Machine-gun Talk! EX14

伊月くんからメールでだったりSNSでだったり部誌でだったり何かしらのメッセージを貰う度、内容がどうあれまずどこにダジャレが挟んであるのか気になってしまうのは何もあたしに限った話ではないと思うのだ。

だっていつどんなときに話しかけてもダジャレ混ぜて返してくるし。移動時間とかに何かを広げて読んでるからどんな本読んでるんだろって気になって近づいてみるとネタ帳だったりするし。試合の度にキタコレキタコレ言って日向くんに「伊月だまれ」って言われてるし。だから、そう、何が言いたいかというと、

、山に行かないか?』

この一文に潜むダジャレを見つけられなかったあたしがやっぱり未熟だったんだろうか。

山。山に行かないか。やまにいかないか、って、うん。何度口の中で反復させてみても一向にダジャレは見つかりそうになかった。……こりゃもうダメだ、勘ぐりすぎだな。素直に考えてみよう。……いや、素直に考えてみても、山だ。山に行こうって言ってる。あの伊月くんが、山に行こうって言ってる。あたしに。

伊月くんってあれ、あの、登山が趣味だったっけ。違う気がする。違うよね?あえて言うならダジャレ言うことが趣味だよね?あと休みの日に何してるのって聞いても「バスケしてるよ」としか答えないよね?たまに混ざって一緒にゲームしたりしてるし、終わった後に二年生でご飯食べにいったりもするし、買い物行ったりするときもあるけど、山に行ったって話は聞いたことがない。その伊月くんが山って、一体どういう風の吹き回しだろう。海は合宿で行ったから、たまには趣向を変えて山にでも行ってみたいとか?でもあれだよね、ファルトレクで散々野山を駆け回ってるよね。

いまいち動機がよく分からないまま、でも断る理由も見つからないままとりあえず『行く』とだけ返信しておいた。返ってきた文面には集合時間とか集合場所とかの詳細、そして『くれぐれもヒールは履いてこないように』という文で締めくくられていた。山に行くって言われてるのにそんな歩きにくいもの履いていく奴があるか、と思ったけど、こういう気遣いをしてくれるのが伊月くんという人なのだ。明日の用意をしているうちに、ふと気づくと普段部活してる格好と変わらないスタイルになってしまった。まあいいか、渋谷とか原宿に行く訳じゃないし。オシャレしたってしなくたってバスケ部にはいつも汗だくになってるとこ見られてるんだしな。

最近では色々な試合で色々な学校相手に勝ち進んでいくうちに人気の出てきた男バスと四六時中一緒にいられるなんていいなぁ、と言われることも増えてきたけれど、恋する淑女の諸君、考えてもみてほしい。君たちは意識している殿方にすっぴんよりも酷くなってるであろう汗まみれの顔とか、扱かれてへとへとになってる姿とか、散々喋りまくった挙げ句にシュートを外したその瞬間とか、そういうのを見られても構わないと割り切れるのか。あたしは割り切れないぞ。構う。めっちゃ構う。だけどまぁ、あたしもあたしで同じように彼らの試合では見せないそういう姿を見ている訳で、そういうところはお互い様かな、なんて思ったりして。

余裕を持って集合場所に向かうともう伊月くんはそこに立って待っていた。履きなれたスニーカーで足早に近寄っていくと「おはよう」と言葉をかけられる。時間的には「こんにちは」のほうが正しいのだろうけど、「おはよう」と返しておいた。友達に向かってこんにちは、っていうのは何というか他人行儀で、よそよそしい気がする。友達っていうか部活仲間だけど。ケータイをいじっていた伊月くんがそのケータイをポケットに滑り込ませ、「じゃあ全員揃ったし、行こうか」と言った。

「えっちょっと待ってこれで全員なの!?」
「全員だよ」
「二人しかいないんだけど!相田監督とかは!?」
「カントクと日向と木吉も誘ったんだけど買い出し行くからって断られたんだよ」
「じゃあコガくんとか水戸部くんとかつっちーは」
「何かコガと水戸部の中学の文化祭に行くって言ってたけど」
「マジで?」
「マジで」

……それじゃあ、えーとつまり、その。伊月くんと二人で登れっていうのか。山に。てっきり皆でハイキングするみたいなノリなんだと思ってたんだけど、ていうか伊月くん事前に断られてたんなら言ってよ!ピクニックもしくはハイキングみたいな気分で来ちゃったよ後ろに背負ってるリュックサックがあたしを恥ずかしい気持ちにさせるよ伊月くんケータイと財布しか持ってないっていうのに!何なんだその軽装備は!

