ひらかれる発光

友達としてなら生駒は文句なしに百点満点だけれど、 果たして彼氏としてはどうだろうか。最近の私の頭の中はもっぱらそうした考えに支配されていた。
「生駒の次の休みっていつ?」
「水曜。でもいつでも空いてんで」

彼の言う通り生駒隊は次は水曜が防衛任務が入っていない日のようだが、任務の非番と彼の暇な時間が必ずしも結び付くわけではない。私がスケジュールを訊ねたとき必ずと言っていいほど生駒はこの「いつでも空いてんで」という台詞を口にするが、彼の口から放たれるこの言葉ほど信用できないものはないというのが私の持論だった。
「本当に空いてる?」
「ホンマに空いてる」
「本当の本当?」
「ホンマホンマ」
「……じゃあうちの隊の予定確認してからまた後で連絡するね」
「分かった」

このやりとりを最後に、次の木曜の防衛任務で一緒になるまで私は生駒と会うことは出来なかった。ボーダーのB級隊員は往々にして多忙を極めているからだ。

昨日の水曜も生駒隊は非番でも私の隊のランク戦の予定が入っていて、デートの約束も取り付けられじまい。任務で顔を合わせたタイミングで生駒に向かって「昨日何してたの」と聞いてみると「水上とナスカレー食べてきた」という答えが返ってきてがっくりと肩を落とした。

案の定、生駒は暇はしていなかったみたいだ。先週の時点では「空いてる」って言っていたくせに。……そこ、確か新しく商店街の方に出来たちょっと変わったカレーを提供してくれるお店で、今度時間が合えば生駒と行こうかなって私も思ってたんだけどなぁ。水上くんに先を越されてしまった。


生駒と付き合うようになってからというもの、こうした事態に陥ることはままあった。本人は自覚があまりないようだが生駒はボーダーの各方面から人気がある。女子からの誘いはさっぱりなようだが男子からは事あるごとに「イコさんも誘わない?」という声が聞こえてくるし、作戦室でもラウンジでも生駒の周りにはいつも人がいる。彼の恋人である私が割り込んでいくのを時折躊躇してしまうほどに。

ここまで思うようにいかないと苛立ちも募るというものだ。いつも口を開けば「モテたい」と言っているくせに何なんだ一体。私にモテるだけじゃ足りないっていうのか。最近は大学生や高校生だけでは飽き足らず玉狛の中学生たちともたまに話したりしているらしいし、ボーダーに所属する隊員全員と友達にでもなるつもりか。

……こんなことを言おうものなら、あの生駒のことだ。「えっ何で俺の考えてること分かったん?」とか言って、本当に肯定されちゃいそうでちょっと嫌だなぁ。

あらかじめ断っておくと、これは決して生駒が私を蔑ろにしているというわけではない。ただ、私と彼は皮肉なほどにまったくタイミングが噛み合わなかった。彼が防衛任務の日は私は大学で講義を受けていて、反対に私が防衛任務の日は生駒隊はランク戦の予定が入っているという具合に。ここまでくるともうシフトを組む人側の悪意を感じる。実際運営側としてはボーダー隊員同士の交友関係など一々気を配ってもいられないだろうし、ただ単に私と生駒のタイミングが悪いだけというのは分かってはいるから、これは完全に八つ当たりである。その自覚だけは十分に持っていた。

そういう経緯もあって、事前に予定をすり合わせようとすることを早々に諦めた私は生駒の姿を見かける度に「この後の予定は?」と訊ねることに決めた。綿密な計画と入念な準備の上でするデートに憧れる気持ちはあるものの、それが出来ないのだから仕方ない。放っておくと生駒とはどんどんボーダーの外で会えなくなってしまう。
「今日さ、このあと暇?」

ラウンジでちょうど生駒が一人になったタイミングを狙って声をかけると、二人分の紙コップに入ったジュースを持って私たちのいるテーブルにやってきた迅があちゃあという顔をした。どうやらさっきまで生駒は迅と一緒にいたらしい。
「ごめんさっき俺が生駒っち誘っちゃった」

