Your Majesty

この世のすべてを手中に収め、金の髪を逆立てては高慢に笑い、金の鎧をまとって戦うあの方の背中ばかりを追いかけていた。
「我の愉悦など貴様には分からんだろうな」

深紅のワインの入ったグラスを傾けながら英雄王はそう吐き出した。
「王の気持ちなど平民には計り知れませんよ」

足の先から指の先まできっちりと揃え、一礼をする。このお方が王たる所以はここにあると思うのだ。金色に輝く鎧と髪を目の前にしてしまっては、何人たりとも傅かずにはいられない。生まれながらにして王であり、財と富に囲まれ自らを王の中の王と称するこのお方は、誰よりも気高き英雄であった。
「平民風情ながらよく分かっているではないか。どうだ、愚民よ、貴様もこの王の酒を味わってみるか?」

つまりは酌をしろ、と仰りたいのだろう。喜んでボトルを手に取った。いくら愚民や平民や雑種と蔑まれようと、臣下を惹き付ける力がこの方には秘められている。テーブルに伏せられていたグラスをひっくり返し、王のグラス、そして自らの分へと静かに酒を注いだ。まだ口はつけないでおく。私がこれをいただくのは、せめて王が飲み干してしまってからにしないと、
「無粋な遠慮ならば要らぬぞ、さっさと飲んでしまえばよい」
「……そうは言われましても、滅多にない機会ですので。不慣れなことは苦手なのでございます」

慎重に言葉を選び、再び礼をすると王は口元に笑みを浮かべた。
「不慣れだと?よく言ったものだな。ならばこれから何度でも嗜めばよかろう」
「私はそのような身分ではございませんので、我が王よ、嗜むということは難しいかと」
「我の元にいる限りでは何度だろうと味わうことが出来るぞ、例え雑種の貴様であろうとな」
「……仰っている意味がよく分からないのですが、」
「誘ってやろう、と言っておるのだ。雑種には遠回しな表現では分からんか?」
「申し訳ございません」

深々と頭を下げると王は鼻を鳴らした。それでもまだ、グラスには手を伸ばせない自分を恨めしく思う。王の意に介さぬうちにしなければならないことぐらい十分理解しているのに。
「して、返事はどうなのだ?分かっているな雑種よ、よもや王の誘いを断るなぞ貴様に許されてはいるまい」
「ご冗談を。我が王よ、それは私めにはあまりにも勿体なきお言葉でございます」
「我は冗談なぞ言わぬが……まあよい。早く飲んでみせよ」

促されるままに口に運んだワインは芳醇というべきか、甘美というべきか。筆舌に尽くし難いものであった。これは相当上等なものなはずだ。美味しいですね。面白みも何もない感想を述べると、英雄が不敵な笑みをもらす。
「どうだ、少しは我に抱かれてみる気になったか?」
「……まさか」

首を振ってみせると、王は眉を吊り上がらせ、ワイングラスをテーブルの上に静かに置いた。しまった、機嫌を損ねてしまったか。不安に思ったがどうやらそうでもなさそうだ。武器の一つも出てこなければ、叩き斬られる気配もない。機嫌がいいのだろうか。彼が置いたまだ半分ほど残っているグラスを手に取り、顔に近づける。気のせいか、先ほど飲んだ自分のものよりもブドウの匂いがきつく香った。

「雑種如きが大それた口を利く……謀反のつもりならば、この英雄王とて容赦はせんぞ」
「いいえ」

一呼吸置いてから、口を開いた。
「知っていましたよ、貴方が私を求める理由など。それこそ、最初から」
「……ほう?言うようになったではないか、愚民風情が」

王の手に触れた瞬間から、彼がそれを手に入れた瞬間から、数多の宝物ががらくたの山と化す瞬間を何度も見てきた。そうして王は、何度だって夢を見せては醒めた瞬間にどん底へと突き落としてくれるのだ。
「得てして、我が愚民よ、この王の誘いを断るというならば、貴様の愉悦は一体なんだというのだ?」
「そうですね、……あえて言うならば、ギルガメッシュ様。貴方様にお仕えすることそのものですよ」

吊り上げられた眉が下がることはなかったが、組まれた腕の向こうから底へと誘う声が聞こえた気がした。王座に座る英雄が喉の奥から笑みをもらす。
「王に背を向けることなぞ許されんぞ、
「ええ、十二分に存じ上げておりますよ。ギルガメッシュ様」

私が貴方様に背を向けることなど、有り得ないことなのに。夢から醒めたあと、きっと私を捨てるのは貴方の方でしょう。
「ようやっと呼んでくれましたね」

金の鎧をまとっていない腕が王座から伸ばされるのを両目はしっかりと捉えていた。我が王よ、私は、例え夢から醒めたとしても貴方を愛していて、貴方に愛される夜を何よりも願いながら捨て置かれる未来が恐ろしくて仕方ないのです。また一つ笑みを浮かべた王が言った。
「一つ忠告しておいてやろう、我が雑種よ」
「……ギルガメッシュ様」
「貴様に王を玩弄することなど百年早い。そう肝に銘じておくのだな」

、もう一度だけ名前を呼ばれた。割れるはずのない王のグラスにヒビが走っているのが視界に入り、瞳を伏せる。足を組み優雅に口角を上げた私のたった一人の王様は、まだ、私をがらくたの山へ帰らせてくれやしないのだった。