Machine-gun Talk! 112

黒子くんの長く辛く苦しい話が終わった。1年生の春に帝光中学校に入学したときから話が始まったときはえっこれもしかして夜通し話すことになるんじゃ……?と思ったけど、話が進むにつれて時間が経つのも忘れて聞き入ってしまった。

これまでも試合を通してキセキの世代の確執みたいなのに触れて、中学のとき何かあったんだろうなとは思ってたけど想像以上にしんどい話だった。どれだけ努力を重ねても一向に実らなくて、もうバスケ辞めようって黒子くんが決心したところなんて特に。どうしてあたしは黒子くんと高校で出会っちゃったんだろう。中学のときに知り合えてたら、そうやって一人で泣いてるときも抱きしめてあげられたかもしれないのに。そうやって一人でも黒子くんの話を聞いてあげられる人がいたら、彼らがそんな結末を辿ることにはならなかったかもしれない。

キセキの世代の皆が帝光中学を卒業してそれぞれ別の高校へと進んでしまった今となっては結果論でしかないけれど、その時々で彼らを繋ぎとめてあげられる人がもしもいたのなら、もっと別の未来があったんじゃないかと思わずにはいられなくなる。例えば、青峰くんが今みたいな魔王じゃなくて、もっと天真爛漫で真っ直ぐなバスケ馬鹿のままだったりとか。……高校生の、あの「オレに勝てるのはオレだけだ」とか言っちゃう青峰くんとしか会ったことのないあたしにはそんな黒子くんの回想に出てきたみたいなキラキラした青峰くんの姿はどうやったって想像つかないけど。

さっき黒子くんの話を聞いた火神くんは一言「オメーが悪ーんじゃん」って言ってたけど、それは多分、あの子がキセキの世代側の人間だからだ。一緒にバスケやってた皆がどんどん才能を開花させていって自分たちを置いていってしまうのを、黒子くんはどんな気持ちで見てたんだろう。ずっとずっと辛かったんだろうな。そりゃ火神くんが言うみたいに一発ぶん殴って解決することもあるだろうけどさ、解決しないことだってもちろんあるわけで。ましてやそのときのキセキの世代の皆と黒子くんは中学生だ。

全部が自分の思い通りになんてなるはずないけど、それでも、彼らだって自分がやりたい理想のバスケと現実とのギャップに苦しんでいたはずで、噛み合わずにすれ違った末にバラバラになってしまった。だからこそ、そんなキセキの世代の4人を誠凛の皆と力を合わせて自分のバスケで倒していって、バスケへの情熱を思い出させて、そしてやっと赤司くんとの直接対決の機会を掴み取った黒子くんをあたしは先輩として誇りに思う。……思うんだけど、みんなせっかくあたしが良いこと言ってるのに日向くんが「ヤキ入れる」とか言い出したせいでしっちゃかめっちゃかになってて全然話聞いてくれてないよね!誰かちょっとだけでもいいからあたしの話も聞いてよ!独り言言ってる人みたいになってんじゃん!

さん帰りどうする?家まで送ってこうか?カントクは日向と木吉が送ってくみたいだけど」
「うーんどうしよ、黒子くんさっき火神くんと二人で話してたしここで残って待っとこうかな。ありがとコガくんまた明日ね」

やっと騒動が収まったときには随分遅い時間になってしまっていた。明日の試合に備えて先に帰ると言ったコガくんと水戸部くん、伊月くん、つっちーに手を振って、未だ部屋の中にいる黒子くんを玄関のドアの前で待つ。寒い。凍えてしまいそうだ。……早く出てこないかなぁ。

玄関の向こうで話し声が止んで、やっと火神くんの家から出てきた黒子くんは待ち構えていたあたしを見つけると驚いて目を見開きながら「何やってるんですか」と言った。まさかここで残って待たれているとは思ってもみなかったらしい。

「せっかくだから黒子くんと話しながら帰ろうかと思ってさ。待ちくたびれちゃったよ」
「中で待っていればよかったでしょう」
「そうしようかと思ったんだけど、なんか光と影同士で明日の試合のこと話してたみたいだからさぁ。邪魔しちゃ悪いなと思って」
「……火神くんはともかく、ボクはさんのことを邪魔だと思ったことなんてありませんよ」

