サイレント・スター・シャイン


「そういや明日総悟の誕生日だな」

沖田さんと二人で見回りをしていたときのことだ。ふと目を離した隙に沖田さんに逃げられた。仕方がないから一人で見回りをしていると土方さんから電話がかかってきて「マヨネーズ1ケース買ってこい」と言われた。1ケースってそりゃあないでしょ土方さん!こっちは女の子なんですよ持てるわけないじゃないですか!と電話で騒ぎたてると土方さんはパトカーで迎えに来てくれた。今日は七夕だ。そして明日は沖田さんの誕生日らしい。
「副長」
「何だ」
「沖田さんの好きなものって何ですかね?」
「知るか。総悟に聞け」
「聞いたらサプライズ台無しになるじゃないですか」
「刀とかあげたら喜ぶんじゃねーの」
「なるほど。ちょっとそこの刀屋まで車走らせてもらっていいですかね副長」
「お前もう七夕の夜だぞ。店も何も空いてねーだろ」
「嫌だなあもう、こういうときに国家権力を使わなくてどこで使うんですか」
「警察が権力乱用してんじゃねえよ」
「いややっぱり使えるもんは使っとかないと」
「お前がはちゃめちゃなことすっと俺にも責任かかるだろうが」
「……それだ!」
「何がだ」
「副長が困れば困るほど沖田さんが喜びますよね」
「目ェきらっきらさせながら言ってんじゃねえよ生憎のところ正論だけどな」
「屯所着いたら副長ちょっと縛らせてください沖田さんに献上するんで」
「絶対やらせねェよ!ふざけたことばっか言ってんじゃねェェェ!」

お前もうさっさと降りろ!といつのまにか着いていた屯所の前で降ろされた。そのあと荒々しく車から降りてきた土方さんにばふっと何かを投げつけられる。痛い。しかも結構重い。
「それで何か作ってあいつに毒でも盛ってろ」

投げつけられたものは小麦粉だった。副長こんなのどこに隠し持ってたんだ。何か作れって言ったって小麦粉だけじゃ麺類かパンしか作れないしなあ…試しに冷蔵庫を漁ってみるとソースとそばと野菜があった。おお、これは使えるかも知れない。
「どりゃあっ」

見よう見まねでこねて丸めて発酵させてみたものを真選組への鬱憤晴らしも兼ねてテーブルに投げつけてみた。これはなかなか弾力があって丁度いい堅さと思われる。次はちょっと足で踏んでみようかな。こないだテレビでパン作ってるとこ見たんだけど一回この生地踏んでみたかったんだよね。
「何してんでィ」
「うわァァァァァ」
「うるせェ野郎でさァ」

意気揚々と次の一発をお見舞いしてやろうとパン生地を振り上げたところで沖田さんがひょっこりと顔を出した。眉間にしわをよせて「静かにしろ」とばかりに沖田さんが無言で訴えてくるけれど、残念なことに私の心臓はそんなに図太くは出来ていなかったようで今もばっくんばっくんいってる。ああもうだめだ心臓の鼓動の速さ尋常じゃないよこれ。思わず固まってしまった私の手のひらからパン生地がぼたりと落っこちた。あーあ、これもう絶対沖田さん食べてくんないだろうな。
「こんな夜中に何してんだ」
「いや…特に何も。沖田さんこそこんな時間に珍しいですね」
「喉が渇いたんでさァ」

冷蔵庫を開けて飲み物を探す沖田さんを追う目線の端でパンの生地がキッチンのテーブルの上で情けなさそうに丸まっていた。

言えない。あなたのために焼きそばパン作ってましたなんて言えない。
「さっきからドスンドスン妙な音がすると思ったら正体はそれかィ」

いや少なくともドスンドスンって音はさせてなかったと思います。わたしそんなに力強くないですから。沖田さんの目線がキッチンに置かれた野菜と麺とソースに移った。
「焼きそばパンか」

バレてしまった。誰にも気づかれないうちにこっそりと作って沖田さんの部屋の前に持っていくつもりだったのによりにもよって本人にバレてしまうだなんてサプライズ計画が台無しもいいところだ。いやプレゼントを何も用意出来てなくてこんな時間にパン作ってる私にそもそも非があったんだけれども。
「こんな夜中にご苦労なこった」

冷蔵庫をぱたりと閉めた沖田さんがパンの形を整え直している私の向かいにどっかりと座った。もうすぐ誕生日が来るっていうのに何をしているんだこの人は。混乱する私をよそに沖田さんの目は真っ直ぐにパン生地を映していた。もしかして食べたいのかなこの人。
「次は何をやるんでさァ」
「は、発酵が終わったんで焼きます」
「手伝ってやりやしょうか」
「結構です」
「遠慮するんじゃねえや」
「早くお休みにならないとお肌に悪いですよ」
「お前こそ早く寝ないとお顔が悪くなりますよ」
「パン生地投げつけますよ沖田さん」

