イン・ザ・ルーム


「どーなっとんねん本間に。なぁ」
「そうだね~」
「二人とも呑気に喋ってる場合じゃないですからね!?」

今日の天気予報は雨だった。しかし銃弾の雨が降ってくるとは聞いていない。四方八方から飛んでくる弾を避けながら、狭いホテルの廊下をひた走る。前を駆ける南雲さんと神々廻さん、二人分の背中を追いかけながら、やはりこの二人との任務はろくなことにはならなかったと自分の運の悪さを呪った。



南雲さんと神々廻さんと一緒に要人の護衛及びそれを狙う殺し屋の排除に当たると聞いたときの私の心の中は、心強いと思ったのが六割、何か面倒なことにならないだろうかという不安が四割。

そして見事、後者の方が的中してしまったというわけである。


そもそも何故こんなことになってしまったのか。任務自体は長丁場ではあったもののそれほど難しいものではなかった。途中何度か敵の奇襲に遭いつつも約束の時間まで無事にターゲットを守り遂げ、ついでにサクッと相手方の組織を壊滅させ、任務分の報酬を受け取って、夜更過ぎになっていたこともあり予め部屋を取っていたホテルのロビーでチェックインの手続きを手短に済ませる。

ここまではいつもの任務と変わらない。雲行きが怪しくなったのはここからだ。

殺し屋稼業――いわゆる裏社会での仕事をやっている人間が利用できるホテルは限られている。何年もこの世界に身を置いていると、同じホテルに何度も繰り返し宿泊する機会も多い。いわば常連だ。今回もてっきりそうだとばかり思っていたのに、今回宿泊先として殺連から指定されたのは聞いたことのない名前の外資系高級ホテルだった。場所を調べるついでにホームページを眺めてみると、ついこの間オープンしたばかりのようだ。

ORDERで殺し屋をやっているうちはここにも何度も足を運ぶことになるんだろうし、そのうち受付で顔パス出来るようになるんだろうな、と思いつつチェックインカウンターで名前を告げる。すると、それまで深夜だというのに終始にこやかな笑顔でテキパキと対応してくれていたスタッフの顔色が途端にさっと曇ったのだった。一体どうしたのかと不審に思っていると、フロントの裏では何やらひそひそ声でスタッフ同士が相談しているような気配を感じる。これはおかしいと思い始めた矢先、慌てた様子のスタッフの一人から「大変申し訳ございません」と頭を下げられ、「こちらの手違いがあったようで、一部屋しかご予約が取れていないようなんですが――」と続けられた言葉に目眩がした。

どこでもいいからと空き部屋がないか探してみてもらったものの、他の客室は既にすべて埋まってしまっているらしい。今にも床に額を擦りつけんばかりに平謝りをしているスタッフを尻目に、「どうするんですか」と後ろを振り向いて神々廻さんに指示を仰ぐも面倒くさそうに首を振られ、南雲さんには「あらら、困ったね〜」とにこにこしながら言われるだけで何の役にも立たなかった。

仕方ない。こうなったらカプセルホテルでも漫画喫茶でも何でもいいから、他にシャワーを浴びれて身体を休められるような場所を自力で探すしかないか――とエントランスに向かおうとしたとき、大慌てでやってきた責任者らしき男から「スイートルームをご用意しましたので、本日は是非そちらでお休みください」との進言があったのだ。

お休みください、なんて言われても。いくらスイートルームを用意したところで、ベッドが足りないのなら意味がないだろう。クイーンサイズなのかキングサイズなのかは知らないが、どう計算しても数が足りない。どれだけ広かろうが大の大人の男女が一つまたは二つしかないベッドに三人揃って寝るなんて、どうやったって無理がある。ましてや、そのうち二人は180センチ越えの大男。この二人と一晩同じ部屋で過ごすなんて、どう考えても快適とは程遠い。お断りの一択だ。一仕事終えてやっと休めると思ったのに、ここからまた今夜の寝床を探すためにあれこれ動かないといけないのか。このツケは後でちゃんと殺連の方にも払ってもらわないと――

心の中ではすぐさまお断りの一択だったけれど、支配人らしき偉い人まで出てきての提案をすぐに断ってしまうと角が立ちそうだし、念のため南雲さんと神々廻さんに相談するポーズだけは取っておいた方がいいかもしれない。二人ともORDERでは先輩だし。先輩の了承も取らずに勝手に話を進めただの何だの言って、後から機嫌を損ねられても困る。
「スイートルームですって。どうします?」

