指をそろえて待っていて

※美容師パロ

「こないだ染めてやったのにお前ここプリンなってんじゃねーか」

カットやカラーをしてもらっている間に鏡を見るのって苦手だ。妙な喪失感を覚えるから。ヘアカタログに落としていた目線を上げると鏡の中で宮地さんが不機嫌な顔をしながら私の髪を触っていた。彼は大学の先輩のお友達だ。行きつけだった美容室に飽きてきていた私に先輩がカットモデル募集の広告を薦めてくれ、その担当者が宮地さんだったのだ。それから一ヶ月半周期で美容室を訪れる私に、宮地さんは色々とダメ出しという名の暴言を浴びせてくれる。こういうと何だか宮地さんが嫌なやつのように聞こえてしまうけれど、私個人に対する扱いはともかく、伸ばしっぱなしでこまめに手入れもしれいない私の髪を扱う指先はとても優しいことを私は知っている。口は悪いのに本当に丁寧にハサミを使うんだなあ、と感心してじっくり観察していたら「目閉じなきゃ前髪切れねえだろうが」と怒られてしまった経験があるのであんまり見ないよう気をつけてはいるけれど、ふとしたときに目線で追ってしまうのだからどうしようもない。

ぺらりとページをめくる。このページからボブ特集になるんだ。この髪型可愛いかも。頬に淡いピンクを乗せた女の子の写真を宮地さんに見せながらそう伝えると「お前の髪質には合わないと思うけど」とばっさり切り捨てられた。彼によると「お前ホント自分の髪質と輪郭の形分かってねえよな」ということらしい。余計なお世話であるけれど今まで彼のアドバイスは外れたためしがないので大人しくその髪型は諦めることにした。ふわふわで可愛いんだけどなあ。 「オレはこういう髪型のほうが似合うと思うぞ」

そう言って宮地さんが指差したのは、フェミニンすぎずボーイッシュすぎず、丁度いい感じに女の子らしい髪型をした女の子の写真だった。確かにさっきの髪型よりは似合うかもしれない。何より宮地さんはプロなのだ。プロの言うことなんだから少なくとも素人目の私よりは間違いはないはず。その髪型でお任せすることにした。
「カラーは?」
「しない方向で」
「お前この辺プリンなってんだけど」
「染めるお金ないんでいいです」
「うちの新作カラー試してみるか?店長オススメらしいぞ」

そう言った宮地さんが取りだしたのは落ち着いた色味のブラウンカラーだった。冬っぽくていいかもしれない。しばらく躊躇った後に頷くと、「そうこなくっちゃな」宮地さんが笑う。笑うと本当に美青年なんだけどなあ。
「可愛くしてやっから」

その一言で私は毎回魔法にかけられてしまうのだ。




「お前オレがこの前教えたブロー実践してねえだろ」

カットもカラーも終わって、ブローをしている間に宮地さんが言った。あんまり技術とかに詳しくない私だけれど、宮地さんのブローは上手いんだろうなあ、と思う。気持ち良くて寝てしまいそうだ。相変わらず私の髪を触る彼の手つきは優しくて、不思議と安心してしまう。
「してないです」
「女は髪が命なんだからしっかりケアしろよ。でないと轢くぞ」

たまに出てくる単語が物騒なのにはもう慣れた。遠まわしに女の子扱いされているのだと気づいて目の前の鏡が見られなくなってしまった私はそっと目を閉じる。このまま寝てしまいそう。終わったぞ、と声をかけられたときにはもう宮地さんは閉店の準備をしていた。来たときよりもかなり短くなった髪に触れる。あと2ヶ月くらい先まで、美容院に来る理由はなくなってしまう。そうなるとつまり、宮地さんに会うことは出来なくなってしまうのか。それは、なんだかちょっと、嫌だなあというか。
「早く髪伸びないかなあ」

呟いた鏡の奥で、さっき切ってやったとこだろうがとため息を吐く宮地さんの顔が浮かんだ。