夜を逃げるあなたが恋しい


「ご機嫌麗しゅうべルフェゴール隊長、今日は君のハートを盗みにきたよ」
「盗まなくていいから帰れ」
「帰りません!」

可愛い可愛い部下の登場を歓迎するでもなく、愛らしいその口をへの字の形にしたままのべルフェゴール隊長に体の芯から凍えてしまいそうな冬の空へと向かって蹴りだされそうになり、慌てて隊長のベッドにダイブした。ふかふかでかなり寝心地が良い。金髪をさらりと靡かせた隊長がソファに座ってお気に入りのナイフと戯れながらもう一度「王子の邪魔だから帰ってくんね」と言った。

下手な返事をしようものならあのピカピカに磨かれたナイフで刺されることのは十分に分かってるから、ここではあえて返事をしないことにする。
「しししっ、なあ聞いてんのかよ」

聞いてた。勿論ばっちり聞こえた。ばっちり聞こえていたけれど、その言葉にはっきりとした意味が含まれてないと判断したのであえて返事をしてナイフ投げられるような野暮なことはしたくないので、天才的な王子の勘とやらでどうにか察してください隊長。
「王子優しいから一応聞いといてやるけどお前一体何しに来たわけ」
「これ見て分かんないんですか?プレゼント届けに来たんですよ」
「その格好と背負ってる袋は」
「世界中の子供に夢と勇気を配るための準備です」

胸を張って答えると無言でベッドから蹴り落とされた。
「可愛い部下が任務終わりの疲れた体に鞭打ちながら会いに来たっていうのに何なんですかその態度は!」
「別に来なくていいし」
「またそうやって可愛くないこと言う!」
「人の部屋で勝手にサンタごっこしてる奴に説教されたくねーし」
「サンタごっこじゃないですよ失礼な。ほら、ちゃんとトナカイも拝借してきてます」
「ちなみにそのサンタごっこの金はどこから」
「ヴァリアーの諸々の経費からですね」
「死ね」
「まだ死ねません!」

世界を股にかけ西へ東へ縦横無尽に飛び回り、悪を倒して正義を尽くす美少女怪盗とはまさしく私のこと。なーんて言いたいところだけれど、残念ながら私はただのしがないヴァリアーの隊員のうちの一人である。ベルフェゴール隊長とは上司と部下の関係にある。ちなみに恋仲ではない。繰り返す。私とベルフェゴール隊長は恋仲ではない。隊長に言われるがまま任務をこなすついでに色々なものを盗み出しては、ばら撒いたり売りさばいたり気分で貧しい人に配ったりしていたらいつの間にか裏の世界どころか表の世界でも美少女怪盗現る!だと何とか言って、騒がれるようになっていた。もちろん私の本業はマフィアである。ベルフェゴール隊長に「私どうやら世間では美少女怪盗とか正義の大泥棒って言われてるみたいなんですよ。とうとうヴァリアーからヒーロー誕生しちゃいましたね」と報告すると「ししっ、お前が美少女怪盗とかウケる。ギャグじゃん」なんて言われた。こんな失礼極まりない御方に恋心を抱いているのは私である。紛れもなくこの私である。だからこそ、このクリスマス間近のロマンチックな雰囲気を利用して隊長の心を盗み出してやろうと考えた。もちろんあの天下のプリンス・ザ・リッパー相手にそんなことが本当に出来る訳がないというのは分かっているから、あくまで隊長の誕生日を祝う口実として。そう、口実として、のつもりだったのに。

12月22日の隊長の誕生日。私は隊長やボスと一緒に食卓に並んでにこやかに一緒にケーキを食べている…はずもなく、ヴァリアーの城から遠く離れた寒く凍えるような国に飛ばされていた。その日だけはどうか!どうかご勘弁を!ボスに頼みこんでみたけれどこればっかりは駄目だった。「じゃあベルと代わってもらうか」なんて、ボスは私がこの日に休暇をとりたい理由に気づいてたはずだ。前途多難どころではない私の恋路を邪魔しても何ら面白くないでしょうに。

裏の世界で暗躍する我らヴァリアーにそんな都合よく休みが訪れるはずもなく、誕生日だというのにべルフェゴール隊長は任務に駆り出されていた。どうせなら隊長が留守にしているうちにプレゼントを置いていって、クリスマスにサンタさんのプレゼントを待ちわびている子供の喜びを味わっていただこうかと私は考えたわけである。要するにサプライズで隊長に喜んでもらいたかっただけなんだけど、いくら天才で王子だとしても隊長はまだ少年なんだし、遊び心もあるだろうし、あわよくば「あいつ結構いいとこあんじゃん」って見直してくれて翌日お茶に誘われちゃう…みたいな!上司と部下の関係を越えた愛が生まれちゃうみたいな!そうやって脳内思考を勝手にフィーバーさせていた作戦決行の当日、遠方からヴァリアー城まで到着するまでにかなりの時間を食ってしまった。潜伏していた国が遠方にあっただけで、決してトナカイを拝借するのに手こずったとかそういうことではない。

そして計画よりも三時間遅れで隊長の部屋に侵入し、ベッド元にプレゼントを置いて去ろうとした瞬間、隊長が足音も立てず部屋に帰ってきた。隊長の任務が終わるのはもう少し後の時間なはずでは、と混乱する私。あからさまに不審そうな顔をするべルフェゴール隊長。危機感だ。危機感しか感じられない。そして、冒頭へと遡る訳である。
「怒んねーからとりあえずここで何してたか言ってみ」
「せ、世界中の子供たちに夢を届ける任務があるので今日の所はどうか見逃してください」
「最悪の場合でもハリセンボンにするだけだから安心しろって」
「いやいや安心できませんって」
「じゃあ言わなかった場合でもハリセンボンな」

ほらやっぱりちょっと怒ってるじゃないですか!ナイフちらつかせるんじゃないよ!刺される!どっちにしろ私刺される!ナイフしまって!危ないから!
「まさか本気でサンタごっこしてた訳じゃねーだろ」
「してた訳じゃありません、けど……」
「じゃあ何。ちなみにお前三時間遅れね」
「へっ?」
「今日王子の誕生日だし。祝いに来たんじゃねーの?」
「……気づいてたんですか!?」
「当然。だってオレ王子だもん」

何てことだ。気づいてた。気づかれてた。ずっとソファの上でふんぞり返っていた隊長がゆっくりと私の方へ歩み寄ってくる。
「祝いたいなら一番最初に祝いに来いっつーの」
「すみません……」
「おまけにハート盗むだの何だの寒いこと言うし」
「本当にすみません反省してます」
「そんなに盗みたいなら盗ませてやらないこともねーけど」
「いやもうそれも本当反省してま……、え!?」
「ししっ、待っててやるから来年は正々堂々と王子のハート盗みに来いよ」

予想もしてなかった台詞と、ワインでも飲んで酔っぱらってきたんじゃないかと疑ってしまうくらいに甘い表情を浮かべる隊長に目を疑った。これが誕生日マジックなのだとしたら、誕生日は人をこんなにも変えてしまうのか。
「で、返事は?」
「喜んで盗ませていただきます!」

ごめんね世界中の夢見る子供たち。君たちのサンタさん改め美少女怪盗改め愛の大泥棒は、愛するあの人のハートを盗み出してからじゃないと夜の街を駆けれそうにありません!