この迅の言葉を聞いたとき、私の口からは水上くんばりの「何でやねん!」が飛び出していた。けれど、申し訳なさそうに「ごめんな」と眉を下げる生駒を見てしまえばそれ以上文句を言う気にもなれなくてテーブルの上にがっくりと頭を落とす。

何なんだ。そこまでしてみんな私と生駒の邪魔をしたいのか。彼女が出来たらすべての事柄においてその子のことを優先しろとは口が裂けても言わないが、それでも、もうちょっとぐらい気にかけてくれたってよくないか。

生駒も生駒である。何でそう、事あるごとに予定を詰め込もうとするかなぁ。
「だって生駒っち何誘っても断んないから」

そんな便利屋みたいな扱いを人の彼氏に対してしないでほしい。確かに生駒は滅多なことがない限り人の誘いを断らない。ご飯の誘いも、遊びの誘いも、それがたとえ「今から玉狛でぼんちパーティやるんだけど生駒っちも来る?」という自称実力派エリートからの珍妙極まりない誘いであっても、生駒達人は断らない。それが彼の美徳であり美点でもあるからだ。

誰とでも分け隔てなく接することが出来るのは生駒のいいところだ。まだ20年になるかならないかぐらいしか生きていない私たちのこれから長いこと続いていくであろう人生において、人脈はかけがえのない財産となる。ないよりはもちろんあった方がいい。誘われたならどんどん参加すればいい。

けれど、生駒と二人で会えなくて寂しいという私の気持ちも忘れないでほしかった。

意気消沈する私を前に生駒はどうしたらいいのか分からないという様子でひたすらあたふたとしている。ここで無理にでも玉狛との予定を断って私とのデートをねじ込もうとはしないところがこの男の人の良さを表していた。……まあそもそも、そうした人の良さがこうした事態を招いていると言っても過言ではないのだが。

慌てる生駒と落ち込む私に挟まれているこの空間に耐えられなくなったのか、迅は「それまだ口付けてないから」と言って自分の分の紙コップを私の前に置くなりそそくさと立ち去ってしまった。有り難く頂くことにして、コップの縁に口を付けるとそれを見ていた生駒がまた眉をへの字にして「ごめんな」と言う。
「いーよ別に。誰も悪くないし。こういうのって早い者勝ちでしょ」

生駒のことをまるで抽選の景品か何かのように言う私にも彼がツッコミを入れてくることはない。何とも言い難い微妙な沈黙が流れる。

付き合う前の私たちなら、きっとこんなことにはならなかった。付き合うようになって、他のみんなと一緒にではなく二人だけで会おうとし始めた途端に噛み合わなくなってしまったのだ。

前は生駒から「今から嵐山とメシ行くねんけど来ん?」とか「隠岐の家の猫めっちゃ可愛いねんで。見る?」とか、そういう風に声をかけてくれたり誘ってくれることだってあったのに、最近はめっきりそうしたこともなくなってしまっている。デートの誘いなんて以ての外だ。

だから私はボーダーでしか生駒に会えていない。念願叶って話をすることが出来たときだって任務やランク戦の合間のほんのちょっとの時間だけだし、本当に何なんだろうと思えてくる。やっと会えたと思って誘ったら迅に先を越されるし、あまりの自分のタイミングの悪さに腹が立ってくる始末である。

一人腹を立てている私の前で、生駒は何かを言いたげな表情をしている。……まさか玉狛との予定を断ってくれるとか? 生駒に限ってまさかそれは。そう思いつつ「どうしたの?」と訊ねてみる。
「あんな、俺、……言いたいことがあるねんけど」
「なに?」
「あー……いや、やっぱええわ。何でもない。忘れて」
「そこまで言いかけられたら気になるでしょ」

