Machine-gun Talk! 108

正直に言って、あたしたちは黄瀬くんを侮っていたのかもしれない。黒子くんと火神くんと伊月くんの三人がかりでなら、いくら黄瀬くんが脅威的な天才プレイヤーであっても止められると、そう思っていた。だけど「天才」というのは誰にも追いつけない孤高の存在だからこそそう呼ばれるのだと、黒子くんのパススキルを応用して火神くんと伊月くんの間から笠松さんへパスを出した黄瀬くんを見て改めて思い知らされる。ゾーンにも入っていないというのに、なんで圧倒的な強さなんだろう。点差はみるみる一桁にまで縮まってしまった。絶えまない海常コールが海常側のベンチからだけじゃなく、観客席の方からも響いてくる。……まずい。このままじゃ試合の流れを完全に海常に持っていかれてしまう。

試合中盤から感じていた胸騒ぎの正体はこれだ。

今、会場にいる客席のほとんどの人が海常を応援している。ウィンターカップ準決勝ともなれば、ギャラリーは両校の関係者だけじゃなくなるってことはもちろん最初から分かってた。みんながみんな誠凛を応援しているわけなくて、海常の味方の人もいれば、どっちの味方をするでもなくウィンターカップ準決勝だから試合結果が気になって観にきた人も、自分を負かしたチームが一体どうなるのかを見守りたくて観にきたっていう人だっているだろう。アウェーになることだって、当然想定はしていた。ましてや海常は古くからあるバスケの強豪校で、誠凛はまだ創部二年目の新米チームだ。海常の方を応援する人が多かったってなんら不思議じゃない。……そう、ちゃんと分かっていたのに。

負傷で退場したエースの黄瀬くんがいなくても意地で食らいついてきた笠松さんたちに、それに応えるようにしてピンチのときに多少無茶をしてでも戻ってきたエース。試合時間も残り3分を切ったクライマックスで、怒涛の追い上げを見せる海常を応援したくなるのも分かる。海常に勝ってほしい、と願うのも。だけど、ここまでとは思っていなかった。これじゃあまるで誠凛が悪役じゃないか。負けることを望まれている。ミスをすればするほど喜ばれて、点を決めたって誰にも歓声を上げてもらえない。その状況が、アウェーということが、これほどまでにプレイし辛いものだとは思ってもみなかった。

あたしたちはプロじゃなくて高校生だ。まだ身体も心も未完成で、何かあればすぐに崩れてしまいそうな危うさがあって、だけどその危うさが時にどんでん返しや番狂わせを生む。プロではなくまだまだ未完成な高校生同士の戦いだからこそ、甲子園やインターハイは面白いとまで言う人だっている。彼らが言う『面白い展開』っていうのは、今まさにこの状況のことだろう。……だけどそれは、あくまで観客の立場から見た試合だ。ミスをすれば喜ばれ、ファインプレーをすれば溜め息を吐かれて、そんな状況で平常通りのプレーが出来る選手がいるだろうか。

誠凛の調子が崩れ出した。日向キャプテンのエアボールに続いて木吉くんのファンブルまで……!皆明らかにアウェーな状況でのプレーに精神的に崩れてきてる。どうしよう、タイムアウトはさっき取ったばっかりだし、だけどこれは確実に良くない流れだ。どこかで一旦切らないと。おろおろしているうちに、黄瀬くんを止めようとした火神くんが黄瀬くんにぶつかった。このタイミングでのフリースローは辛い……!

「ちょっ、何やってんの火神くん!わざとやったんじゃないってことは分かるけど!怪我したらどうすんの!」
「それじゃいっそう敵役になっちまうよ」

心配するベンチの声に「……ワリ」と謝った火神くんが顔を上げて黄瀬くんに向き直った。

「敵役だろーがなんだろーが知らねーよ。そんなもんがあって負けるのが決まってんのは作り話の中だけだろうが。これは俺達のドラマだ、筋書きはオレ達が決める」

そう言い切った火神くんの目はいつものように力強くメラメラと燃えている。うん、そうだよね。火神くんはそういう人だ。あたしたちは敵役でもなんでもなく、ただのバスケットボールプレイヤーなんだから、この試合で自分がどう動くかは他の誰でもない自分たちで決められるんだ。

黄瀬くんの正面に立つ火神くんの肩を日向キャプテンポンと叩いた。

「火神……クサい!」
「よくそんなクサいこと言えましたね」
「テメーが言うな!!」

チームメイトに囲まれた火神くんがギャーギャーと騒いでいるのが聞こえて来る。あんまり真剣な顔をして言うもんだから真面目に聞いちゃったけど、やっぱり今の台詞クサいよね。俺達のドラマだ!って。主人公っぽくて良いと思うけど。

「おかげで肩の力も抜けた。あと残り3分……楽しんでこーぜ」

さっきまで思い詰めたような顔をしていた日向キャプテンがゆっくりと息を吐いてから言った。さっきまで楽しむ余裕なんて全然ないって顔してたのに、やっといつもの調子に戻ったみたい。タイムアウトで戻ってきたのを見計らってスポーツドリンクを渡しながら「やっといつもの調子に戻ってきたんじゃない?」と言うと「余計な心配してんじゃねえ」と頭を小突かれた。痛い!小突かれたところをさすっているとベンチに座っているメンバーに向かって日向キャプテンの檄が飛ばされる。

「ベンチのオマエら残り3分だからって気抜いてんじゃねえ!ちゃんと応援しろよ!声ちいせえと聞こえねえだろーが!」

ええ、こういうとこは別にいつも通りになんなくて良かったのに……。背筋を伸ばして座り直しながら降旗くんたちと合わせて「はい!」と答える。小声で「アウェーだと元気出ないからベンチからいっぱい応援して、って素直に言えないのかな」と水戸部くんに耳打ちすると監督と話していた日向キャプテンがこっちを向いて引きつった口元で笑ったのが見えた。

「聞こえてんぞ

うっそ、何で聞こえてんのキャプテンの地獄耳!

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