Machine-gun Talk! 107

練習で百度勝とうが、本番で負けたらなんの意味もない。あのとき言った日向キャプテンの言葉は正しい。誠凛と海常が練習試合をやって誠凛が勝ったのはあたしが男バスのマネージャーを始めるよりも前のことだから、その試合がどんなものだったのかは分からないけれど、海常が誠凛に何がなんでも勝ちたいと思ってこの試合に臨んでいることだけは分かる。でも、それはこっちだって同じだ。黄瀬くんに、海常にこのウィンターカップの舞台で勝ちたい。勝って、日本で一番長くバスケットボールをプレイできるチームでありたい。……だって、このメンバーでうちがプレイ出来るのは今しかないんだから。

木吉くんがリバウンドを押し込んだ後、日向キャプテンがとうとう森山さんの変則シュートを捉えた。その後のスクリーンもパスも息が合ってる。さっきまであんなにギャンギャン喧嘩してたのに、試合となると話は別ってことなんだろうか。いつもそうやって息合わせててくれてたら楽なんだけどなぁ。

火神くんがダンクを決めて、第三クォーターは57対63で誠凛がリードする形で終わった。そしてその勢いは最終クォーターに入ってもまだ衰えることを知らない。とうとう誠凛が10点リードするまで点差が開いた。……海常は強いチームだ。だけどやっぱりノリに乗り出した火神くんとを止めるには、黄瀬くんの力がないと厳しい。試合前半で3分使ったことを考えると、黄瀬くんのパーフェクトコピーの残り時間はあと2分。試合後半で必ず黄瀬くんは戻ってくるだろう。それまでに、逃げ切れるくらいの点差をうちはつけておかないといけない。そのために必要な点差はおそらく、

「15点差つければ誠凛の勝ちよ……!」

監督の言葉に胸に抱えたスコアブックに視線を落とす。今の点差は10点。試合時間はまだ8分以上ある。あと5点決めれば、例え黄瀬くんが戻ってきたとしても、パーフェクトコピーを使われたとしても、海常を突き放すことができる。監督はそう言ったけれど、……本当にそうなんだろうか?

コートの向こう側で拳を握りしめて試合の行方を見守っている黄瀬くんに目を向けた。これまで何度も何度もあたしたちを苦しめてきたキセキの世代が、こんなにも呆気なく終わるものだろうか。終わってくれればそれでいい。いいんだけれど、やっぱり胸の奥の方がザワザワする。何かとても大切なことを、あたしたちは見落としてしまっているんじゃないか。でも、それが何なのかが分からない。言いようのない不安感がどうにも消えてくれない。どうかその不安が怖がりなあたしの杞憂に終わりますようにと、神妙な面持ちでコートを眺める黄瀬くんを見つめながらスコアブックを胸に抱え直した。

最終クォーター、試合時間は残り4分。火神くんがまたもやダンクを決めて、点差は15点にまで開いた。……監督の言う通りの展開なら、ここで誠凛が王手をかけたことになる。『海常絶体絶命ーーー!』と言うナレーションの声が体育館に大きく響いた、そのときだった。

黄瀬くんがメンバーチェンジのために上着を脱いだ。まだ4分残ってるのに、まさかもう出るつもり…!?それを受けて「ボクも出ます」と立ち上がった黒子くんの顔を見て監督と顔を見合わせる。黒子くんの切り札のはずのミスディレクションの効果はもうほとんど切れてるし、幻影のシュートだって破られたままだ。点差だって15点にまで開いたんだから、無理して出ることはないと言っても黒子くんは聞く耳を持たずに「だからです」と答える。

「追いつめた「キセキの世代」ほど怖いものはありません」

黒子くんのその言葉に、これまで戦ってきたキセキの世代との試合を思い出す。……そうだ。緑間くんも青峰くんも紫原くんも、誠凛の勝ちが頭によぎるくらいに追いつめたときの土壇場での追い上げが凄まじかった。あの爆発力を、きっと黄瀬くんも同じものを持っている。圧倒的な才能を秘めた彼ら、キセキの世代が恐ろしいのはおそらくこれからだ。

ルールの改定がない限り、外からのシュートで3点、中からのシュートで2点ずつしか決められないバスケットボールというスポーツに一発逆転のどんでん返しは存在しない。15点差をひっくり返すためには、最低でもスリーポイントが5本必要になる。いくらキセキの世代といえど、残り4分で勢いの止まらない誠凛のディフェンスをかいくぐりながら5本連続でシュートを決めるのは至難の業だろう。だけど、コートに出てきたときの黄瀬くんの顔。あれは、覚悟を決めた顔だった。ああいう顔をする選手がいるチームとの試合は、最後まで何が起こるか分からない。15点差がついていたって一瞬たりとも気を抜けない。これまでの誠凛がそうだったように、少しの気の緩みで全てを食われてしまいかねない。……追いつめたキセキの世代っていうのは、それぐらいの脅威になる。そんなの、分かっていたはずだったのに。

黄瀬くんがパーフェクトコピーを使って一気に点差を縮めにかかった。まさか黒子くんのイグナイトパスまでコピー出来るなんて、しかも、もしかしたら残り4分ずっとこのペースを保たせるつもりかもしれないなんて、そんなの、……そんなの、うちが絶体絶命ってことじゃない?

見かねた監督がタイムアウトを取った。今の黄瀬くんを流れに乗せてしまうのはまずい。皆それは分かってる。だけど、試合前半もそうだったように、キセキの世代5人全員分の能力を使える黄瀬くんに一体どうやって太刀打ちできるというんだろう。具体的な解決策が何も浮かんでこない。……うーん。監督の言葉通り、何か手を打たないとマジでヤバい。そんなとき、「あの……」と声を上げたのはやっぱり黒子くんで。

「……あるかもしれません。黄瀬君を止める方法……!」

タイムアウトが終わって、コートへ戻っていく選手の皆を見送る。もし、さっき黒子くんが言ってた作戦が成功したら、黄瀬くんを本当に止められるかもしれない。タイミング合わせるのめちゃくちゃ難しいと思うけど、でも、これまでも誠凛は勝つために無茶ばっかりやってきたんだから今更これくらいどうってことないよね。

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