やけに機嫌のいい沖田さんがケラケラと笑った。何がそんなに楽しいのか分からない。いくら沖田さんと言えども誕生日が来るというのは待ち遠しかったりするもんなんだろうか。

生地を焼いている間に焼きそばを作ろうと思ってキッチンに移動すると何故か沖田さんが着いてきたので「本当に手伝うつもりなんですか」と聞いたら「いや俺はここで眺めてまさァ」と言われた。何なんだ本当に。一向に自室に戻る気配のない沖田さんを無視して焼きそばを作る準備を始めた。出来上がった焼きそばは思いのほか美味しそうに見えて、これなら沖田さんも食べてくれるんじゃないかと思った。そういや沖田さん静かだな。寝ちゃったのかな。部屋に帰ってくれていたほうがこちらとしては好都合なのだけれど。そう思って後ろを振り返ると、沖田さんは私が買ってきたマヨネーズの蓋を開けてその中に紅ショウガを嬉々とした表情で突っ込んでいた。本当に何がしたいんだこの人は。

私の視線に気づいたらしい沖田さんが顔を上げてマヨネーズをずいっと突き出してきた。
「ほれ」
「いやほれって言われても困ります」
「マヨネーズ紅ショウガ入り沖田スペシャルの完成でさァ」
「何そんなどや顔してんですか!誇れませんよ何も!その紅ショウガ使おうと思ってたのに!」
「マヨネーズとショウガいっぺんに使えるなんて喜ばしいことだろィ」
「喜ばしいことって……そんな調味料使っても喜ぶの副長しかいませんよ」
「土方さんにやるモンじゃねーんですかィ、それ」
「これは誕生日のプレゼントです!こっそり作ってあげようと思っ、て……」

訝しがるような、それでいて少し愉しそうな沖田さんの表情が目に映って思わず口をつぐんだ。サプライズにしようと思ったのに自ら計画を暴露するなんて馬鹿なのか私は。沖田さんの機嫌は相変わらずよろしいようで口元にうっすらと笑みを浮かべている。にこにこじゃない。にやにやしている。「なるほどねィ、プレゼントですかィ」いやもうやめてくださいにやにやしないでください居たたまれなくなります。オーブンから生地を取り出してみるとこんがりと焼けていて美味しそうだった。背中に沖田さんの視線を感じる。夜だというのに汗が出てきそうだ。
「なァ」
「な、何ですか」
「それ、誰にプレゼントしようと思ったんでィ」
「誰でもいいじゃないですか」
「いいから答えなせェ」

パンに先程作った焼きそばを詰めると文句の言いようのないどこからどうみても焼きそばパンにしか見えないものが完成した。こっそり作って部屋の前にでも置いておこうと思ったのに、あーあ、計画は失敗だ。

時計の針に目をやってみる。12時だ。いつのまにか沖田さんの生まれた日を迎えてしまっていたらしい。
「……お誕生日おめでとうございます」

出来あがったばかりのパンを沖田さんの目の前に置いた。てっきり食べてくれないだろうと思っていたのに沖田さんは「誕生日だからって俺に毒入りのパン食わせようだなんていい度胸してまさァ」と言いながらパンを手に取り、一口かじった。
「お味はどうですか」
「……………」

沈黙。沖田さんの表情はぴくりとも変わらない。もしかして不味い、のかな。毒なんて入れてないし何か変なもの入れたつもりもないのだけれど、不味いなら不味いと言ってくれたほうがまだましだというのに。
「不味い」
「!」

ぼそっと聞こえた一言に体が固まってしまった。そうかやっぱり不味かったか。生地は焦げなかったし焼きそばもなかなか上手に出来たと思ったんだけどなあ。目頭がちょっと熱くなってきて慌てて掌を握りしめる。今日は沖田さんの誕生日だ。ちゃんとお祝いしなきゃいけない日なのに泣いててどうする。
「おい、顔上げろ」
「嫌です」
「上げろっつってんだろィ」
「いたたたたたた!」

俯いたままでいると沖田さんの手が伸びてきて無理やりに私の顔を上げさせた。痛い。何かもう心臓とか顔とか色んなところが痛い。顔を上げるとテーブルの向かいからこちらをじっと見ている沖田さんと目が合った。綺麗な瞳に情けなさそうにしている自分が映っていてどきりと胸が高鳴る。
「俺は焼きそばパンにはショウガが入ってるほうが好きでさァ」
「は、」
「今度はもっと美味いもん作りなせェよ」

そう言いながら最後の一口を口へ放り込むと沖田さんが席を立った。その後ろ姿を見つめながら「いやいやショウガが使えなくなったのは沖田さんがマヨネーズに詰めて遊んでたからじゃないですか」…と、言おうと思ったけれどやめた。今日は沖田さんの誕生日だ。代わりにもう一度「お誕生日おめでとうございます」とその背中に向かって声をかけると沖田さんは立ち止まって口角を上げ、それはそれは格好のいい笑顔を見せてくれた。あんな笑顔が見れるのならこれから何回焼きそばパン作ってもいい。今度は美味しいって言って食べてくれたらいいなあ。