君とスフレと控えめなフォークで


「先輩の好きな人って誰なんですか」
「教えない」
「どうせ跡部部長なんでしょう」

残念でした、私が好きなのは跡部じゃなくて日吉だよ。面と向かって本人にそう言えたらどんなに良かったことか。至って真面目な顔をしながら問いかけてきた日吉の顔を見て、好きになる人を間違えてしまったかなーと思った。日吉は武道をたしなんでいるから、恋愛には疎いのかもしれない。なんていうのはきっと私の偏見だけど、日吉の頭の中には跡部を筆頭に3年生に対する下剋上のことしかないんだろう。あの手この手でアプローチしても無反応、挙げ句の果てには「跡部部長が好きなんですか」なんて言ってくる始末。バレンタイン目前にして早くも心が折れそうになる。

氷帝のテニス部員は200人を越えているから、部員に渡すチョコを準備するだけでもめちゃくちゃ時間がかかる。その上準レギュラーの部員よりは関わりが深いレギュラーの部員には義理チョコは義理チョコでもちょっと豪華なやつをあげたい、なんて考えてたらとんでもない作業になってしまった。好物がぬれせんべいだというあの日吉がチョコを食べてくれるのか。不安に思いながらたくさんの義理チョコの中に1つだけ本命を混ぜてカモフラージュ。本命なのだと気づかれずにまた跡部がどうのこうの、と言われるのが嫌だからラッピングの箱の蓋に『本命!』と書いたメモを貼ってやった。ここまでやったらさすがに日吉も義理じゃないって分かるんじゃないかと思う。分かんなかったら、今度こそ私の恋はおしまいだ。

部活が終わった後の部室でレギュラー以外の部員全員に順番に配っていっただけでも30分かかって、私の心は早くも折れかけていた。気を取り直し、レギュラーの皆にチョコを配っていく。日吉の番が近づくにつれて心臓がバクバクしてきて手が震えるのを跡部に鼻で笑われた。平常心。平常心。何でもないような顔をして最後のチョコを鳳に渡して、今年も無事にバレンタインを終えられた。レギュラーの皆が一人で食べきれるか分からないくらいのチョコを貰ってるのは毎年のことだし分かりきってたからチョコはあえての一口サイズだ。
「今ここで食っていいか?」
「いいよ」
「ほな俺も食べよかな」
「じゃあ俺も頂きます」
「あ、待って、日吉はダメ!」

でも、日吉のは、ちょっとだけ張り切ってカップケーキくらいの大きさにしてあるのだ。味見はちゃんとしたから不味くはないと思うんだけど、この場で開けられてしまったら日吉だけ周りとは違うのが一目瞭然で。向日や忍足がラッピングを開けて中のチョコを食べている横で、箱のリボンをほどこうとしている日吉の手を掴んで止めた。
「どうして俺はダメなんですか」
「……な、何でも!」

まさか開けた箱の中にでかでかと『本命』と書かれたメモが貼ってあるからだなんて言えない。どうしよう。すると、変に空気を読んだらしい跡部や忍足が帰る支度をし始めて足早に部室の外へ出ていくような素振りを見せた。ちょっと待って、こんなとこで日吉と二人っきりにしないで!鳳も樺地もそんな先輩からの命令は聞かなくていいから置いていかないで!

バタン。部室のドアが閉じる。日吉と、ついさっき本命チョコを渡したばかりの後輩と二人きりで残されてしまった。気まずすぎて沈黙に耐えきれない。
「日吉、あの、」
「先輩」
「はい」
「これは……」

これは?日吉の視線の先には例のあのメモがあって、体が硬直する。見られてしまった…。育ちがいい日吉のことだから、家に帰ってから包みを開けるだろうと踏んでいた故の思い切った行動だったのにまさかこんなことになるなんて。告白してしまったようなものだ。無言でメモを見つめている日吉から逃げるように距離をとる。まさかこの期に及んで「跡部部長と間違えてませんか」なんて言われたら立ち直れそうにない。この際だから当たって砕けてしまおうか。
「跡部と間違えてたりしてないからね」
「え、」
「日吉にあげた本命チョコだから」

日吉のさらさらな髪が揺れる。本命の意味が分からないほど、鈍くはないはずだ。いつも下剋上だと言って跡部達の背中ばかり見つめている日吉の瞳に私が映っている。それだけで今の私は満足だから、返事は一ヶ月後に期待しておこうかな。見たことないくらい真っ赤な顔をした日吉を見てこっそりと笑みを溢した。