こそ青峰と挨拶を交わしたい』なんていう可愛らしい考えはどこかへ吹っ飛んでいってしまう。……ああ、どうしてこんなに憎まれ口ばっかり叩いてしまうんだろう。
「仲良くなりたいって気持ちはあるんだよホントに」

むしろ仲良くなりたいという気持ちしかないのだが当の青峰はそれに気づきもしない。気づかせるような素振りを見せていない私にも勿論原因はあるんだろうけど、私だって誰にでもあんな態度をとる訳じゃなくて、青峰さえブスとかバカとか言わずにちゃんとしたクラスメイトとして接してくれたら私の態度だって少しは可愛くなれそうなものを。実際顔は可愛くないからブスって言われても仕方ないんだけどさあ…好きな人にそんな言葉ばかりかけられていると落ち込みたくもなる訳でして。
「青峰くんも困ったものですね」

読んでいた本から目線だけを上げて黒子が言った。困ったもんですね、で済ませる問題じゃないから困ってるんだよ。私がな。黒子は図書委員会で知り合ったバスケ部の影が薄い男の子だ。初対面で青峰と同じバスケ部だと言われたときは信じられなかった。バスケ部ってめっちゃ強いんじゃないの。とても運動部男子には見えない。しかし何と黒子はバスケ部の中でも青峰と仲が良い方らしく、部活帰りに一緒に帰ったりしているらしい。羨ましい限りだ。私も男子だったら青峰と友達みたいな感じで仲良くできたのかな、なんて馬鹿みたいなことを考えてしまう。
「黒子は青峰のああいう態度についてどう思う?」
「……とりあえず君はもう少し直接的に攻めてみた方がいいんじゃないかと」
「直接的って具体的にどんなんよ……桃井さんみたいに押しまくればいいの?」
「君に桃井さんの真似が出来るとは思いませんがね」
「分かってるなら直接的に攻めろとか言わないでほしいな」
「すみません」

やめてくれ謝らないでくれ余計に傷つく。一向に進展しない状況にやきもきしてしまう。天の邪鬼で意気地なしな私が悪いのだけど。でも青峰の近くには桃井さん(めちゃくちゃ可愛い)がいるし、そうでなくてもバスケ部だったりクラスでだったりとにかく色んなところで目立つことが多々ある青峰は、まあそれなりに人気があったりして、後輩先輩同級生問わず話しかけられてるのを見てしまったりして、その、何ていうかまあ……焦っちゃったりとか、してしまうのだ。こういう思考な自分が恥ずかしい。別に青峰の周りに嫉妬したって現状が変わることなんてないのに。せめて桃井さんくらい可愛かったら積極的にいけると思うんだけどなあ。好きな人に思いっきりブスって言われちゃってるし。進展どころか後退しまくってるんじゃね?と嘆く日々なのである。
「そういう黒子は桃井さんとどうなの、付き合ってんじゃないの?」
「付き合ってませんよ」
「え、何で!折角あんな可愛い子に言い寄られてるのに勿体ない」
「何でと言われても……」

おお黒子が困ってる困ってる。男子を困らせて喜ぶ趣味は持ち合わせちゃいないけど、感情の起伏が表情からあまり読みとれない黒子が困惑した表情を浮かべているのは非常に珍しいので何だか楽しくなってしまった。にやにやしてしまう。会話が途切れたので黒子の視線は再び読みかけだった本へと戻る。うーん。青峰もこれくらい穏やかに私の話聞いてくれたらもっと良好な関係が築けそうなのに。無理か。なんてったって私と青峰だしな。

折角だから黒子の言っていた直接的に攻める、という選択肢について真面目に考えてみよう。桃井さんが黒子に対してやっていることを真似してみるのが一番の近道な気がするのだけど、……思い返してみれば桃井さんって黒子に対してめちゃくちゃ積極的じゃないか……。こないだは「テツくん一緒に帰ろう」とドストレートに黒子をお誘いしていた。あれは可愛かった。同性の私から見てもあの桃井さんはめちゃくちゃ可愛かった。あんなことされてるのにしれっと受け流してる黒子を改めて尊敬する。私も青峰に一緒に帰ろう、とか…言えるのかな。言えないな。言ったらどんな反応するか気になるけど……いや、やめよう。どうせ罵られて終わりだ。

