わたしが運命としたもの

今度の3連休にさ、テーマパーク行こうと思ってるんだけど、ちょっとサイドエフェクトで晴れるかどうか予知してくれない?わたし雨の日のテーマパークって嫌いなんだよね。
「おまえ俺のこと天気予報かなんかと思ってない?」
「違うの?」
「この実力派エリートをそんな扱いするのぐらいだよ」
「迅もボーダーじゃ結構年上の方になってきたもんねえ」

いや、そういうことじゃなくて。年齢の話じゃなくてさ。訂正しようと思うもたった今、ボーダーでも指折りの実力派エリート隊員の俺をまるで天気予報かのように扱ったの興味はもう連休の天気ではなく最近入った新入隊員の成績に向けられている。おれが返事を寄越しても寄越さなくても気にする素振りをまったく見せずに淀みなく動き続ける目の前の唇にはてかてかと光るピンク色のグロスが塗られていた。

よくもまあそこまで口が回るもんだ、と感心しながら楽しそうに話すを眺めていると、話題は最近入った筋がいい新入隊員の話からいつの間にか嵐山隊が出ていたCMの話へと変わっていた。嵐山隊の話が一段落したところで「今日デートでも行くの?唇光ってる」と言うと「グロス塗ってんだからそりゃ光るよ。そ、この後イタリアン行くんだ」とウキウキした様子でが答える。新しい彼氏はトマト好きの男らしい。この前のやつはチーズが嫌いでイタリアンに食事しに行けないのが玉に瑕だとこぼしていた気がするけど、この様子だと今回の男はその点はクリアしているようだ。もうすぐ約束の時間だから、と鏡を取り出してそそくさと前髪を直した後に本部の出口に向かって歩いていこうとするに向かって「日曜なら夕方まで晴れるみたいだけど」と声をかけると「ありがと!じゃあ日曜に行ってくる!」元気よく返事が返ってきた。その背中が見えなくなるくらいまで小さくなるのを見送ってから、ふうと一息つく。

さて、今度の男はどのくらい持つだろうか。




振られた。迅の予想通りからりと晴れた日曜日、人混みでごった返す喧騒の中で彼氏に振られた。付き合ってまだ3カ月も経っていないのに2人でテーマパークに行こうと誘ったのがそもそもの失敗だったのか、遅かれ早かれこうなってしまう運命だったのか。それはもう今となってしまっては分からない。ただ一つ確かなことがあるとすれば、今、わたしは二人でウキウキしながら足を運んだはずのテーマパークを一人で後にしようとしているということだけだ。
「雨だって言わなかったっけ?」

ぽつぽつと雨が降り出して人もまばらになってきたテーマパークの出口付近で、聞き覚えのある声がすると思ったら一人分の傘を持って佇んでいる迅がいた。ちょっとあんたさ、こんな風に雨が降ってくるなんて、そんなの聞いてないんだけど。雨の日のテーマパーク嫌いだから晴れてる日教えてって言ったじゃん。そう言ってやりたいのに口を開くと出てきそうになるのは情けない泣き言ばかりで、震えた声を出しそうになる唇をきゅっと引き結んで息を吸い込む。
「……やっぱり天気予報出来るんじゃん」
「違うよ。俺はただ、雨の中で男に振られて泣いてる誰かさんが見えただけ」

わたしの精一杯の憎まれ口も、迅はまるでそう言われるのが分かっていたみたいにわざとらしく肩を竦めるだけで、何にも気にしていないみたいな顔をしてただ傘を持ってそこに立っている。熱くなる目頭と、雨に当たって冷たくなっていく頬を手のひらで拭いながら迅に向かって口を開いた。
「振られるって分かってたなら止めてくれたら良かったのに」
「やめろって言ってもどうせムキになるだけだっただろ?熱しやすく冷めやすいのことだからさ」
「……そうだね。どうせ振られるだろうからそんな男やめとけって言われたら余計に燃え上がってたかも」
「はは。らしいな」

いつから、そしてどこまでが迅には見えていたんだろう。こういう結末になるってことも全部全部分かってて、それでもわたしのくだらない話を、告白が成功しただのイタリアンがどうのテーマパークがどうの彼好みのグロスの色がどうのって話を聞いてくれてたんだろうか。一体どんな気持ちだったんだろう。それが優しさからくるものだったのか、それとも面白がっていたのか、聞いたって教えてくれないだろうけれど、初めてこの男に尋ねてみたいと思った。愉快そうに歪めていた口の端を元に戻した迅が「風邪引くよ」と傘をこちらに向かって差し出した後、「それに」と言葉を続ける。
「誰かにやめろって言われてやめるもんでもないでしょ。特に恋愛とかいうのはさ」
「……実力派エリートじゃなくてカリスマ恋愛相談師に転職したら?」
「そしたら暗躍出来なくなるだろ。それは困る」

雨に濡れて濃い色へと変わっていく服の裾へと視線を落としたあと、差し出された傘と何を考えているのかさっぱり読めない迅の瞳を交互に見つめた。いつも通りの、飄々とした迅の表情からは何の感情の動きも読み取れやしない。けれど、それでいいと思った。迅が何を考えているのかわたしには分からなくても、迅にはわたしが次にどうしたいのか、どうするのかが見えているはずだから。
「ねえ迅」
「ん?」

わたしの呼びかけに首を傾げながら答えた迅は、きっと、わたしが今から迅に何を聞きたいのかも分かっているんだろう。未来が分かるっていうのは、多分、わたしが思っているほど便利なことばかりじゃない。でもこのときだけは、目の前に立つこの男の察しのよさが心の底から有難いと思えた。
「……わたし、これからどうなりそう?幸せになれると思う?」
「それは次第だろうなあ」

『幸せ』の定義は人によってそれぞれ違うし、わたしの思う正解が迅に見えてる未来の中の最良とは限らない。最良と、最善と、最優と、数ある未来のうちからそのうちのどれかを掴み取れたらと願ってやまないけれど、もしかしたらそのどれもを掴み取れないかもしれない。それでもわたしは、何かを選びながら進んでいくしかないんだろう。相変わらず降り続ける雨が傘にも入らず立ち尽くしている二人をしとどに濡らしていく。
「未来はいくつも枝分かれしてて、枝分かれした先にもまた選択肢があって、どれを選んでもそれぞれ違う未来に続いてる。とりあえず、の当面の選択肢はさ、今このおれの手を取るかどうかってところなんじゃない?」

こちらに向かって差し伸べている傘を持っていない方の手を「ほれほれ」と振ってみせた迅が口角を上げてわたしに向かって視線を寄越す。……その手をわたしが取るかどうかなんて、もう分かってるくせに。結局この男の手のひらで転がされてばかりいるようで自分に腹が立ちながらも、わたしは観念したかのように想像していたよりもずっと熱い迅の手のひらを強く握った。