早くもラウンジのソファでくつろいでいた二人に声をかけると、南雲さんは変わらずにこにことした笑顔を浮かべて「いいよ〜」と言った。この人がへらへらとして要領を得ないのはいつものことだから、初めから勘定には入れていない。肝心なのは神々廻さんだ。何事もシンプルイズベスト、面倒事を嫌う傾向にある神々廻さんなら、いくら部屋数が足りないからといって殺し屋三人が一部屋で一晩過ごすなんてまっぴらごめんだと言ってくれるだろう。

しかし、私の予想を大きく裏切って、神々廻さんから返ってきたのは「ええんちゃう」の一言だった。聞き間違いかと思って「え?」と聞き返すと、もう一度やる気なさげな声で「ええんちゃう、そこで。スイートルームやったら広いやん」なんて言葉が返ってくる。
「何言ってるんですか!? 聞いてました? 相部屋なんですよ、相部屋!」
「やかましいな、聞いとるわ。やからスイートルームやったら広いしええんちゃうって言うたやろ」
「だっ、ダメですよ、三人で相部屋なんて――ありえないです。絶対よからぬことが起こるやつじゃないですか」
「あはは。よからぬことってなにそれ~」
「エロ漫画の読みすぎやろ」
「読んでませんから!」

咄嗟に大声を上げて否定するも「はいはい」と軽くあしらわれてしまった。絶対に読んでると思われた。心外だ。あまりにも平然とした二人の様子に、取り乱しているこちらの方がおかしいような気がしてくる。いや、実際、私がおかしいのだろうか。これまで経験してこなかっただけで、世間ではこういうこともままあることなのだろうか。――いや、そんなことがあってたまるか。この二人がなんと言おうと私は断固反対だ。

そう、思っていたのに。いつの間にか神々廻さんがフロントのスタッフからルームキー代わりのカードを受け取って、そのままスタスタとエレベーターの方へと歩き始めたものだから、断固反対と突き上げた拳を下ろして慌ててエレベーターホールへと向かう。
「ちょっと、神々廻さん! 何やってるんですか!?」
「お前がチンタラしてるからやろ。さっさと部屋入らんと夜中どころか朝なるわ」
ちゃん、早く乗らないと置いてくよ~」
「えっ嘘でしょ、ちょっと、待ってください……!」

悲しいことに私は、この人たちがこういうとき本当に部下を置きざりにする人間だと知っている。ラウンジのソファに放り投げていた荷物を引っ掴み慌ててエレベーターに乗り込むと、後ろから南雲さんが呑気に「スイートルーム楽しみだね〜」と言っている声が聞こえた。



さすがは高級ホテルなだけあって、部屋の内装はとても豪華だった。大人一人が余裕で寝転がれそうな立派な革張りのソファに、夜景が見える大きな窓、至るところに設置されている間接照明、白とグレーを基調としたセンスの良い調度品の数々、そして、天蓋付きのベッドが二つ。この大きさなら南雲さんと神々廻さんでも余裕で寝られるだろうし、私があのリビングに置いてあるソファで寝れば、案外問題はないのかもしれない。本当は二人のうちどちらかにソファで寝てほしいところだけれど、そんなことを言ったら殺されかねないし、そもそもORDERの人間にそんな紳士的な振る舞いが期待できるとも思えない。ここは一泊くらいソファで我慢してやろう。

一通り部屋の探検を済ませてリビングへ戻ると、南雲さんと神々廻さんは何やら出かける準備をしているようだった。もう辺りは寝静まっている頃だというのに、まだ外に出る元気があるのか。ほぼ一日がかりの任務だったおかげでこちらの頭の中はもう今すぐ風呂に入って寝ることしか考えられないというのに。

身支度を終えたらしい二人がドアの方へと向かっていく。そして、ソファに身を預け既にくつろぐ体勢に入っているこちらの方を振り返ると「ルームサービス絶対頼んだらあかんで」と釘を刺し、最上階のバーへ飲みに行くと言って消えてしまった。今のうちに風呂に入っていろというメッセージだと受け取り、入浴の準備をする。スイートルームというだけあって、浴室は豪華な設えだし、アメニティは今若者の間で人気の海外ブランドのものがシャンプーからスキンケアに至るまで一通り揃っているし、何やらジェットバスのようなものもついていて、ちょっとしたスパのような気分だった。――これが仕事仲間(しかも先輩)との相部屋でなければ、もう少し堪能出来たような気もするのに勿体ない。今度はプライベートで使うことにしよう。この後で南雲さんと神々廻さんも使うかもしれないと思うと、入浴後の浴槽を掃除する手にも気合が入る。


