めでたしめでたし

これは昔々の話ではなく、現代日本のお話なのですが、白鳥沢というところにそれはそれは強く気高く勇敢な日本男児を絵に描いたような人がいらっしゃいました。名は牛島若利と言って、人は彼をウシワカと呼びます。偶然か必然か、それはかの有名なお侍さまの幼名と同じ名前でありました。日本史の教科書でその名前を見つけたときの胸の内の興奮といったら、記憶に新しいものがあります。彼は、そんな史実の中の人物に負けず劣らず、古き良き日本男児そのもののような男性で、毎日の自己鍛錬をかかさず、常に強者としての気品が溢れ出ているような人でした。

常々わたしは彼のことを、バレーボールでなくとも結果の出せる人だと思っておりました。高い身長もさることながら、特筆すべきはその風格。県の代表として何度も全国の舞台に立っている白鳥沢バレーボール部の主将を背負えるのは彼しかいない、と皆に思わせる力があの人にはありました。おそらく天性のものでしょうが、彼もまた、カリスマと呼ぶにふさわしいオーラを持っていたのです。そして、そんな主将と言う立場に決して胡座をかくことなく、常にトレーニングを欠かさない彼に密かに憧れを持っている女子生徒というのはわたしでなくともたくさん白鳥沢には存在しているのでした。




「大丈夫か」

そんな牛島若利くんが、その大きな身体をかがめて何やらわたしに言っています。聞こえてきた台詞から推測すると、どうにも心配されているようでした。無様にも両手両足を投げ出したままの格好で道路に這いつくばるわたしにはその台詞の後に聞こえてくる彼の声の半分くらいしか聞こえてきません。しかし牛島くんが何故か申し訳なさそうな顔をしていることだけはわかるので、返事をしないわけにもいかず、倒れていた体を起こしてスカートについたざらざらした細かいアスファルトようなものを軽く手で払ってから、息を吸い込みました。
「大丈夫だよ」
「本当にか」
「本当。全然どこも怪我してないし」

足にまとわりついていたスカートを少しまくって赤くなっているものの怪我のないつるりとした膝小僧を見せると、牛島くんは何とも言えなさそうな顔をしてからわたしから視線を逸らして、道路の反対側まで飛んでいったらしい鞄を取りに歩いていきました。彼が後ろを向いた隙に、素早くお尻のほうの砂を払います。
「すまない。少し汚れてしまった」

謝罪しながら帰ってきた彼の片手には、わたしの通学鞄が握られていました。汚れてしまったというのは、鞄につけていたストラップのことでしょうか。確かに人形のお腹の部分が少し薄汚れているようにも見えます。しかし、それは元々汚れていたものなので、牛島くんが謝る理由というのはどこにもないはずなのですが、どうにも口べたなわたしは上手いこと説明が出来るだけの言葉を見つけられず、結局黙って鞄を受け取ることしか出来ません。不甲斐のない自分に腹が立ちます。

わたしに鞄を返したあとも、牛島くんは眉根を寄せてしきりに保健室に行くことをすすめてきましたが、丁重にお断りして部活に戻るように促しました。だが、と躊躇するような素振りを見せる彼に、なんならもう一度膝小僧を見せてやろうかとスカートに手をかけると「まくらなくていい」制止の声がかかります。日本男児と称される所以でもある硬派な彼らしい行動だと思いました。

外周の最中だったのか、彼はバレー部のジャージに身を包んでいました。他の部員と一緒に走っているわけではないのかと新たな発見に少し驚きながらも、部活に戻るよう再度促します。白鳥沢の有名人であり期待の星である彼の貴重な練習時間をこれ以上潰すわけにはいきません。渋々、と言った様子で靴のかかとを道路に打ち付けると、牛島くんは走り出すようなポーズをとりました。と、思ったら振り返ってきて、最後にもう一度「本当にどこも痛くないのか」と念を押すように言いました。あまりにも心配されるので、わたしは本当は知らないうちにどこか怪我をしていて血でも流れているのではないかと自分の姿を見渡しましたが、やっぱりわたしは怪我なんて一つもしておらず、元気そのものだったので胸を張って大丈夫だと言ってのけます。
「うん。心配してくれてありがとう」