悶々としているうちに「テツー!帰んぞー!」騒がしいのがやってきた。特徴的な低い声は私の鼓膜を熱くさせる。え、今のこのタイミングで青峰来ちゃうのかよ。どうしよう。青峰の足音が近づいてきた。トントン、と音がした方を見ると黒子が机にシャーペンで何かを書いていた。じっと目を凝らして解読する。逆さから見てるもんだからひどく読みづらい。

積極的にいきましょう

え、えー……。今?今なの?よりにもよって今なの?タイムリーすぎじゃない?目線で訴えようとしても黒子は上手い具合に視線を逸らして全く受けあってくれようとしない。そうこうしているうちに教室の扉がバーンと開け放たれた。「テツー今日アイス食いに行こうぜって言ってたの忘れたのかよ……、ゲ」ゲって言われた。「お前かよ」私で悪かったな!青峰は少し顔をしかめたあと黒子に向かって一直線に近づいてくる。ちょ、待って待って今来るな今来たらダメだ何かもう色々とダメだ。積極的にいきましょうの字を手で咄嗟に隠した。こんなん青峰に見られたら恥ずかしくて死ねる。

早く支度しろよ、と急かす青峰に反し黒子は必要以上にもたもたと帰る準備をしている。これはつまり、その、いくなら今しかないってことなのか?確かにまたとない絶好のチャンスだけど、……チャンスなんだけど!
「オレ外で待ってるわ」

痺れを切らしたらしい青峰がくるりと背中を向けた。ちょっと待ってちょっと待って。思わず目の前のシャツを掴むと驚いた顔をした青峰が勢いよく振り向いた。こ、ここで頑張らなきゃいつ頑張るんだ……!
「青峰」
「…………」
「その、……あの、良かったら明日の放課後、……」

ダメだやっぱり顔見ちゃうと言えない。言葉に詰まる自分が情けない。未だかつてこんなにもテレパシーが使えればいいのにと願ったことはあっただろうか。服を掴んだまま視線を彷徨わせる私。何も言わない青峰。いつもなら触んな!とか言って振り払われそうなのに、どうしてこうも青峰が大人しいのだろう。不思議に思っているとパシッと手を振り払われた。「気安く触んじゃねーよ」乱暴な言葉をかけられているはずなのに顔がひどく熱い。ダメだ今青峰と顔合わせたらダメだ。「ごめん……」忘れてくれ。今のは血迷っただけだからちょっと勢いでやっちまっただけだから綺麗さっぱり忘れてくれ。絞り出した自分の声があまりにも情けなくて笑えた。私ってこんなになるほど青峰のこと好きだったのか。
「…………っ、行くぞテツ!」

入ってきたときと同じように荒々しくドアを開けて青峰は教室の外へと出ていった。やっぱり言えなかった……。そもそも私にはハードルが高すぎたのだ。せめてバイバイとか言うだけにしておけばよかった。俯く視界にトントン、と机を叩く黒子の手が映る。何なんだ今度は。顔を上げた私に向かって黒子が口を開いた。
「君は反動形成、という言葉を知っていますか?」
「……知らない」
「一度広辞苑で意味を調べるてみることをオススメします。まあ、心理学用語なので載っているかどうかは怪しいですけどね」

ではボクはこれで、と黒子が言い終わるか言い終わらないかのうちに「いつまでテツと喋ってんだブス!とっとと散れ!」と青峰の怒号が飛んできた。ついいつもの癖で「ブスって言うな馬鹿やろう!」と私が言い返したのを皮切りに戦争が始まる。こんなのだからいつまで経っても素直になれないのだ。黒子が言っていたハンドウ何とか、という単語を調べたら何かが変わるのだろうか。心理学の単語なんて私に分かる訳がないのだ。とりあえず、忘れないうちに手にマジックペンでハンドウ、とメモを書いておく。これが自分の意気地なしを叩き直してくれる魔法の言葉だったらいいのになあ。