風呂掃除を終え、髪を乾かし、アメニティのボディクリームをこれでもかとばかりに腕や足に塗り込んでも、南雲さんと神々廻さんが部屋に戻ってくる気配はなかった。このままバーで飲み明かすつもりだろうか。もうアラサーに近い年齢だというのに元気な人たちだ。

ルームサービスは絶対に頼むなと、神々廻さんはそう言ったけれど、せっかくお風呂に入ったのだからここは一つ、キンキンに冷やしたビールが飲みたい。一気にぐいっと喉に流し込みたい。何なら手頃なおつまみの一つや二つ一緒に。

抗いがたい欲求を前に、私は無力だった。

どうせホテル代は殺連持ちになるはずだから、任務終わりの贅沢くらい許してくれてもいいじゃないか。いつも無茶な仕事ばかりさせられているんだし、今日だって向こうの不始末の尻拭いを押し付けられたようなものなんだし。そう言い訳を並び立てながら、ルームサービスのメニューを手に取って眺める。ビールやシャンパンの他にもワインや日本酒など様々な種類のアルコールが用意されているようで、様々な銘柄を前にどれから飲もうかと目移りしてしまう。圧巻の品揃えは、さすが高級ホテルといったところだ。

さすがにボトルでワインを頼んだら怒られるだろうか。いやでも、先にお風呂に入らせる口実だったとしても南雲さんと神々廻さんが飲みに行っているのに私一人だけ飲まないっていうのも不公平な気がするし、そもそもここにこうして三人で泊まる羽目になっているのはきちんと一人一部屋手配しなかった殺連とホテル側に責任があるようなものだし――

受話器を手に取り、メニューに書かれた番号を押して、ボトルのワインを一本と、チーズの盛り合わせ、サンドウィッチを注文する。電話を切る直前であの二人の分も頼んでおいた方がいいかもしれないということが少し頭をよぎったけれど、そもそも可愛い後輩であるはずの私を置いて二人でしっぽり飲みに行っていることを思い出し、受話器を置いた。

ふかふかのベッドに身体を預け、うとうとと微睡んでいると部屋のベルが鳴った音が聞こえる。
「はーい」

ドア近くにある鏡で全身をチェックして、寝転んでいたおかげで少しシワのついてしまっていた服の裾を伸ばしながら、ドアノブに手をかけたそのときだった。

カチッという起動音のようなものが聞こえたと思った瞬間、ドンッと大きな音を立てて目の前のドアが吹っ飛んだ。間一髪のところで爆発を避けて地面に転がると、辺り一面にドアの破片や廊下の壁が粉々になった後の瓦礫がバラバラと散らばっていくのが見える。
「な、なに、」
「あーあ。やから頼んだらあかんでって言うたのに」

一体何が起こったのか、事態をうまく飲み込めずに呆気に取られていると、瓦礫の向こうからぬっと出てきた神々廻さんが呆れ顔で言った。その後ろから「ちゃん大丈夫だった~?」と声をかけてきたのは南雲さんだ。

服についた煤や木片を払いながら立ち上がる。せっかく風呂に入ったというのに、これではすっかり元通りの小汚い殺し屋の姿だ。
「ごめんなさい……。神々廻さんが絶対あかんでとか言うんで、私、てっきりフリかと思っちゃって」
「フリちゃうわ」

押すなよ絶対押すなよという話かと思っていたのに、本気の忠告だったようだ。遠くの方から複数人が走ってくる足音が聞こえる。何があったのかを確かめる間もなく、「走るで」とかけられた声に頷くよりも先に南雲さんと神々廻さんが駆け出したのを慌てて追いかけていく。

ナイフにフォーク、歯ブラシ、厨房にあったのであろう包丁に、果ては花瓶や絵画などの調度品まで。ホテル中の様々なものがさながら銃弾のように飛んでくる廊下を走り抜けている最中も、右側を走っている神々廻さんからは刺々しい小言が飛んできていた。
「予約してったのにいざ行ったら部屋一個しかないんです~とかな、オレら三人まとめて殺ったろと思っとったとしか考えられへんやろ。こんなん言われんでも罠って分かるわ」
「すみません……」
「まあまあ、なっちゃったものは仕方ないよね~」

これ見よがしに溜息を吐いている神々廻さんの反対側からは、とても修羅場を潜り抜けている最中だとは思えないほど呑気な南雲さんの声が聞こえてくる。あまりの温度差で風邪を引きそうだ。