「伊月くん今日の格好軽装備すぎじゃない?山をなめちゃいけないよ、いつ何があるか分からないんだよ。雨降ってくるかもしれないし、数多の虫が襲ってくるかもしれないし、野生動物がいるかもしれないし、ヒール履いてくるなって言うくらいだから長時間歩くんだろうし、どこの山に行くのか知らないけど...えっていうかちょっと不安になってきたんだけど今日まさかファルトレクしたりしないよね?」
「しないよ」

安心した。前を歩く伊月くんは特にペースを崩すこともなくサクサクサクサク進んでいる。あたしはその少し後ろを、足と口を動かしながらてくてく歩く。歩くたびに揺れる後ろのリュックサックが少し邪魔だと思った。肩から少しずりおちたリュックを背負い直し、気を取り直して足を踏み出すと伊月くんの視線がこちらに向けられているのが分かった。どうしたの?

「いや、……今日の山ガールみたいだなって」

驚いた。何に驚いたって、山ガールなんて単語を知ってる伊月くんにだ。いつも言ってるお姉さんとか妹さんの影響だろうか。改めて自分の格好を確認してみると、Tシャツに、マウンテンパーカーに、スニーカー。歩きやすいようにと選んだ結果なのだけれど、なるほど言われてみれば確かに山ガールに見えなくもない。大体スニーカーとパーカーのせいだろうけど。よく見てるね、と言おうとしてやめた。そんなことよりも先に言いたいことがあったからである。

「でもこのあたしたちが登ってるのって山というより丘だよね」
「山行こうと思ったら移動費と時間かかると思って」

じゃあ山行こうって言うなよ壮大な旅になると思っちゃうじゃんか。確かに金欠だけども。バイトもせず部活に明け暮れてるせいでろくにお金も持ってないけれども。あっという間に頂上に辿り着いてしまった。本当に、あっという間に。

「そうだ、丘でお菓子でもどう?」
「それ言いたかっただけでしょ」

そんなこと言いながらも伊月くんは座ってコーヒーゼリーを食べていた。「美味しい?」と聞くと「ぬるい」との返事が返ってくる。そりゃあ、今はもう紅葉の季節とはいえ真冬ではないんだからリュックに入れっぱなしにしていたらぬるくもなるだろう。それでもお気に召してくれたらしいから安心した。すかさず「でも美味しいよ」と言ってくるあたり、性格が出てるよなあと思った。

「でもさあ、何でいきなり山行こうって言ったの?伊月くんそんなに自然とか好きだったっけ。それとも登山が趣味だったりしたっけ」
「いや、別に趣味でもなんでもないんだけど、楽しいだろうなと思ってさ」
「登山が?」
「……とか、バスケ部とこうやって遊んだりするのがだよ」
「おー、楽しんでくれたならあたしも嬉しいけど」
は?」
「ここからの景色秋になるとこんな綺麗なんだって知らなかったから気づけてよかったよ。伊月くんもしかして知ってて連れてきてくれたの?
「まあ、一応」

ヒュー、と口笛を吹くと茶化すなと嗜められた。いやでも、仕方なくないか。伊月くんってばやることがイケメンなんだもの。もちろん顔だって綺麗だけど。なんだろう、聞かれるまで自分からは言わないってところが点数高いよね。何の点数だよって話は別にしてさ。

丘からの帰り道、相変わらずリュックを上下に揺らしながら歩いているとカバンの中身と中身がぶつかり合う音が鬱陶しかったのか「オレが持つよ」と申し出てくれた伊月くんの好意に思いっきり甘えて身軽になった勢いのまま野山を駆け下りていると「そんなにファルトレクしたかったのか?」と聞かれて体が硬直した。そんな馬鹿な。休みの日まで体に鞭打ってどうするんだ。筋トレ馬鹿じゃないんだぞあたしは。そうぼやきつつも、後ろから降りてくる伊月くんが速度を上げると条件反射か日々の鍛錬の賜物か小走りで駆け下りる羽目になってしまい、結局笑われることになった。……納得いかないけど伊月くんが楽しそうにしてくれてるんだしこれはこれでいいか、うん。落ち葉を踏みしめる音が耳に心地よく響いた。



「えっコガくん先週の土曜日伊月くんから誘われてなかったの?山」
「うん誘われてない。山って何か気になるんだけどさん山で伊月と何したの?」
「最終的に丘に登ったはずだったんだけどいつの間にかファルトレクしてた」
「何それ」
「あたしにも分からん」

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