けれどそのままのほうが世界は優しい

あんな辺鄙な土地にある敵対ファミリー潰してくるのなんて朝飯前です。一時間もあれば余裕で帰ってこれますよ。そうボスとリボーンさんの前で自信満々に豪語したのは一体誰だったか。私だ。「書類奪ってくるだけでいい任務だから無駄に敵を作らないでよ」とボスに釘をさされて、何だ暴れられる訳じゃないのか、と少し落胆したのを覚えてる。簡単なことだ。ちょっくら爆発でも起こして混乱に陥れた隙にボンゴレにとって重大であるらしい機密を奪ってくれば任務は成功。まさしく朝飯前。

の、はずだったのに。何の因果かは知らないが適当に爆発を起こして書類を手に取った瞬間、さきほど私の起こした爆発の残り火に標的ファミリーが備蓄していたのであろう火薬が引火。結果、大爆発。爆風で吹き飛ばされて長年乗りまわしてきた愛車がどこかに行ってしまった私は泣きそうになりながら獄寺さんに電話した。「迎えに来て下さい」「断る」速攻で切られた。前々から思ってはいたがつくづくボス以外には優しくない人だ。

諦めて本部までの道のりを一人のろのろと歩く。任務を始めてから既に二時間が経過していた。一時間のタイムオーバーだ。「自分で言ったことすらちゃんと実行できねえのかお前は」とか何とか言って、帰ったらリボーンさんに笑われるだろうな。

振り返ると図らずしてほぼ全壊させてしまった敵ファミリーのアジトはもうほとんど見えなくなっていた。車だと一瞬で着いたように思えたのに歩くと案外遠いもんだ。もう一度アジトまでの道へと視線を戻すと、向こうからこっちに向かって歩いてくる人影を見つけた。もしかしたら獄寺さんは私が思っているよりも優しい人なのかも知れないなあ、そう思いながらアジトまでの足を速める。

獄寺さんまであと10メートル、5メートル、3メート、ル……?

異変に気づいて速度を増していた両足を止める。ほんの数メートル先に見えたのは目をちくちくと攻撃してくるような銀髪ではなく、風に揺れるススキ色だった。
「おかえり。どうやら派手にやってくれたみたいだね」

ボスがほとほと呆れたような顔で右手を上げた。何で、どうしてボスが。その二言が頭の中でぐるぐると回る。
「ボスの俺直々に迎えに来させるなんてほんといい度胸してるよお前」
「いやボスに迎えに来てくれなんて頼んだ覚えは…」

口答えできる立場じゃないのは分かってるよね?とボスが笑う。すいませんでしたもう口答えしません。彼がさっさと歩け、と暗に目で訴えかけているのが分かり、私は更に足を速めた。速度を速めた私の足の動きにもボスはやすやすと着いてくる。
「ボス、怒ってます?」
「怒ってないよ。リボーンはどうか知らないけど」
「私リボーンさんに撃ち殺されますかね」
「撃ち殺されはしないんじゃないかな」
「じゃあ殴り殺されるとかしますかね」
「反省文百枚くらいなら書かされるかもね」
「百枚……」
「十枚くらいなら俺も書くの手伝ってあげるよ」

嬉しかった。ボスが迎えに来てくれて。前を歩く彼のススキ色の髪を見つめる。ボスは変わった。私がボスに出会ったころよりも随分と格好良くなった。だけど、ボスというイメージからは程遠いふわりとしたこの笑い方は全然変わっていないし、私みたいなしがない部下一人の気持ちにさえもいちいち敏感に反応してくれるのだって変わっていない。優しいボス。「ボス、あの、…お役に立てなくてすみませんでした」振り返ったボスに任務の目的であった書類を押し付ける。くしゃりと頭を撫でられた。「無事だっただけで十分だよ。お前だって大事な俺の部下の一人だからね」目頭が一気に熱くなって、撫でられるままに顔を下に向けた。今だってきっとボスは柔らかく微笑んでいるんだろう。そっと目を閉じる。ああボス、今すぐにとは言わないけれど、いつかこの先きっと、あなたの特別な部下になれるよう、私は頑張ります。私にとってのあなたがそうなように、優しいボスにとっての世界が私で満たされますように。