なにがほしいっていうの

原澤さんは大人だ。
「こういう色もあなたに似合うかと思いまして」

ことり。テーブルの上に置かれたマニキュアを手に取ってしげしげと眺める。きれいな色をしていた。かわいい色ですね、そう言えば次ここに来るときはそれを付けて来てくださいねと返される。さりげなく『次』があることを匂わせてくる彼は、ずるいというかなんというか。原澤さんはわたしよりもうんと大人だ。色んなことを経験してきている大人なら、こういうことをしちゃいけないってわかっているはずなのに。別にやましいことは何もしていないけれど、原澤さんはわたしをこうして何度も部屋へ招き入れては化粧品を一つずつプレゼントしてくれるのだ。本人いわく「ほんの気持ちですよ」と。一体何の気持ちなんだろう。聞きたくても聞けないわたしは火遊びが怖いお子様のままだ。
「塗ってみませんか?」

彼の問いかけに対する答えとしてのノーは用意されていない。静かに頷くと手招きをされた。もっと近くに寄れ、というサインらしい。おずおずと差し出した左手をとられて、テーブルの上に優しく置かれる。爪の先に当たるマニキュアの刷毛の冷たさに背中の産毛が逆立った。つん、と鼻をつく独特のにおいが原澤さんの部屋に充満していくのを感じて、このにおいが消えるまではこの人はわたしを忘れずにいてくれるだろうか、なんて気持ちの悪いことを考えてしまったわたしは頭を振った。「動かないでください」静かな声が落ちてくる。こんな風にマニキュアを塗ってもらうなんて、お姫様みたいだなあ、なんて。声に出して言えば笑われてしまうだろうか。

光を受けててらてらと光るようになった爪を撫でてみる。原澤さんはきっとこんな色が似合う女性が好みなのだ。彼から贈られる化粧品で綺麗に着飾るわたしはわたしでいて別人になってしまったようで、彼好みの女になりたいと思いつつ染められつつあることに恐怖心を抱くわたしは大人になれないままで。床に放り出されたままのカバンのポーチの中では彼に貰った化粧品たちが息をひそめている。塗りつぶした肌を伝って浸食されていくような愛の感触に思わず自分の肩を抱いた。