Machine-gun Talk! 102

高尾くんにダブルチームがついた。何がなんでも緑間くんと、あの連携攻撃を止めるつもりらしい。コートの外からでも分かるくらいに凄まじいプレッシャーを放っている二人に挟まれて身動きの取れない高尾くんを固唾を呑んで見守る。

「なめんじゃねーよ!」

ボールを持つ高尾くんが吠えた。ダブルチームを抜いた先には緑間くんがいる。シュートモーションに入ってるってことは、高尾くんがあの二人を抜くって信じてたんだ。いけー!と皆の声が重なって体育館にこだました、そのときだった。

「言ったはずだ。絶対は僕だと」

誰かがひゅっと息を飲み込んだ、その音さえもコートの外にいるあたしたちにまで聞こえてくるような、バスケの試合とはとても思えない永遠のようで一瞬の静寂が体育館に訪れた。他でもない赤司くんの手によって、だ。高尾くんのパスをスティールした赤司くんがそのままゴールを決める。残り4分を切った試合時間、このタイミングでの攻撃失敗、そして相手チームの追加点。秀徳の選手たちの愕然とする表情が、絶望の二文字が頭をよぎる。

ていうか今、赤司くん高尾くんのパスを軽々とカットしたけど、初めから高尾くんがそこに来ることもあのパスコースでパスを出すことも分かってるみたいな動きだったよね……!?

赤司くんには未来が見える。その恐ろしさを、コートの外で眺めているだけのあたしたちは分かっていなかったのかもしれない。左利きの緑間くんにパスを入れるためには必ず緑間くんの左手側からパスをする必要があること、緑間くんのシュートモーションはボールを持っていようといまいといつも同じなこと。それを見抜いてしまえば秀徳の光の影が繰り出す連携攻撃を止めることも、止めやすいように緑間くんと高尾くんを誘導することも、天帝の眼と絶対的な頭脳を持つ赤司くんには容易いことだ。あの秀徳が、あたしたちを散々苦しめた王者の一角が、まるで子供のように手のひらの上で転がされている。いくらバスケに一発逆転はないと言っても、こんなにも恐ろしく緻密にデザインされたプレイはこれまでのバスケ人生でただの一度も見たことがない。まさか最初からこういう展開になるってことが赤司くんには分かっていたとでもいうんだろうか。だとしたら、そんなチームに、一体どうやって勝つっていうんだろう。

実渕さんのスリーポイントシュートが決まった。バスケットカウントもってことは、4点プレイだ…!ここにきてまだ点を取りにくるなんて、朝のあの柔らかい物腰とは全然違う、別人のような貪欲さ。無冠の五将とキセキの世代が揃うだけでこんなにも手がつけられなくなんて知りたくなかった。緑間くんも高尾くんも、大坪さんや宮地さんや木村さんも、絶対に勝つことを諦めない。だけど、どれだけ諦めないでいようとそれだけで点差が縮まるなんてことはない。粛々と点を決め続ける洛山の前に、とうとう秀徳が倒れた。試合結果は86対70で、……洛山高校がウィンターカップ決勝へと駒を進めた。

一言で言えば高校最強、ついたあだ名は開闢の帝王。勝ち続けることだけを期待されて、負けるなんて絶対に許されない。そんな状況に身を置いたことがないから実際にどんなものかは想像もつかないけれど、のしかかるプレッシャーは生半可なものじゃないはずだ。ウィンターカップという全国のバスケをプレイする高校生が憧れる舞台で、決勝にまで進んだというのにちっとも喜ぶ素振りを見せない洛山の選手たちに違和感を覚えるのは、あたしが帝王と呼ばれるには程遠い場所にいるからだろう。

いくらキセキの世代が相手だろうと勝つのが当たり前。当たり前なんだから今更喜んだり、ましてや戦った相手をねぎらう握手なんてしない。握手を求めた緑間くんに首を横に振って「僕はお前達の敵であることを望む」と言った赤司くんの背中を見て思う。勝って当たり前の勝負を繰り返して、それで、彼らは楽しいんだろうか。…それとも、彼らにとってのバスケはもう、楽しいだけのものじゃなくなってるんだろうか。息つく間もなく次の試合の準備を始める選手たちの後ろで考えを巡らせているとスポドリをクーラーボックスから取り出しているコガくんと目が合った。

「なんか、凄かったね。さっきの試合」
「うん。凄すぎてオレちょっと何て言ったらいいのか分かんなくなっちゃったよ」
「コガくんも?実はあたしもなんだよね、次あんなのと当たるんだと思ったら今から恐ろしくなっちゃった」
「ま、とりあえず海常との準決に勝たなきゃ洛山とは試合も出来ないんだけどね!」

だからまずは海常に勝ってもらおうよ、とニカッと笑顔を見せるコガくんに、それもそうかと同じように向こう側のコートでアップをしている海常のメンバーに目を向ける。ちょうど笠松さんからボールを放られた黄瀬くんがフリースローラインからレーンアップを決めたところだった。「宣戦布告ってヤツっス」その言葉に思わず二年生たちで顔を見合わせる。うちがこんなことをされて黙っていられるようなチームじゃないってことは、付き合いの長い海常の皆さんも十分に分かってるはずだ。

「本家見せつけろ」
「そうだそうだ!海常のギャラリーに見せつけてやれー!」

日向キャプテンとあたしからの激励を受けた火神くんが跳んだ。レーンアップアリウープが華麗に決まる。ワァッと湧き上がるギャラリーに、にんまりとほくそ笑んだ。こんなんで歓声が上がるようじゃ困る。誠凛が誇るスーパールーキーと、その影が織りなす連携攻撃は、まだまだこんなもんじゃないからだ。

「ワクワクして開始が待ちきれません」

すっかり頼もしくなってしまった後輩に、さっきまでのモヤモヤとした気持ちが晴れていくような心地がする。当たるかどうか分からない相手の心配をしている場合じゃない。やっと海常と、黄瀬くんや笠松さんたちと、こうして戦える機会がやってきたんだ。たった40分しかない試合時間でも、勝っても負けても、その40分を悔いのないようにしたい。まあどのチーム相手でも負ける気なんて、何度も言うようにさらさらないんだけどね!

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