素敵な混乱をどうぞ

獄寺があまりにも十代目十代目とやかましいので、もしかすると彼には十代目(沢田)以外に友達がいないんじゃないかと心配した私は一緒にお弁当を食べないかと彼に申し出た。獄寺は沢田や山本に比べるとかなり沸点が低い。てっきり馬鹿にするんじゃねえ!とか何とか言って怒り狂うんじゃないかと思われた獄寺がすんなり承諾したもんだから、誘ったのはこちらなのに拍子抜けしてしまった。ガタガタと音を立てながら獄寺が椅子を移動させて私と向かい合うようにして座る。集まる女子の視線に、さて一体これはどうしたものか、と首を捻った。思ったことをそのまま口に出してしまっただけで、他意はなかったんだ。他意は。

何かと誤解を受けやすい獄寺だが根はいい奴なので、私の中ではむくむくと他意が頭をもたげ始めていた。純粋な興味が下心へと変貌を遂げてしまいつつあったのだ。当然そんなことなんて知る由もない獄寺は、月曜日の昼休みになると私が声をかけずとも鞄からお弁当を取り出して私の席までやってくる。そして私の前の席の人の椅子を借りて黙々とお弁当を食べ始めるのだ。獄寺は相変わらず十代目十代目とやかましいので、友達が沢田と山本しかいない事態は継続しているのだと私は推測している。しかし獄寺本人が別段それを気にしている様子もないので触れずじまいのまま、私は毎週月曜日になるとやってくる銀髪とのランチタイムに一人胸を躍らせる生活を送っていた。
「この時期に冷やし中華ってまだ早くないか獄寺くんよ」

一口にお弁当と言っても色々あって、サンドイッチを持ってきている人がいればコンビニで買ったおにぎりを食べている人もいる。獄寺は椅子にどっかり座ると鞄からコンビニの袋を取りだし、さらにそこから冷やし中華と一膳の箸を取りだした。冷やし中華始めました、という決まり文句が書かれたシールが貼ってある。そうか。もうそんな季節なのだ。そういえば獄寺が本日の昼食を調達したと思われるコンビニではおでんを見かけなくなった。さっさと開封した獄寺が麺をすする向かいで私はお弁当をつついている。
「お前は弁当なんだな」
「獄寺みたいに毎日コンビニでご飯買えるような余裕はないからね」
「自分で作ったのか」
「お母さんが作ってくれてる」
「そこは自分で作ったって言っとけよ」

女子力が云々、と獄寺は続けたが聞き流してハンバーグを口に運んだ。たかが弁当を作って女子力アピールとやらをしたところで獄寺の気持ちがこちらになびくことなどないことを私は知っている。彼の頭は十代目のことしか考えていないのだ。もしかしたら次の時間の小テストのことも少しは念頭に置いているのかもしれないが、少なくともそこに私が入りこむ余地はない。行き場を失った下心は膨れるばかり。いっそのこと沢田と親密になって協力を煽いだ方がいいのだろうか。分からない。そもそも私は沢田とは面識がないに等しい状態なのだ。ことあるごとに獄寺は沢田のことを褒めちぎっているが、あの沢田の話の八割は獄寺の妄想または誇張された事実だというのが私の見解である。大方間違ってはいないだろう。
「そういや獄寺って結局友達何人いるの」
「は?」

は?と言いながらも獄寺は指折り数える仕草をした。折られた彼の指は三本しかない。三人か。少ねえ。
「三人いるわ」
「誰?」

あまり興味を持ってない風を装って聞くと獄寺はさらりと答えた。三人のうち二人は聞かなくとも決まっている。どうせ沢田と山本だ。
「十代目と山本。それと」
「それと?」

やっぱり沢田と山本だった。期待を裏切らない男だ。沢田と山本の名前を上げたあとで少し視線を泳がせる獄寺をじっと見つめた。人差し指をこちらに向けられる。
「お前」

……お前。投げかけられた言葉をご飯と一緒に飲み込んだ。人を指差すんじゃありません。毎週お弁当を一緒に食べていたのは決して無駄な努力ではなかったようだ。冷やし中華を平らげた獄寺が「あちい」と一言呟いた。あと一週間もしたらスーパーの棚にスイカが並んで風鈴の音が帰り道に響くんだろう。夏がやってくるのだ。友達なんかで済まされてたまるもんですか。