きっと世界の利き手に翻弄されている

向かい合わせで座るのって、何回繰り返しても慣れなくて緊張しちゃうなぁ。桐皇からそこまで離れていない場所にあるこじんまりとしたカフェ(さつきちゃん曰く「デートにはもってこいの穴場」らしい)のナチュラルな茶色のウッドソファに腰掛けグラスに挿したストローでオレンジジュースを飲みながら、向かいの席で窮屈そうにその身を椅子に押し込めながら音を立ててコーラを飲んでいる大輝の顔をまじまじと見つめた。

白っぽい塗料で塗られた木目調の壁に、お揃いの黄身がかった色の木で出来たウッドチェアとテーブル、そこに掛けられた可愛らしい色合いのランチョンマットに、お尻の重みを受け止めてくれる柔らかなクッションに、所々に飾られている色とりどりのドライフラワー。まさにお洒落なカフェのお手本のようなこの空間に、私たち以外のお客さんはみんな女性同士の組合せしかいない。そんな中で大輝のような大柄な男はどうしようもなく浮いていて、カラフルな野菜と何だかよく分からない名前のドレッシングがかかった色鮮やかなサラダも、ほんの一掴み分くらいしか入っていなさそうな余白の方が大きいパスタの皿も、その下に敷かれたランチョンマットも、どれもこれもがまったく似合っていなかった。それは彼自身もよく分かっているようで、ランチのパスタが下げられた後に出てくるはずのデザートのケーキを待っている間に飲み切ってしまったコーラのストローを口から離した大輝は私の視線に気付くなり不機嫌そうに眉根を寄せる。
「……何見てんだよ」
「大輝の手見てた」
「なんでんなもん見てんだ」
「大輝の手とコーラの色ってほとんど一緒だなと思って」
「はぁ?」

言葉のチョイスを間違えてしまったらしい。さらに深くなってしまった眉間のシワにさてどうしようかと考えるよりも先に、「デザートのケーキお待たせしました」という声がテーブルに響く。かちゃかちゃと音を立てながら並べられていくケーキの皿と大輝の前に置かれた空になったグラスに視線を移してメニュー表を差し出してやると「なんだよ」斜め上からまた不機嫌そうな声色が降ってきた。
「コーラのおかわりいる?」
「いらねえ」
「ケーキ食べたら喉乾いちゃうよ」
「水飲みゃいいじゃねーか」

そう言ってメニュー表をテーブルの端の方へ押しやった大輝が空いた手で今度は水滴のいっぱいついた水の入ったグラスを手に取った。その一連の動作を眺めた後、小さくカットされたケーキが三つ並べられたお皿を自分の方へと引き寄せる。そういえば、外食のときに頼んでないのにお冷やが出てくるのって日本だけなんだっけ。こないだ英語の先生が言ってたような気がする。外国だとお水を頼んでもコーラを頼んでも同じような値段になるらしい。それなら絶対私はコーラを頼むだろうなと思いながら、同じように飲み切ったオレンジジュースのグラスをテーブルの端へと追いやって自分の分のグラスを手に取る。ここのカフェのお冷やはただの水ではなくご丁寧にほんのりレモンの風味付きだ。何もかもがあまりにオシャレで、ただ水を飲むだけでも何だかそわそわとしてしまう。そしてどうにも落ち着かないのは大輝も同じようで、コップの中の水を飲み干した後もケーキに手をつける素振りも見せずむっつりと押し黙ってしまっていた。
「食べないの?」
「飯食った後によくそんな甘いもん食えるな」
「デザートは別腹じゃん。いらないなら大輝の分ももらっていい?」
「いーけど」

ずい、とこちらに寄せられたもう一つのケーキセットを見ながら考える。食べないんならわざわざデザート付きのランチセットなんて頼まなきゃいいのに。……なんてことはもちろん、言うだけ野暮だということは分かっているから言わない。可愛いやつめ。そう内心思ったことは秘密にして、大口を開けてケーキを頬張った。大輝といえばその様子をげんなりした顔で手持ち無沙汰そうに眺めている。「うげぇ」とでも言いたそうな顔だ。

フォークに刺したケーキを次々に口へと運んでいく。元から小さく切り分けられていたケーキはすぐに全部私の胃袋へと押し込まれてしまった。
「ごちそうさまでした」

ちゃんと手を合わせてそう言うと、まだ一息もついていないのに大輝が「んじゃ行くか」と言って立ち上がろうとする。ちょっと待って、それはさすがにあまりにも気が短すぎる。なんか急ぐ用事とかあったっけ?と思いながら慌ててコップに残った水を飲み干して席を立つと、もうお会計は終わってしまっていた。「いくらだった?」と財布を探りながら訊ねても答えは返ってこない。奢ってくれるということなのだろう。珍しいな、普段ならマイちゃんの写真集と今日の昼ごはんとどっちを買うか迷ってるくらいなのに。
「この後どうする? マジバ行く?」
「マジバはいつも行ってんだろ。何かねーのかよ、おまえが行きたいとこ」
「ええ? そんなこと急に言われても……何も思いつかないなあ」