せめて南雲さんか神々廻さんのどちらかが大佛さんだったらよかったのに。そうしたら二対一の構図に持ち込めて、女子側が優勢となって色々なことが上手くいったかもしれないのに。多勢に無勢。この二人を前にしては、私の立場はあまりにも弱かった。

廊下を走っている間に、段々と状況が掴めてきた。初めから、ホテルの人間もすべてグルだったのだ。部屋の予約に手違いがあったというスタッフの話がそもそも嘘で、神々廻さんの言う通り、私たちを三人まとめて始末するための作戦だったらしい。四方八方から押し寄せてくるホテルの従業員の姿をした刺客たちに向かってナイフを投げつけながら、同じように斧とハンマーを振り回している二人に向かって声を張り上げる。
「こんな執拗に追いかけ回されるなんて、南雲さんと神々廻さん、相当色んなとこで恨み買ってるんじゃないですか!?」
「そらお前もやろ」
「私はなるべく誰にも恨まれないようにターゲットはサクッと殺すのがポリシーなんで」
「どこがやねん。サクッと殺されそうになっとった奴が言うセリフかいな」
「それは言わないでくださいよ」

話しながらもナイフを投げる手は止めない。念のため、いついかなるときでも武器になりそうなものは常に最低三つは携帯しておくようにというJCC時代の教えを守っていてよかったと思うと同時に、残り少なくなってきたストックの数を案じていると、ちょうど手にたくさんのナイフを持って走り込んでくる敵の一人の姿が見え、これ幸いとばかりに根こそぎ奪い取ってとどめを刺す。南雲さんと神々廻さんの方を見れば、二人もちょうど襲いかかってきていた敵を全員倒し終わって顔や手についた返り血を拭っているところだった。

いつも通り自前の武器を振り回していたところを見た限りでは、本当に、二人にはこの状況が予見できていたらしい。これが年季の違いというものだろうか。だってまさか、一仕事終えた後にまたさらにトラップが仕掛けられているなんて思わないじゃない。何かと物騒な殺し屋稼業だけれど、任務終わりのホテルくらいは一息つける場所であってほしかったのに。私たちのような裏社会の人間に、束の間の平穏なんてものは縁遠いということか。
「あの、南雲さん、神々廻さん――」

そう声をかけようとした瞬間、私たちがいるところから数メートル先にあるエレベーターの扉が開き、そこから転げるようにして出てきた男たちが一斉に襲いかかってくる。清掃員や厨房スタッフの姿をしている人間もいるところを見るに、まだ残党がいたということらしい。ワーッと一斉に走ってくる彼らを前にして、辺りを見回し状況を確認する。前からはざっと十人ほどの刺客、左右にはずらりと客室が並んでいて、振り返った後ろは突き当たりで換気のための窓が一つあるだけ。どこにも逃げ込めそうな場所はない。さらに、エレベーターホールを挟んだ反対側の、廊下の奥の方からは風呂上がりらしき一般の宿泊客が寝巻き姿でのんびりと歩いてきているのが見える。ここで一般人を巻き込むわけにはいかないし、あちらの方に行くのはまずい。となるともう、後ろにあるあの窓をぶち破って外へ逃げるしか――
ちゃん」

手に持っていたナイフをポケットへ収め、窓の方へと走る準備をしたそのときだった。後ろにいた南雲さんに呼びかけられたと思ったら、両足が地面から離れ、身体がふっと宙に浮く。
「ちゃんと捕まっててね」
「えっ……うわー!?」

米俵のように担がれたと思ったらとんでもないスピードで窓の方へと南雲さんが走り出し、ガシャーンと大きな音を立ててガラスが割れたのが見えた次の瞬間、眼前にはオフィス街が広がっていた。あれここ何階だったっけ、と冷静になって考える暇もなく、ぐんぐん速度を上げて落下していく身体にひゅっと息を呑み南雲さんの背中に必死でしがみつく。

下へ下へと落ちていく間、着地の前に放り投げられたらどうしようという一抹の不安が頭を掠めたけれど、杞憂だった。どこかの建物の屋根の上にすとんと着地した後、軽快な足取りでそのまま地面に降り立った南雲さんが、またいつもの軽い調子で「大丈夫だった?」と言いながらにこやかな笑顔を向けてくる。
「死ぬかと思いました……」

