辻褄合わせの赤い意図

午後練のときはともかく、午前中に練習があるとき財前は本間に眠そうな顔をする。本人曰く低血圧で朝が弱いから眠いのだそうだが、私はただの夜更かしのしすぎではないのかと思う。試しに昨日は何時に寝たのかと欠伸を押し殺す財前に聞いてみた。
「財前、昨日寝たんいつ?」
「3時っすけど」
「遅っ!中学生が起きてる時間ちゃうやん」

3時ってそれもう昨日やなくて今日って言うべきちゃうんか。然程興味がないのか財前は私の言葉を「あーそうっすね」とだけ言って受け流した。私と話する気あらへんなコイツ。全然笑わへんし人の話適当に受け流すし。あー、中途半端に欠伸をしたせいか少し涙目になった財前の顔が可愛い。
「なあ、そんな眠そうな顔して今日の練習いけるん」
「先輩に心配されるほど落ちぶれてないっすわ」
「なんやと!」

そこは大丈夫ですよ、とか心配してくれてありがとうございます、とか言うとこやろ。何で毒吐かれなあかんねん白石に怒られたら可哀想やから私は言うたってんのに。
「お母さんとか家族の人に起こしてもらわれへんの?」
「俺家では基本的に引きこもってますんで」
「何やそれ財前寂し!」
「黙れや本間うっさいっすわ」

思ったことを口に出しただけなのにテニスラケットで財前に膝を叩かれた。ガットが張ってある方じゃなくて堅い先端の方で叩かれたせいでカンッと音が鳴る。
「痛ァ!何すんの財前!」
「俺の心はもっと痛いんです」
「嘘つけや朝起きられへん自分が悪いんやろ!八つ当たりか!」
「……………」

図星だったのか、財前が口をつぐんだ。起きられへんのやったら携帯のアラームなり大きい音が鳴る目覚まし時計セットするなりすればいいのに、この憎たらしい後輩は自分で起きようとする努力はしないつもりらしい。面倒いっすわあ、の一言で片付けられた。眠たい顔はしとる割に寝坊はしよらへんし、部活には間に合ってるからいいものの、もしも財前が部活に遅刻しようものなら白石がにっこり完璧な笑顔を浮かべながら怒るのだ。財前だけが怒られるならまだ許せる。でも白石に怒られたことによるイライラを財前からぶつけられるのは喜ばしくない。あれは完全に八つ当たりやと思うんやけど、自称財前に慕われてる先輩のはずの忍足も「堪忍な」とか言うて毎回毎回全然助けてくれへんし、自分で自分の身を守るしかないのである。財前を苛立たせるようなイライラの種は蒔かないに限る。
「先輩いつも何時に起きてんすか」
「6時」
「おばはんか」
「何やとコラ!あんたもモーニングコールして6時に起こしたろか!早起きは三文の徳やねんからな!」
「あ、ほなお願いします」
「何を!?」
「モーニングコール」

まあ俺からしたら6時は早すぎるんで出来たら7時でお願いしますわ、なんて言って財前は白石とラリーをするためコートにすたすたと戻っていってしまった。待て待て待て待て。勝手に決めるな。そもそも私財前の携帯の番号知ら……あ、アドレス交換するときに面倒くさいから赤外線通信で送ってもらったんやった。知ってるわ、財前の携帯の番号。




ベッドの上で携帯を握り締め、アドレス帳に表示された『財前光』の文字を見つめて思い悩むことおよそ5分と少し。時計は6時50分を示している。7時に起こしてって本人も言ってたし、やっぱり7時ぴったりに起こしてあげるべきなんやろうか。いやでもあんまり時間通りに電話かけるのもモーニングコールかけるためにスタンバイしてました!っていうてるみたいで嫌やし、かと言って財前に電話かける時間を気にしてわざわざずらしてみるってのも癪やしなあ。一体どうすれば。

時計を確認する。6時52分だった。うわ、めっちゃ長いこと悩んでるつもりやったのに全然時間経ってへんやん。もうええかな。……ええよなあ。大体起こしてって言うてきたの財前やし、ちょっと早めにかけても文句言われる筋合いはないはずや。うん。万が一文句言うてきたら「あんたが頼んできたんやろ」って言い返したろ。そうやなそれがええわ。よし、発信!
「……………」
「……………」
「……………」
「………はい」
「もしもし、財前?起きとるー?」
「あー……」

十何回目かのコールでようやく電話に出た財前は少し呻いたあと静かになった。こら、夢と現実の間をうろうろするな。さっさと起きんかい。いつもならそう言うだろうけど、まだ半分夢の中にいる財前が面白くなって特に用はないけど会話をしようと試みる。
「私誰か分かる?」
「んー……、先輩……?」
「ご名答!」
「…………」
「ちょ、財前せっかく起こしたったのに寝たらあかんて」
「やってまだ外……暗いし……」
「もう7時やで財前くんお目覚めの時間や」
「先輩ももうちょい寝よや……」
「無茶言うな」

段々と財前の意識が覚醒していくのが手にとるように分かる。いつもこんくらい大人しくしとったら可愛い後輩やねんけどなあ。ちゅーか寝起きの声低いな。散々電話すんの躊躇っとった私が言うのもなんやけど、なかなか貴重な体験が出来たかも知れん。
「財前ー?起きとる?」
「先輩の声朝からうっさいっすわ……」
「おー、起きたな。おはよう財前」
「おはようございます」
「ではここで先輩からの愛のモーニングコールの感想を!どうぞ!」
「うざいっすわ」
「えー先輩は朝から財前くんの声聞けて嬉しかったのになー」
「…………」
「あれ、財前?もっかい寝た?」
「……寝れる訳ないやろアホか」

え、何でいきなり罵られたん私。しかも電話切られた。まだ念願の財前の感謝の言葉とかその他諸々聞けてないこといっぱいあるのに。まあ今日の練習で聞いたらいいかな。二度寝してたら今度こそ白石じゃなくて私が怒るぞ。


それから一時間後、財前からメールが届いた。
『何や先輩に起こしてもろたら目覚め良かったんで、明日からもモーニングコールお願いしますわ』

例えば財前やったら電話じゃなくてメールの着信音も格好いい洋楽にしとることくらい知ってるし、毎回毎回大音量で鳴らしよるからきっとあのメールの着信音でも起こせるんやろうけど何やかんや言いながらわざわざ電話で起こす私の気持ちとか、出来ればしばらく起こさんままいつも聞かれへん分ちゃんと声聞いときたいなとか、白石とか忍足じゃなくて私に頼んでくれるのが嬉しいとか、そういうのを寝起きのときに言うたらいつもの生意気なのも封印してちゃんと聞いてくれるんかなあ。履歴の一番上にある財前光の文字を見てこっそり思う。明日はもうちょっとだけ遅い時間に起こしてあげよう。