深まるものはあなたの秘密

副長が攘夷志士を討伐するため隊員を率いて地方に行ってしまってから一ヶ月が経った。その間に私は隊員仲間に手紙を書いたり、精力増強のためにバナナを送ってみたり、土方さんの部屋に常備してあるマヨネーズのキャップの色を赤から青に塗り替えてみたり、姉御にこてんぱんにやられて帰ってきた局長の手当てをしたり、山崎さんとあんぱんを食べながら友情を分かち合ったりとそれなりに忙しく、充実した毎日を送っていた。土方さんが不在なせいで退屈した沖田さんの破壊活動の餌食にされるのは理不尽だと思うけれど、それさえ除けば何一つ不自由のない生活だと言える。どこをとったって寂しがる要素なんてないね!ふふん!

そうやって自分に言い聞かせては気丈に振る舞って強い女になれたつもりでいた可愛くない時期が私にもありました。前言撤回します。寂しくないなんて嘘です。

もうそろそろ限界かもしれない。

寂しい、寒い、心細い、一肌恋しい。色んなことが積み重なって、せめて声だけでもいいから聞きたくなった。受話器越しに聞いた一月ぶりの副長の声は思っていたよりも低くて、疲れてるのかな、と思うのと同時に相手のことを気遣えない自分が情けなくなる。ここで副長に会えなくて寂しいから電話しちゃいました、なんて言ったら任務から帰ってくるなり切腹を命じられてしまうだろう。遊びで遠征しにきてる訳じゃねェんだよ、なんて言ってこめかみに青筋を浮かべる副長の姿が目に浮かぶ。

大至急、疲れた上に私の脈絡のない話に付き合わされて存分に損なわれているであろう土方さんの機嫌をなるべく穏便な方法で回復させられるもの。副長が好きなものと言えば、煙草、マヨネーズ、規則、刀、私、美少女アニメ…はトッシーの嗜好にカウントしておいたほうがいいのかどうか。それはまあとにかく置いておくとして、煙草はきっと今も口にくわえられてるだろうし、規則とか刀とか仕事の話なんて余計に疲れさせてしまうだろうし、土方さんが私を好きかどうかは正直分からない。ここはマヨネーズの話をしておくのが無難だろう。
「土方さんは私とマヨのどっちが大事ですか」
「マヨ」

即答された。三度の飯よりマヨが好きな副長のことだ。マヨと答えられることぐらい分かっていた。分かっていたつもりだったけれど、そこまであっさり答えなくてもいいんじゃないのか。迷う素振りも一切見せず即答されたことにショックを受けたのと腹立たしいのとマヨに対する嫉妬で、受話器を落とすふりをするつもりが本当に落としてしまった。慌てて拾うと苛ついたような土方さんの声が聞こえる。
「いきなり電話かけてきたと思ったらガタガタうるせーよテメェ今何時だと思ってんだ」
「23時です」
「そういうこと言ってんじゃねェ。用件があるならさっさと言え」

特にこれといった用はないんですけど、強いて言うなら土方さんに会いたいです。こんなことを今の副長相手に言おうものなら私の切腹は確実だろう。まだ命は失いたくない。
「あの、土方さん」
「なんだ」
「体の調子は、その、大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。心配ねェ」
「煙草吸いすぎてませんか?」
「……もしかしてわざわざ俺に説教するために電話かけてきたのか」
「違います!えーっと、その、最近の沖田さんのヤンチャっぷりが酷くて」
「ちゃんと仕事しろって言っとけよ。帰るまでに仕事増やされちゃたまんねェからな」
「あと、局長の顔の腫れ具合がいつもにも増して酷いです」
「屯所のどっかに湿布あるだろ。後で山崎にでも置いてある場所聞いとけ」
「分かりました。えっと、あとは……」
「…………」
「……副長?」

副長が急に黙り込んでしまった。もしかして呆れられた?べらべら喋りやがって寝かせろよ疲れてんだよこっちはよォ、みたいな?有り得る。充分に有り得る。それか、私が何か副長の気に障ることでも言ってしまったのかもしれない。どちらにせよ謝っといたほうがいいような気がするけど、でも理由も分からないまま謝るとまた副長に怒られかねないしなあ。
「あのー……副長?」
「…………」
「もしかして寝てます?」

返事がない。寝ちゃったのかな。寝ちゃってるよね。もうすぐ日付も変わる時間だし、こんな夜遅くまで付き合わせて悪いことをしてしまった。疲れてるのにごめんなさいって謝っとけば良かった。折角電話に出てくれたのに切っちゃうのは勿体ない気がするけど仕方ない。最後にちょっとだけ話して終わりにしとこう。
「本当に大した用件もなかったんですけど、ちょっと副長の声が聞きたくなって」
「寂しい要素なんてどこにもないね!とか、言わなきゃ良かったなーって思っちゃったりして、」
「あの、我ながら情けないな、とか鬱陶しい女だな、とは思うんですけど」
「会いたいです、副長……」
「…………」
「…………」

恥ずかしくなって受話器を耳から少しだけ離してみる。耳にくっつけていたときと大して沈黙は変わらない。受話器の向こうに副長がいるのかもよく分からなくて、居たたまれない気持ちになった。
「……なーんちゃって!まあ会いたいと思ってるのは本当ですけどね!それでは失礼しまし」
「待て、散々勝手に喋り倒しといて切ろうとしてんじゃねェよ」
「へっ!?」

てっきり寝てるものだと思っていた土方さんの声が不意に聞こえて受話器を落としそうになり、慌ててしっかりと耳に当てなおした。
「起きてたんですか!?」
「ああ」
「いつから!?」
「お前が一人で喋りだしたあたりから」
「一番起きてちゃいけないところじゃないですかあああああ!」
「落ち着けよ」

これが落ち着いていられるものか。取り乱す私とは対照的に、副長はゆっくりと息を吐くと「なあ」と相変わらず低い声で話しかけてきた。何となく声が甘いような気がするのは私の頭が浮かれきっているせいに違いない。
「さっき言ってたこと、お前の本音だって思っていいんだな?」
「さ、さっき言ってたこととは……」
「俺に会いたいだの寂しいだの言ってただろ」
「いや何のことだか私にはさっぱり」
「誤魔化すんじゃねェ」
「すみません副長に会いたいです」

副長の顔は見えなくて声だけしか聞こえないはずなのに、まるで副長が目の前にいるかのように緊張で言葉が震える。副長が一息ついたせいなのか私の耳が物音に過敏になっているのか、受話器の向こう側の空気が揺れた。副長が子供をあやすような優しい声で私の名前を呼ぶ。今度は私の勘違いなんかじゃない。副長の発する声が甘い。
「帰ったら一番最初に会いに行ってやる」