ラストターンで君を落とす

いつもなら二人分の影を映し出す街灯の明りの下に一人分の影しか伸びていなくて、今まで渦巻いていた怒りの感情は急速に萎んでなくなっていってしまった。唐突に襲ってきた寂しさに耐えられなくて泣きそうになる。何さあんな顔して。下手な女の子よりきれいな顔してるくせに。泣きたいのはこっちだっつーの。
「実渕なんて大っ嫌い」

わたしの口から放たれた一言で実渕があんな顔をするなんて。だっていつもわたしが何を言っても笑って「素直じゃないわね」なんていう実渕が、悲しそうに目をふせて笑いもせずにわたしから目を逸らすなんて、想像もつかなかったから。実渕はあんなふうに大人だから、わたしの口からでる言葉も本心じゃないって、分かってくれてるって思ってたのに。そういう風に思ってたのはわたしだけだったみたいだ。

わたしは自分が思っていたよりも子供で、実渕に謝ることも好きだよって言うこともできずにこうしてとぼとぼと夕陽が照らす一本道を歩いている。手が冷たいなと思って立ち止まったら繋いでくれる隣の大きな手がいないことに寂しくなった。馬鹿だ。大馬鹿だ。実渕を、……大事な人を、傷つけてしまった。

どうやって謝ったらいい?メール?電話?もう一回学校まで戻る?謝ったら、実渕は許してくれる?こうやって喧嘩するのも初めてのことで、どうしたらいいのか分からない。一緒に帰りたいな。毎日一緒に帰ってて、大嫌いなわけないじゃん。分かれ。実渕のバーカ。優しい実渕を言葉のナイフで傷つけたのは自分なのに、傷ついたつもりになってるわたしのほうがバカだ。そんなこと分かってる。
ちゃん」

実渕はずるい。わたしに自分から謝らせるタイミングを作らせない。後ろから思いっきり抱きしめられた。ろくに確認もしないで、これがわたしじゃなくて違う女の子だったらどうするつもりなんだろう。
「実渕」

名前を呼んだら泣きそうになった。本当はわたしだって、あの子みたいに実渕の前ではかわいい女の子でいたい。口から出てくるのが憎まれ口じゃなくて、好きって言葉だけだったらいいのに。
「怒ってる?」
「怒ってない」
「嘘つき」

後ろにいた実渕が離れていった。なくなっていく温度が寂しくて恋しい。嘘つきって何さ。そこまで分かってるのに、わたしの大嫌いが大好きの裏返しってことも分かんないなんて。テレパシーで伝わっちゃえばいいのに。
「わたしだって嫉妬くらいするし」
「……」
「勢いで大嫌いって言って傷つけちゃうし」
「……」
「本当は実渕のこと大好きなのに変なの」

テレパシーで伝わるなんて超能力はわたしには備わっていないから、そのまま言葉にしてぶつけてやるとおかしなことに実渕はまた泣きそうな顔をした。何で大嫌いって言ったときと同じ顔するかなあ。大好きって言ってるじゃんバカ。腕に触れるとまた名前を呼ばれた。
「ごめんなさい、嫌いにならないでね」
「……なるわけないじゃん」

女らしさと男らしさが共存している実渕の内面はとても弱い。こんな実渕の姿を見たことがある女の子もわたしだけなのかもしれない。涙をいっぱい溜めた瞳はとてもきれいで、わたしを抱き寄せる腕はとてもたくましい。そんな顔で嫌いにならないで、だなんて言われてしまうとわたしはもう降参するしかなくて、せめて早く泣き止んでくれるよう精一杯の背伸びでキスを送った。