わたしがあなたを探すとき

二つ離れた山の上に住む祖母の家がいわゆる『藤の家』だと気づいたのは、齢にして15歳の頃だった。

祖母の家には来客が多い。民宿をやっているのだと両親からは聞かされていた。度々祖母の手伝いをしに行っていた私が、民宿にしては何かがおかしいと気づき始めたのは11のときだ。旅人にしては傷だらけの人間ばかりが祖母の家を訪れる。山で転んだ、もしくは夜盗に襲われたのだと彼らや祖母は言うけれど、それにしてはやけに傷が深い者が何名もいた。まるで鋭い爪や歯で切り裂かれたかのような…ただの夜盗にそんな傷が負わせられるだろうか。そして彼らは武士の居なくなったこの時代に、刀を持っていた。

夜に山を行き来することは固く禁止されていた。日が暮れる前に帰れと急かす祖母の顔を思い出しながら山道を駆け下りる。途中で足を挫いた旅人らしき人を近くの宿まで案内していたらこんな時間になってしまった。日暮れまでには帰ると言ったのにこんな時間になってしまって、父様と母様は怒っているだろうか。言いつけを守らずに遊び呆けていたと思われて大目玉を食らうのは嫌だなぁ。こんなことならあの旅人か、宿の女将にお礼状の一枚くらい書いてもらうんだった。

「ただいま!」

走ってきた勢いのまま、スパーンとけたたましい音が鳴るぐらいの力で開けた扉にいつもなら「乱暴に戸を開けるんじゃないよ!」と母様からのお小言が飛んできて、それに生返事をしながら「今日の晩ご飯はなに?」と私が聞いて、食事を作ってもいない父様が「焼き魚とあら汁だ。早く手を洗ってきなさい」と答える。そんな日常が、この扉を開けた先で私を待っているはずだった。

「……いないの?」

問いかけてみても、父様と母様からの返事はない。踏みしめた床が軋むミシミシという音がやけに辺りに響いた。

出かけるなんて朝は言っていなかったはずだけど、どこに行ったんだろう。遅くまで帰ってこない私を祖母の家まで迎えに行って入れ違いになってしまったんだろうか。きょろきょろと辺りを見回したそのとき、襖の向こうからがさりと音がした。

襖へ手をかける。向こう側からは夕飯の匂いとは違う妙な臭いがした。

「父様ー?母様ー?」

嗅ぎ慣れないそれが血の匂いだ、と気付いたときにはもう遅かった。血溜まりの中に倒れている父様と母様を見て、そしてそのすぐ側に蹲っている人影を見て、たじろいだ私を「それ」は見逃さなかった。蹲っていた「それ」がゆっくりとこちらを向く。鋭い爪と、むきだしの牙からはポタポタと血が滴っている。……人間じゃない。夜盗なんかじゃない。

これは鬼だ。

言葉にならない何かを叫びながら飛びかかってきた鬼の爪が肩のあたりを引き裂いた。痛い。熱い。怖い。傷口からどくどくと血が噴き出す。次に襲いかかってきた鬼の爪が脚を裂いた。逃げられない。死ぬんだ。父様や母様と同じように死ぬんだ。死んだあとはあの鬼に食べられるのだろうか。そうしたら、肉どころか骨も残らないかもしれない。骨も残らなかったとしたら、誰が私たちを弔ってくれるんだろう。おばあちゃんの言いつけを守っていれば、こんなことにはならなかったんだろうか。

鬼に裂かれた自分の肉がこんな色をしていることなんて、知りたくなかったのに。

とどめを刺そうと鬼が腕を大きく振りかざしたのが朦朧とする視界に映る。最後に見るのが鬼の顔なんて、とんだ罰当たりだ。ぎゅうと目を瞑ったその刹那、ドンッとけたたましい音が鳴った。涙で滲む視界が誰かの背中を捉える。滅の文字を背負い刀を振りかざし鬼の頸を刈り取った彼は、これまで祖母の家で見てきた旅人たちと同じ格好をしていた。

祖母は身の回りの世話を焼くことで彼のような鬼狩りの人たちを支援している、と教えてもらったのはそれから3日後のことだ。父母と私を襲った鬼を斬ったあの隊士はもう次の任務へと駆り出されてしまったらしい。……お礼を言いそびれてしまった。命を失うことはなかったけれど、肩と脚に負った傷はおそらく消えないだろうと祖母が呼んだ医者には言われた。……体の傷なんて、父様と母様がいなくなったことに比べたら、どうだっていいのに。

父母がいなくなった私は祖母の家に身を寄せることになった。私とそう歳も変わらない(せいぜい3つか4つ上だろう)鬼狩りの隊士たちが連日のように傷を負って家を訪ねてくる。彼らの世話を焼くうちに、私は彼らについての情報をたくさん得ることができた。

鬼狩りと呼ばれる彼らは「鬼殺隊」という組織に所属していること、鬼を狩るためには日輪刀という特別な刀で頸を斬り落とす必要があること、日輪刀を使うためには呼吸を会得する必要があること、その呼吸の教えを授ける「育手」と呼ばれる人間がいること。

知ってしまったら、もう、じっとしていられるはずもなかった。

教えてもらった名前だけを頼りに野山をいくつも駆け抜ける。祖母の家を訪れた隊士から育手だと紹介してもらった髭をたくわえた老人は、鬼殺の剣士になりたいと言った私に一言「辞めたいと思ってももう戻れなくなるが、それでもいいのか」と言った。後戻りが出来ないことなんて、鬼を殺す覚悟なんて、父と母の亡骸をこの手で土に埋めたときからもう、腹は決まっている。

すべてはもう一度また、あのときの彼に会うために。

藤襲山での試練を終え、再び目にした彼は風の柱になっていた。日の光を反射する明るい色の髪、たくましい体躯、軽々とした身のこなし、およそ愛想が良いとは言えない声色。顔や身体についた傷は増えていても、見間違うはずがない。あのときの彼だ。あのときと同じように刈り取った後の鬼の頸を一瞥してから刀を仕舞って歩き出そうとした彼に、日輪刀を握り直して駆け寄る。

「継子にしてください!」
「絶対しねェ」