なんだ、まさか別れ話だろうか。付き合ってろくにデートもしていないのに別れてしまうのか私たちは。こんな風になってしまうなら、初めから付き合ったりせずに友達のままでいればよかった。二人きりでどこかに行きたいとか話したいとか、贅沢なことを思わなければよかった。

そう思いながら相変わらず言葉に詰まっている様子の生駒の顔をじっと見つめていると、彼は何かを決心したようだった。
「……笑わんと聞いてな?」
「それは内容次第かなぁ」

シリアスな展開を少しでも避けようとわざとからかうように言ってやると、生駒はまた黙ってしまった。
「ごめん、分かった分かった。笑わない。絶対笑わないからさっき言いかけたこと教えて」
「ホンマに?」
「ほんとほんと」

何か前にしたやりとりと逆だなと思いながらうんうんと頷く。すると生駒はぽっと頬を染めて「俺な」と切り出そうとした。えっちょっと待って、何でそこで赤くなるわけ? まさか他に好きな子が出来たとかそういう話?そう嫌な考えが頭をよぎったけれど、聞くと言ってしまった手前今更やっぱりやめてとも言えず、私は大人しく生駒の言葉に耳を傾けることにした。
「付き合うようになってからな、出かけよって言おうと思っててんけど、その、……どうやって声かけたらいいか分からんようになってん」
「……どういうこと?」
「女の子と行くオシャレな店とか知らんなと思って」

頬を染めながら下を向いてボソボソとした声で話す生駒の声に脳天をガーンと硬いもので殴られたかのような気分になる。なんだ、じゃあつまり生駒は、付き合うようになったらどうにも照れてしまって前みたいに私に声かけられなくなってたってこと? 嫌われてたとか別れたいとかそういうことじゃなくて?

そんなの、……そんなのってさぁ。張り詰めていた身体が一気に緩んでいくのが分かる。
「何だっていいんだよ」

私の声に俯いていた生駒が顔を上げる。
「オシャレな店とかそういうのじゃなくていいよ。……その、私もオシャレなことしたいから一緒にいるんじゃなくて生駒と二人で色々したいから付き合ってるんだしさ」

生駒があまりにも照れた様子をするものだから、自分でも言ってて恥ずかしくなってきた。私の言葉を聞いてぽかんとした顔をする生駒はまだ私の言っていることが信じられないようで、首を傾げて「ホンマに?」と不安げな表情で問いかけてくる。
「うん。何なら前のカレーの店も生駒と行きたいなと思ってたし」

水上くんに先越されちゃったけど、と言葉を続けるとまたしょんぼりした表情になりかけた生駒に向かって「その顔するの禁止ね」と言ってからコップに残っていたジュースを一気に飲み干した。

……さっき迅が私に対するフォローを特にすることなく席を外していったのは、もしかしてこういう未来が見えていたからなのだろうか。だったら言ってくれればよかったのに。そうしたら余計な気を揉まずに済んだのに。まあでもジュース貰っちゃったしなんか丸く収まった気もするしそんなに文句も言えないか。

そんなことを考えていると、私の言葉を受けてなのかキリッとした顔に変わった生駒が今度は「なあ、今から暇?」と言った。暇だけど、と答えると椅子から立ち上がった生駒が私にもそうするように促してくる。
「今から食いに行こや。ナスカレー」
「えっでも予定あるんでしょ。玉狛は?」
「晩食べてからやるんやって」

そうなると生駒が玉狛に行くまでにまだ二時間ほどは余裕があるわけだ。よくよく聞けば、これまで生駒はそんな短時間だけの暇つぶしに私を付き合わせるのは忍びないと思っていたらしい。私はむしろ、そうしたちょっとした時間を少しでも多く生駒と過ごしていきたいと思っているのに。

ボーダーを出て商店街へ向かう道の途中で既に一度食べたカレーの味を事細かに説明してくれようとする生駒の説明を聞きながら私は、そうした想いを彼に伝えるためにはどのタイミングが一番よいかを頭の中で考えていた。

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HAPPY BIRTHDAY Tatsuhito Ikoma!