それでもまだ納得出来ないような顔をする牛島くんに微笑みかけるとようやく彼は学校に向けて走り出しました。さきほどのわたしがしたように彼と正面衝突する生徒がいないか見張るため、ぐんぐん遠ざかっていく後ろ姿が見えなくなるまで道路に立って見守ります。学校からの帰り道を呑気に歩いていたわたしは角を曲がってくる牛島くんに気づかず、真正面から衝突し道路の上に吹っ飛ばされてしまったというわけなのでした。我ながらなんと間抜けなのかと情けなくなる限りなのであります。

タッタッタッタッと軽快なリズムを立て、一度も振り返ることなく彼は去っていきました。完全に彼の姿が見えなくなってしまったのが分かった途端に、緊張の糸がぷつんと切れて全身にもう一度血が巡っていくのを感じます。そして、両方の手のひらがじんじんと痛み出しました。どくんどくんと高鳴る心臓の音と、真っ赤になった手。もしやこの鈍いようで鋭さの混じる遅効性の痛みが噂に聞く恋の痛みなのか、と一瞬そのような考えが頭をよぎったりもしましたが、なんてことはありません。ただ両手のひらを擦りむいただけのことなのでした。

かくして学校の期待の星である牛島くんとわたしのファーストコンタクトは終わりを告げ、そして彼とわたしとバレーボールとを取り巻く一連の奇妙で不可解な出来事が始まったのです。




二度目に会ったとき、声をかけてきたのは牛島くんのほうからでした。
「この前はすまなかったな」

ちょっとあんた、牛島くん呼んでるよと友達に肩を小突かれたときはどんな冗談かと思いましたが、事実牛島くんは廊下の端っこでわたしに向かって目線を寄越していました。恐る恐る近寄ると、彼はわたしを見下ろしながら「まさかあの時間に人がいるとは思わなかった」と表情一つ変えずに言いました。奇妙な物言いをする人だなあとは思いましたが、きっとこれは牛島くんなりの謝罪に違いありません。
「わたしの不注意でもあったんだし、いいよそんなに謝らなくて」
「……謝っているように見えたか」

荷物を持っていない方の手を横に振りながらそう言うと、予想外の言葉が返ってきて一瞬面食らってしまいました。謝っているように見えたか。確かに彼はそう言いました。それはつまり、どういうことなのでしょう。

この前はすまなかったな。さきほど彼はそう口にしたはずです。あれは、謝罪の意味の「すまない」ではなかったということなのでしょうか。わかりません。助けを求めるように牛島くんの後ろに立つ友達に目線を送ると無言で首を横に振られました。自分で何とかしろ。あの目はそう言っている目です。にっちもさっちもいかなくなって、年甲斐もなく泣きそうになってしまいました。わたしの目線よりもうんと高くのほうにある顔は表情を探るには遠すぎて、何かを察そうにも難しいものがあります。もしや、わたしの早とちりだったのでしょうか。早とちりした上に、失言してしまったのでしょうか。
「え、ええと、その、」

冷や汗をかくわたしに、痺れを切らしたのか牛島くんがもう一度口を開きました。
「いい。次から気をつけよう」

一体何に気をつけるというのでしょう。話がよく分かっていないわたしを置いて、牛島くんはわたしには計り知れない何かに気をつける決心を固めたようでした。そして、わたしが上手い切り返しをしなかったせいで途切れてしまった会話をどうにかするために何か気の利いた台詞を言おうか迷っているうちに、彼はくるりと背を向けて教室の方へ歩き出してしまいました。言おうとした台詞が尻すぼみになって消えていきます。「部活頑張ってね」のたった十文字足らずの言葉さえ言えないなんて口べたにも程がある、と自分で自分に呆れ返りました。彼がいなくなった途端に走り寄ってきた友達にせっかくあの牛島若利と話す絶好の機会だったというのに一体何をやっているんだと自分の意気地のなさを責められたのは言うまでもありません。