どうやら今日の彼はいつもと違うところに行きたいらしい。さっきのカフェのチョイスといい、今の発言といい、今日の大輝はどうにも変だ。普段なら私の行きたいところなんて絶対聞いてきたりしないのに。有無を言わさずバスケットコートに連れて行かれるか、約束の時間になっても現れない彼に痺れを切らした私が家で寝ているところを起こしに行ってそのまま二人でベッドで過ごすことになるか、バッシュやスニーカーを買いに行くのに付き合うか、練習終わりに「腹減った」と言う大輝と一緒にマジバに入ってテリヤキバーガーとポテトを食べるとか、せいぜいそんなところ。それが、今日のランチはどこからどう見てもデートスポットときた。一体どういう風の吹き回しだろう。

急かすような大輝からの視線を一心に浴びながら、首を捻って考える。行きたいところ。行きたいところかぁ。この感じだと、「特にない」なんて言ったら怒られそうだなぁ。

うんうんと唸りながらも一向に良い案が出てこない私に痺れを切らしたのか、グッと肩を握られて引き寄せられた。そのときちょうど、暑いし水族館なんてどうかなぁ、でも水族館のチケットって結構するんだよなぁなんて考えていた私は、予想外の彼の行動に思わず「ぎゃっ」と可愛くない声を漏らしてしまう。

しばらくの間、抱きすくめられるがままになっていた。大輝のその浅黒い手がこちらの手に重ねられるとき、そして、強い力でぎゅうと抱きしめられるとき、私はいつも自分と彼が全然ちがう人間だということを思い知る。指の長さも、たくましさも、ごつごつとした骨張った身体の感触も、そのすべてが私と違っていて、そして、そのすべてが好きだと思った。痛いくらいに押し付けられながら、私を抱き寄せているその顔に浮かんでいるはずの表情を確かめようと身を捩る。
「大輝」
「なんだよ」
「外だよここ」
「分かってる」
「……大輝の家行く?」
「それだといつもと一緒になんじゃねーか」
「いつもと一緒だと嫌なの?」
「……いや、」

いつもならこちらの気にしていることまでズバズバと歯に物着せずに言ってくるくせに、どうにも今日は歯切れが悪い。一体何を気にしているのか、私だって超能力者じゃないんだからちゃんと言ってくれないと分かんないんだけどなぁ。

それから少しして私を自由にした彼は、くるりと方向転換をして私の手を引いて歩き出しながらぽつりと一言「腹減った」と呟いて、「やっぱマジバ行ってもいいか? そのあと俺ん家」と続けた。その言葉に私は「やっぱりパスタセットだけじゃ足りなかったんじゃん」と言いながら引かれている手を強く握り返す。「うるせー」と口を尖らせる彼は、こんなにも身長が高くて大きな手をしていてどうやったって格好いいというのに、どうしようもなく可愛く見えて困ってしまう。にやけそうになる口元を固く結びながら、二人でマジバまでの道を歩いていくその途中でふと疑問に思ったことを訊ねてみると、立ち止まった大輝が振り返って決まりの悪そうな顔を浮かべた。
「ね、何で急にこういうことする気になったの?」
「こういうことってなんだよ」
「オシャレカフェに行こうとしたりとか、なんか私の行きたいとこ行こうって言ったりとか」
「……さつきに言われた」
「何を?」
「言いたくねえ」
「えー。ここまで言っといてそれはないでしょ」
「うるせーな。……格好悪いからだっつの」

その大輝曰く『格好悪いところ』が、私としては是非見たいのだと言ったらさすがに怒られるだろうか。明日練習で会ったらさつきちゃんに一体彼に何を言ったのか聞いてみよう。まあ、大体の察しはつくんだけど、それでも、やっぱり彼自身の口から言ってほしい。抱きしめられるのが好きだってことも、バスケばっかりしている背中を見ているのは本当はそんなに嫌じゃないってことも、二人で一緒なら別に特別な場所へ行かなくたっていいってことも、こんな日常がきっと一番幸せなんだろうなってことも、私の方はもうとっくに伝える準備は出来ている。

HAPPY BIRTHDAY!
titled by るるる