あたしは花になるの

「キスしていいか?」
瞬間、あたりが水を打ったように静まり返った。頬杖をついて前の席に座る宮地の横顔はいつもと変わらない綺麗な横顔で、言葉につまってしまう。今、何て言った?

「キスしていいかって聞いてんだけど」

今度はちゃんとわたしの目をまっすぐに見ながら、宮地が聞いてくる。キスってあの、キスですか。…その、そういうことって、相互理解というか、相手の了解をとってするものなんだろうか。そりゃそうか。いきなりされたら嫌だもんな。わたしは別に、宮地になら、いつされたって構わないんだけど…。いやいやいやいや。今はそういうことを聞かれてるんじゃない。落ち着こう。しばらく別世界に飛んでいっていた思考の端を慌ててひっつかんで引き戻す。聞こえなかったふりをしたほうが、いいんだろうか。うんって言ったらやっぱりその、キスされるんだよね。どうしたものかと答えあぐねながらも宮地の方を向くと、今度は唇にしか目がいかなくなった。宮地がどんなつもりで聞いてきたのか分からないのに、聞いてみただけかもしれないのに、痴女か私は。恥ずかしすぎる。
「なあ、」

近い近い近い。宮地が近い。どこを見たらいいのか分からず目線を逸らそうとすると頬を掴まれた。これは本格的にまずい展開になってきてしまったかもしれない。
「宮地」
「沈黙は了解とみなすけどいいのか?」

沈黙してないよ私今さっき「宮地」って言ったよ。お断りする意思はさらさらないが頷くのも気恥ずかしい。とんだ生娘のような思考をぐるぐる駆け廻らせる自分が信じられなかった。でも、ここで今更お断り申し上げても、唇にしか目がいかなくなってしまった事実は消えないのだ。もうどうしようもない。宮地のせいだ。流されるなら流されてしまえ。
「……誕生日おめでとう」

唇が重ねられるかと思った一瞬手前、聞こえてきた言葉が信じられず目を開ける。宮地ってばバスケばっかりしてるくせにどうしてこんなに肌綺麗なんだろう。直前で目を開けたわたしを信じられないとでも言いたげな宮地の声が戒めた。目つぶってろ。大人しく従うとそのまま唇が重なる。キスってこんな感じなんだ。わたしからすぐに離れた宮地は「ありえねえ」なんて言ってぼやいているけど、わたしからすれば彼が誕生日を覚えていてくれたことのほうが有り得ないことで。だからあんなにキスしていいか聞いてきてくれたのか。熱くなった頬を触る。
「何なら強引に奪ってくれても良かったのに」

緩くなった思考のままそう呟くと、「馬鹿なこと言ってんじゃねえ」いつも飛んでくる拳骨の代わりにもう一度唇が重ねられた。今度はしっかり目を閉じる。宮地の髪からはわたしが前に使っていたシャンプーのにおいがするのだと、わたしはこのときになって初めて思い知ることとなった。