三度目に会ったとき、わたしは例のごとくのんびりとあの道を歩いていました。ちょうど、彼に跳ね飛ばされたあのときのように、暢気にゆっくりと一人アスファルトの道を歩いていました。同じ失敗は二度と繰り返したくはないので、一応角を曲がるときには恐る恐る向こう側を覗き込んだりもしてみましたが、白鳥沢のバレー部らしき人物の影は一つも見当たりません。ほっと胸を撫で下ろしたとき、後ろから声が聞こえてきました。
「何をしている」

振り返らなくても分かります。声の主は牛島若利、わたしがちょうど思い浮かべていた人物その人でした。

物凄い勢いで後ろに振り向いたわたしとは対照的に、彼は涼しい顔で曲がり角に立っていました。汗はかいているけれど、そこに辛そうな表情は浮かんでいません。途端にどくどくと早鐘を打つ心臓を押さえつけるのに必死なわたしは、ロードワークはもう終わったのか、部活の仲間の人たちはどこにいるのか、もしや彼らとは違うコースを走っているのか、と気になることはいくつも出てくるというのにそれっぽちのことすら聞けない自分の口べたさを牛島くんが察してくれることを祈るばかりです。

てっきりすぐに走り去っていくだろうと思っていた牛島くんがスピードを緩めわたしに並走するような動きを見せたので、わたしは目を見開きました。咄嗟に歩く速度を速めようと試みましたが、彼はすんなり着いてきます。逃げられないのだと悟ったわたしはこの前の友達に言われた「絶好の機会」という言葉をふと思い出しました。そうなのです。これはきっと、世間一般にいう好機というものなのです。ミーハー心でどんな人なのだろうと憧れと好奇心を綯い交ぜにした感情を向けていた相手が今、目の前にいるのですから、これを逃せば女が廃るというもの。しかし、心のうちではいくらでも勇ましいことが言えるわたしも、いざ言わんとなると言葉が喉につっかえてなんにも言えなくなってしまうのですから、つくづく現実とは甘くないものなのです。

そうこうしているうちに、牛島くんが口を開いて言葉を吐き出します。
「部活動は何かしているのか」

思えば彼が、わたしの体の心配をする以外の言葉を口にするのはこれが初めてのことでした。わたしは、折角話しかけてくれたのだからそれを無駄にはしまいと早速口を開いて返事を寄越します。
「やってないよ。帰宅部」
「そうか」
「うん。何かやってそうに見える?」
「……いや」

見えないのかよ、ときっと友達相手になら茶々を入れているところだったでしょうが、相手はあの牛島若利です。下手なことを口にするわけにはいきません。
「牛島くんは、バレーボールって感じじゃないね」
「……俺は物心ついたときからバレーボール一筋だが」
「そうなの?わたしは最初、剣道部か弓道部の人だと思ってたよ」

それくらい、わたしにとって牛島くんはとても硬派で古き良き日本男児そのもののような人に映っていました。バレーボールでなくとも結果の残せる人だというわたしの陰ながらの評価はきっと、あながち間違いではないはずです。
「剣道か。あいにくやったことはないな」
「道着とか似合いそうだけどね」

あれを言おうこれを言おうと考えに考えを重ねて躍起になればなるほど言葉に詰まってしまうというのに、言われた言葉に少しの感想を混ぜて返すと面白いほどスムーズに会話が進むので、わたしはもう彼を相手に下手に取り繕うとするのはやめにしようと思いました。ふわふわとした掴み所のないわたしの話にも、牛島くんはきちんと考えて短いけれどしっかりとした返事を寄越してくれます。わたしは彼のそういった堅実な態度を目の当たりにする度に、元々高かったはずの彼の評価がさらに右肩上がりに上昇していくのをひしひしと感じるのでした。