南雲さんの肩から下ろされたときの体勢のまま、地面に腰を下ろして彼の問いかけに返答する私の声はひどくしゃがれていた。助けてくれたのはありがたいけれど、こんな風にするのならあらかじめ一言断ってからにしてほしかった。危うく舌を噛むところだったというのに、南雲さんはあっけらかんとした声色で「よかった、無事みたいだね~」と続ける。その顔を見ているともう怒る気にもなれなくて、ようやく地面に付いた足でアスファルトの感触を確かめていると「散々な目に合ったわ」と言いながら神々廻さんが現れた。私たちに続いて神々廻さんも無事に窓から脱出出来たらしい。左右に傾けた首からこきこきと音を鳴らしながら「ボロボロやな」と言ってくる神々廻さんに向かって「誰のせいだと思ってるんですか……」と弱々しく声を出す。

神々廻さん越しに見える空はもう白みはじめていた。今日のことはそもそもどこからが仕組まれていることだったのか、裏切ったのは誰なのか、(主に南雲さんと神々廻さんが)色々と壊してしまったあれこれの請求先はどこになるのか――考えなければいけないことが山ほどあるのは分かっているけれど、今はとにかく一刻も早く暖かいベッドで眠りたい一心で、すっかり重くなった身体に鞭打って立ち上がる。
「この時間だともう自分の家帰った方が早そうですね」
「初めからそうしとけばよかったかもね~」
「あかん、タクシー呼んでんのに全然捕まらんわ。殺連から誰か呼び出した方が早いんちゃう」
「この時間に誰かいますかね?」
「おらんくても無理やり起こせばええやろ」

神々廻さんからの電話で叩き起こされるであろう殺連の職員に同情しつつ、これから(殺連職員という名の)タクシーで家まで戻るとなると、自宅に辿り着くのは何時になるのだろうと考える。シャワーを浴びてベッドに身を預け、何も考えずに泥のように眠れるのはまだ少し先のことになりそうだ。

殺連との電話を終えたらしい神々廻さんがスマホを片手に戻ってくる。「何時になりそうですか?」と訊ねると「10分で来いって言うといた」と返ってきた返事に心の中で、これから飛んでくるであろう殺連職員にご愁傷様と手を合わせた。

本格的に日が昇り始めた空を見て、少し先の方にあるホテルの最上階あたりを見上げる。結局あの部屋で眠ることはなかったけれど、せっかくのスイートルームだったんだし、もうちょっと堪能しておけばよかったなぁ。そう溢すと、神々廻さんから「もっかい泊まるか?」と返されて慌てて首を振った。
「も、もう十分です! 思う存分ゴロゴロしたしお風呂にも入ったんで!」
「何や、遠慮せんでいいのに」
「してません!」

必死になって否定していると、ほとんど無人の道路をもの凄いスピードでこちらに向かって走ってきている車が見え、すぐに殺連の車だと分かった。「ほなタクシー来たから俺行くわ」と言ってげっそりした顔の殺連職員が運転席に座っている車の後部座席のドアを開けた神々廻さんが「あ、そうや」とこちらを振り返って言う。
「もーちょい警戒心とか持った方がいいで、自分」
「え?」
「男二人と相部屋なっても大して文句言わへんとかなぁ。襲ってください言うてるんかと思ったわ」
「……ええ!?」

そう言い残し颯爽と去っていった神々廻さんの言葉の意味を噛み砕くよりも先に、二台目の車がやってきた。そしてその後ろには私を乗せてくれるのであろう三台目の車が走ってきているのが見える。

神々廻さんの発言を上手く咀嚼出来ないまま道路に突っ立っていると、後ろからひょっこりと顔を出してきた南雲さんが楽しげな声色で言った。
「珍しいね~、神々廻が冗談言うなんて」
「あっ、やっぱり冗談だったんですねアレ……」
「真顔で言うから分かりにくいでしょ。ちなみに僕はね~、ちゃんとなら別にいいかなと思ってたよ」
「何がですか?」
「よからぬことが起こっても」

えっ、と反応する暇もなく前に停まった車の後部座席に今度は南雲さんが乗り込んで、車のドアがバタンと閉められる。二人を乗せた二台の車がぐんぐんと遠ざかっていくのを眺めながら私は、あまりのことに呆然と立ち尽くすことしか出来ないでいた。こんな捨て台詞を残されて、次にあの二人と一緒に任務に行くことになったとき、私は一体どんな顔をすればいいのだろう。

考えるべきことは他にも山ほどあったはずなのに、頭の中はもう、意味深な言葉だけを残してさっさと家路へついていった二人の男のことでいっぱいになっていた。

お題:南雲と神々廻と三角関係

表向きは仕事仲間として接していつつも内心では男側も女側も互いに「ありだな」と思っていると燃えますね(私が)