Machine-gun Talk! 09

誠凛男子バスケ部の練習は相田監督が指揮していることもあって、マネージャーになる前は暇すぎて走り込みばっかりやっていたあたしでもハードに感じる内容だ。あまり体力に自信のないらしい黒子くんは隙あらば床に倒れていてその度に日向キャプテンに怒られてるのを見かける。そういう皆で頑張る練習っていうのをやるのはあたしにとって久しぶりな感覚な訳で、やっぱり凄く楽しいと思える。相変わらずお茶の味が薄い!って言って日向キャプテンに怒られちゃったりもするけど、その怒られる回数だってかなり減った。調子乗って最近キャプテンちょっと優しくなったよね!って言ったらただでさえハードな練習メニューを二倍に増やされて鬼畜だと思った。

だけどそのハードな練習の甲斐もあってかインターハイ予選であのお父さんとの試合に勝ってからというもの、俄然勢いづき始めた誠凛は快進撃を続けてるからやっぱり監督の選手を見る目は素晴らしいものだと思うんだよね。もしかしてこれ結構順調にいっちゃってるんじゃない?そう思っているのはどうやらあたしだけではないようで、皆いつも通り練習をこなしているように見えて少し嬉しそうにしているようにも見える。内容は変わらなくてもモチベーション次第で練習後の疲れってのは変わってくるみたいで、今日はすごく元気だ。特に小金井くんとあたしが。小金井くんが浮かれてる理由は分からないけど、あたしの場合はあれだ。今日は練習が終わったあとに大切な用事がある。黄瀬くんに会いに行くのだ。

黄瀬涼太。職業モデル。帝光中学校出身で現在は海常高校バスケ部に所属している高校1年生。五人の天才集団通称キセキの世代のうちの一人。何かもう色々とハイスペックすぎて会う前から緊張しちゃいそうになる。モデルやれるくらい顔整ってて更には中学最強のバスケ部のレギュラー(しかも「キセキの世代」だなんて呼ばれちゃうくらいの実力)で尚且つ高校では強豪校のレギュラーやってるだなんて、不公平にも程がある。着々と実力をつけていってる男子に混じって練習させてもらってるとは言え未だに部員一人で試合すら出れないあたしにも一個くらい分けてほしいくらいだ。

「もうすぐ黄瀬くんが着くらしいのでさん、ここらへんで待っていましょうか」

黄瀬くんの通う海常高校というのは神奈川にあるらしい。東京からほとんど出たことのないあたしからすると軽いカルチャーショックだった。わざわざそんなところからこんなマジバまで会いに来てくれるのか。本当に有難い話だ。どういう人なのかな。やっぱり火神くんと同じくらいかそれ以上に背高いんだろうな。めっちゃ厳つい怪物みたいな人が来たらどうしよう逃げるしかないよね?とか色々考えてたら向こうのほうから誰かが走ってきているのが見えた。

あれはもしかすると、

「黒子っちー!遅れてすいませんっス!」
「黄瀬くんが来たみたいですね」

…………子犬だ。

有名なキセキの世代に会ってみたい会ってみたいとは言ってたけどまさか本当に会えるとは思ってなかった。いくらあたしみたいな何の変哲もない選手が騒いだところで手の届きようがない都市伝説みたいなもんだと思ってたから。誠凛が勝ち進んでいったらいずれ対戦することはあるのかも知れないとは思ってたけど、まさかこんな試合でも何でもないところで会ってくれるとは思わなかった。しかも会おうっていうのも向こうから。まあ黒子くん経由だけど、それでも向こうが何かしらの興味をあたしに示してくれたっていうのは確かなことで、その興味が何を理由にして向けられているのかは分からないけれど、バスケをやってる人間としては光栄なことであって。そして今、実際に本人を目の前にしてみるとキセキの世代という仰々しい呼び名は伊達じゃないってことを思い知らされる。

「初めまして先輩、黒子っちから色々聞いて会いたいと思ってたんで会えて嬉しいっス!いきなり呼びだしちゃってすいません!」

……子犬だ。目の前に愛くるしい子犬がいる。

所謂イケメンと称されるであろう彼のきらきらとした目に見つめられるのに耐えられなくなって視線を泳がすと黄瀬くんは何を勘違いしたのか「照れるとか可愛いっスね」と言ってきた。何だこの小動物的な可愛さは。先輩の本能をくすぐられる後輩オーラは。反則だ。後輩どころか同期もいないあたしにとってこの瞳は反則だ。こういう形で勝手に築き上げていたキセキの世代のイメージをぶち壊されるとは思ってもみなかった。

「黄瀬くん」
「なんスか?」
「初対面でこんなこと言うのもなんだけどさ」
「?」
「……撫で回してもいいかな」

許可をくれなくても撫で回しますけど。

黄瀬くんからいきなり『先輩に会わせてほしいっス』というメールが来て何事かと思ったら緑間くんから『誠凛に面白い女子がいる』と聞いたとのことで、噂の女子バスケ部の先輩に黄瀬くんを会わせることになった。会わせることになったのは別に構わないんですけれど、ボクの目の前で繰り広げられているこれは一体どういう状況なんでしょう。さんが黄瀬くんの頭をひたすら撫で回している。先輩はひどく嬉しそうで、黄瀬くんはひどく複雑そうな顔をしているのでボクも一体どういう反応をすればいいのか分かりません。もしここに緑間くんや火神くんがいれば「馬鹿馬鹿しい」とでも言ってくれそうなのに。

「やばい。可愛い。こんな可愛い後輩がほしい」
「黒子っちがいるじゃないスか」
「ボクは年上の女性に撫で回されるなんてごめんですよ」
「じゃあ年下ならいいんだ?」
「そういう問題じゃありません」

満足したらしく、やっと黄瀬くんを離した先輩の顔は晴れ晴れとしていた。つくづく考えの分からない人だ。あの緑間くんが面白いと称する気持ちも分かります実際とてつもなく愉快な方ですし。まさか黄瀬くんのような人を気に入るとはさすがに思いませんでしたけどね。話に聞いた通り面白い先輩っスね!と黄瀬くんも上機嫌だった。ボクの役目はこれでお終いだと思うのでそろそろ帰らせていただきましょうか。そう言って席を立つと先輩にがっしりと腕を掴まれた。掴む力が女性にしては強い気がしてすこし驚いたけれど、幸い顔には出なかったみたいだ。彼女は伊達にボクや先輩たちと同じメニューをこなしているのではないのだと思い知らされるような力強さを振り払えないでいると座ったままボクを見上げた先輩がぽつりと呟いた。

「緑間くんって人も来るらしいから帰らないでよ」

腕を掴まれている部分が熱くなる。本当情けないことに、つくづく自分は彼女に振りまわされてばかりなのだ。

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