わたしがいつも使っている通学路が牛島くんのロードワークのコースになっているということを知ったのは、それから数週間後、牛島くんとの遭遇が二桁の大台に乗りかからんとしていた頃のことです。
「お疲れさま、牛島くん」

この頃にはもうわたしは彼が相手でも言葉に詰まることなく会話ができるようになっていて、彼もまた、ロードワーク中にわたしを見つけると何も言わずに速度を落とし、わたしとのおしゃべりに時間を割いてくれるのでした。そして、数分間会話をしたのち、彼は適当なタイミングでまたロードワークに戻るので、わたしはぐんぐん遠ざかっていく彼の後ろ姿が通った跡を追いかけるようにして、家路までの道をまたのんびりと歩き出します。これが終わって、ようやく一日が終わったのだと実感が湧くのです。

わたしにもたまには用事というものが出来るし、彼も毎日決まった時間に同じ場所を正確に通るわけではないようなので、さすがに毎日というわけではありませんが、三度に一度くらいはそうして帰り道に牛島くんと会話をするのが習慣のようなものになっておりました。きっと、数週間前の自分に今の状況を言ったって信じられないことでしょう。未だに俄には信じられません。しかし、実際に、彼がわたしに話しかけてくれるというのは紛れもなく事実なのです。

だけど、さすがに今回ばかりはわたしも肝が冷えました。
「何をしている」

この日、わたしはいつもより早い時間に学校を出たせいで、一度も牛島くんに会うことなく白鳥沢の最寄り駅に足を踏み入れました。ああ今日は牛島くんに会わない方の日なんだな、と思い、改札を抜けようと鞄の中をまさぐります。あるはずの感触がどこにも感じられず、わたしは手を止めました。鞄の中身をひっくり返すようにして探してみても、やはり見当たりません。無くしてしまったのでしょうか。何かの拍子に落としていないか辺りを見回しながら、わたしは一つの可能性を思いつきました。朝、教室で脱いだまま置きっぱなしにしておいた制服のジャケットに、入れたままにしているのではないか、と。

そうとなってはこうしちゃいられません。わたしは、もと来た道をいつもよりうんと早いスピードで戻り始めました。いつも暢気に歩いている道の景色がまた違ったように見えます。学校と駅のちょうど中間地点に差し掛かった頃でしょうか、前方から耳馴染みのある音が聞こえてきます。タッタッタッタッ。近づいてくる足音は、聞き間違えるはずもありません。あの人のものです。

そして、表情が確認出来るくらいの距離にまで近づくと、彼は言いました。「何をしている」と。
「……定期、学校に置いてきちゃったみたいで。取りに返ろうかなって思って」

いつもなら駅に向かって歩いていくはずのわたしが学校に向かって歩いているのを不思議に思ったのでしょう。眉根を寄せたまま、牛島くんがなにやら難しい顔をして走っていた足を止めこちらに向き直りました。
「学校……教室へ戻るのか」
「うん。多分机かどっかにあると思うんだ」
「……そうか」

ああ、この流れはロードワークに戻る流れだな。そう思ったわたしの予想は大きく外れ、なんと牛島くんはわたしの横まで来ると速度を合わせて歩き始めました。予想外の事態にわたしは首を捻りながら牛島くんに向かって問いかけます。
「牛島くんも学校行くの?」
「ああ。これからサーブ練がある」

この言い草からすると、ロードワークが終わってからも練習はまだまだ続くようです。わたしはてっきりロードワークが終わるとすぐに練習を切り上げるかストレッチや体幹トレーニングに入るものなのだと思っていたので、サーブ練習をするというのは少し意外でした。しかし如何せんバレーボールに詳しくないわたしはそれ以上話を広げることも出来ず、「そうなんだ」とありきたりな返事をすることしかできません。それでも嫌な顔一つせず会えば話しかけてくれる牛島くんは、なんて良い人なのだろうと改めて心の底から思いました。日本男児を絵に描いたような人だと思っていましたが、もしかしたら彼は日本男児どころか聖人君子だったのかもしれません。きっとそうに違いないのです。




