Machine-gun Talk! 104

スポーツの試合において『流れ』っていうのは勝敗と切っても切れない関係にある。たった一つのプレイで流れが変わってこれまでリードしていたチームが逆転を許したり、格下と侮っていたチームに流れに乗られてあれよあれよという間に大差をつけられてしまったり、どんなスポーツだってそんな場面を一度は目にしたことがあるはずだ。そしてそれは猛スピードでオフェンスとディフェンスを繰り返すバスケだって例外ではなく。

手強い。流れに乗ってしまった海常はあまりにも手強い。黄瀬くんの試合開始早々のパーフェクトコピーは誠凛の出鼻を挫くには十分すぎるほどの効果を発揮して、黄瀬くんの言う通りうちは完全に主導権を向こうに持っていかれてしまった。早く点を取り返そうと日向キャプテンや火神くんが果敢に攻めているけれど、その攻めは空回ってばかりで焦れば焦るほど点が入らなくなる無限ループにすっかりハマってしまっている。この展開はだめだ、見てるこっちがハラハラしてくる。どっかでクールダウンさせないとこのクォーター中ずっと空回ってしまいそうだ。

こういうときはタイムアウト取ったりメンバー入れ替えたりで強制的に流れを切っちゃうことが多いんだけど、監督はどうするんだろう。コートをじっと見つめていた監督が「メンバーチェンジ」と言ったのを聞いてスポドリを取りに立ち上がる。メンバー入れ替えるんだ、誰と誰が交代かな。こういうときは大体コガくんか水戸部くんを火神くんや黒子くんと交代させるはずなんだけど、キャプテンも焦りまくりで調子悪そうだしそっちの線もあるかもしれない。

「降旗君!出番よ!」

……えっ、降旗くん!?

監督に名前を呼ばれた本人が一番びっくりしてるのってどうなんだろう。緊張のあまりプルプル震えながらコートに向かっていく降旗くんに向かって河原くんや福田くんと一緒になって声援を送る。全然聞こえてないみたいだけど、まあしょうがないか。初めての公式戦がウィンターカップ準決勝なんて、それもあの笠松さんの相手だなんて監督もきっついことするなぁ。あたしだったら泣いちゃうかもしれない。

これまで何度も誠凛の試合を見てきているけれど、ベンチに座る伊月くんを見るのはこれまであんまり機会がなかった気がする。じっと見つめていると怪訝そうな顔をした伊月くんに「……くれないのか?」と聞かれてハッと我に帰った。そうだ、スポドリあたしが持ってるんじゃなくて渡してあげなきゃだめじゃん。

「ごめんごめん、伊月くんがメンバーチェンジするの珍しくってスポドリ渡すの忘れちゃってた。はいこれ、あと汗拭く用のタオルね」
「サンキュ。オレも自分が交代とは思わなかったけど……今からカントクがやろうとしてることには確かにフリが適任だからな」
「え、その言い方だと伊月くん監督が何しようとしてるか分かってる感じ?」
「まあ、見てたら分かるよ」

伊月くんの言う通りだった。誰がどう見ても緊張でガチガチの降旗くんがいるせいか、焦りすぎてリズムが崩れていた誠凛のペースが戻ってきている。監督がやりたいのってこれだったんだ。お化け屋敷とかでもよくあるよね、自分より怖がってる人がいたらこっちがしっかりしなきゃと思ってあんまり怖くなくなるやつ。確かにこれは降旗くんが適任だと思う。同じポイントガードでも伊月くんが緊張でガチガチのとこって想像もつかないし。

それに降旗くんって絶対危ない橋渡ろうとしないんだよね。めちゃくちゃ堅実にプレイする人って印象。うちって基本的にランアンドガンでガンガン攻めてくのが得意だし、火神くんとか火力重視のスーパープレイばっかりするからつい忘れちゃいがちだけど、バスケって攻めてりゃいいってもんじゃないし。今回みたいにペース変えたいときは降旗くんがうってつけの選手って訳だ。さすが監督!選手のこと分かってるー!

降旗くんの投入で落ち着いて状況が見れるようになったおかげで、ようやく誠凛も点が入るようになってきた。それにしても降旗くん笠松さんのマークきつそう…ガチガチだったのはほぐれてきたみたいだけど、それでも全国でもトップクラスのスピードを持つ笠松さんにはなかなかついていけてないのが現状だ。決して降旗くんが弱いってわけじゃない。じゃないんだけど、笠松さんがそれ以上にプレイヤーとして凄すぎる。さっき見せた降旗くん抜いた後にロールで黒子くんかわしたのとか、もう、敵のはずなのにこっちまで興奮しちゃうめちゃくちゃ上手いプレイだよ……!

「さすがに……限界ね!」

大健闘だったけどこれ以上はさすがに降旗くんには荷が重すぎる。そう思っていたのは監督も同じだったらしい。第一クォーターが終わって、第二クォーターからは元通り伊月くんが出場することになった。ようやく自分たちのペースで試合が出来るようになってきた誠凛の今回の作戦はこうだ。練習試合のときにはまだ戻ってきていなかった木吉くん中心で攻める。めちゃくちゃシンプルで分かりやすい。あたしも海常との練習試合がどんなだったか知らないんだけど、一回戦ったってことはそのときのメンバーがどんなプレイするかって大体は把握されてるんだろうし、それならまだ戦ったことない選手をぶつけてやればいいっていう算段ってわけ。まあ、海常の皆さんも誠凛の試合見にきてくれてたし木吉くんのバイスクローのこととかもちろん知ってるんだろうけど、でも、知ってるのと実際に目の前でやられるのとは全然違うと思うんだよね。

インターバルが終わってコートに向かっていく選手たちを見送る。監督にグッジョブと言われた降旗くんがまだベンチで喜びを噛み締めているのを見て微笑ましく思いながら肩を叩いた。これで出番が終わるとは限らないんだし、第二クォーターはさっきまでより気合いさらに上乗せして応援してあげないと。そう言うとあたしの可愛い可愛い後輩は「はい!」と元気よく笑った。

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