思えば最初から、彼は愛想こそよくはありませんが、優しくて義理堅く律儀な人でした。
「わたし、牛島くんと話すようになる前はね、なんとなくだけど怖い人なんじゃないかって思ってたの」
「……」
「実物は全然そんなことないね。よく挨拶してくれるし」

二度目に会ったとき、よもや顔を覚えられているなんて思いもしなかったわたしは牛島くん自ら話しかけてきたということだけで大層驚いたものですが、それも今となっては三日に一回は話す間柄になっているというのだから人生というものは何があるか分かりません。道路で跳ね飛ばされたときは何てついてない日なんだろう厄日なんだろうと自分の不運さを呪ったものですが、あれがなければこうして牛島くんの色々な話を聞けることもなかったはずで、そう考えると偶然と言えどあの出会いには感謝しなければならないのです。わたしは、牛島くんが黙って聞いてくれているのをいいことに、ぺらぺらと喋り続けました。
「でも、まさか今日も会うなんてびっくりしたよ。偶然ってすごいね」

しかし、そう言った途端、今まで黙って隣りを歩いていた牛島くんが足を止めたので、暢気に正門までの道を目指していたわたしは何かまずいことでも言ってしまったのかと戸惑いながら同じように足を止めました。相変わらず何も言わない牛島くんは、しかしはっきり不機嫌だと分かる表情でそこに立っています。わたしは、さっきまでの一連の会話の流れを必死に思い出しながら、自分の一体何がいけなかったのか精一杯首を捻り考えました。

背の高い彼に上からじろりと見下ろされるのはとても迫力があって、一気に張りつめたような緊張感で辺り一帯が包まれていきます。行き先は駅ではなく学校ではあるけれど、いつもと同じ道、いつもと同じ景色、いつもと同じ牛島くんとの会話。なのに何故かぴりぴりとした空気を感じてしまうのは、わたしだけなのでしょうか。重苦しい雰囲気の中、眉間にしわを寄せ難しい顔をした彼がこう言い放ちます。
「偶然ではないと、言ったらどうする」

それは、あれやこれやと忙しなく考えを巡らせてはうんうん唸るわたしの動きを止めるのには十分すぎるほどの威力を持った言葉でした。突然浴びせられた言葉の意味を半分も理解出来ずにぱちぱちと瞬きを繰り返すと、なんということでしょう。牛島くんの強い瞳がわたしを捉えます。さらに畳み掛けるようにして、牛島くんが口を開きました。
「俺がここで、おまえを待っていたと言ったら、どうする」

二人分の足音が響かなくなった道路はうんざりするほどの静寂に包まれていて、今度はわたしが俯いて黙りこくる番のようでした。刺すような視線が痛いほど伝わってきて、擦りむいてもいないのに手のひらがじんじんと痛み出しました。ゆっくりじわじわと広がっていく痛みに、もしやこれが噂に聞く恋の痛みなのかと思ったりもしましたが、今回ばかりはおどけてもいられなさそうで、うんと高いところにある彼の瞳をゆっくりと見上げてみます。

「早く答えろ」と言わんばかりのその顔に、わたしは今まであった彼との遭遇の数々を思い出しました。道路に這いつくばるわたしにしきりに保健室に行くように勧めてきたときも、廊下で心配するような言葉をかけてきたときも、確かめるようにわたしの名前を口にしたときも、彼はいつもわたしの思う牛島若利そのものでした。そのどれが偶然で、どれが偶然でなかったというのでしょう。

縋るように見上げてみても、彼は何も答えてくれません。手のひらから広がった痛みはとうとう心臓を押しつぶしてしまいそうなほど膨れ上がってしまって、わたしはまた年甲斐も無く泣きそうになってしまいました。
「……どうするって言われても、分かんないよ、牛島くん」

本当に、どうしたらいいのかなんて、わたしが教えてほしいくらいです。