え!嬉しいこと言ってくれるじゃん!火神くんはともかく、っていうのがちょっと引っかかるけど。そこは「火神くんももちろんそう思ってます」ぐらい言ってよ。それにしても、こんな風に黒子くんの方から言ってくれる日が来るなんて。いつも表情ひとつ変えずに話してくるから分かりにくいけど、黒子くんもかなり心開いてくれるようになったなあ。マネージャーとしてこれまで過ごしてきた時間は無駄じゃなかったっていうわけだ。

黒子くんと肩を並べてがらんとした街を歩く。他愛もない会話をしながら足を進め、そろそろ家に着くかという頃、少し考え込むような仕草をした黒子くんが足を止めた。「忘れ物でもした?」と同じように足を止めて尋ねると、こちらを真っすぐに見つめる黒子くんと視線がかち合う。

「明日の決勝戦が終わったら、さんに聞いてもらいたいことがあるんです」

試合のときと同じくらいに真剣な顔でこちらを見る黒子くんに心臓がどきりとした。な、何で試合でもないのに黒子くんそんな顔してるわけ。皆と騒いだ後の二人きりでの帰り道、薄暗い道路にはあたしと黒子くん以外誰もいなくて、街灯の明かりだけがぼうっとモヤがかかったような光を放っていて、何故か黒子くんはこっちに向かって真面目な表情をしていて。……この展開って、なんか見たことある。青春ドラマのクライマックスとかでよく見るアレじゃん!

「黒子くん」
「はい」
「もしかしてなんだけどさ、……転校するの?」
「はい?……どうしてそういうことになるのか意味が分からないんですが」
「えっだって今確実になんかそういう話する感じの流れだったじゃん!黒子くん真剣な顔して言うからさぁ、てっきりもう明日の試合で黒子くんとバスケ出来るの最後とかそういう話なのかと思って」
「……違いますよ。転校したりしません。そもそもそんな話だったらさっき帝光の話をしたときに皆さんに言ってます」
「それもそうか。じゃあ、何の話したかったの?別に決勝終わってからじゃなくて今教えてくれたってよくない?」
「いえそれは、……明日の試合が終わってからのお楽しみということで」
「やめてよそうやって意味ありげに思わせぶりなこと言うの黒子くんの悪い癖だと思うよ!気になって明日決勝戦なのに寝れなくなっちゃうじゃん!眠たくて試合集中出来なくなったらどうすんの!」
「試合中に寝てたらキャプテンや監督に怒られますよ」
「だから黒子くんが何の話か教えてくれたら怒られずに済むんだってば」

それからしばらく粘ってみたけれど黒子くんは一向に口を割る気配がなくて渋々諦めた。この秘密主義者め。

「着きましたよ、さんの家」

あ、ほんとだ。話しているうちに自分の家の目の前まで辿り着いてしまった。……あっという間だったなぁ。今日のこともだけど、これまでのことも。黒子くんと友達になって、男バスの皆と出会って、マネージャーやらせてもらえるようになって、ウィンターカップの舞台に辿り着くまで、長いようであっという間だった。でも、それも明日で終わりなんだと思うと、またすぐに体育館で会うっていうのに別れるのが名残惜しく感じてしまう。

玄関の扉越しに、道路に立っている黒子くんを振り返った。どうしてだろう、無性に寂しい気がする。黒子くんの過去を聞いてちょっと感傷的な気分になってるからかもしれない。明日の決勝が終わったら、何の話をしてくれるんだろう。真面目な黒子くんのことだし「今までマネージャーやってくれてありがとうございました」とかかな。そんなこと言われたらもう泣きまくる自信がある。想像しただけで泣いちゃう。

ていうかあたしだって黒子くんに言いたいことも聞きたいこともいっぱいあるんだけど。火神くんが一通り言いたいこと言ってその後日向くんが「ヤキ入れる」とかで皆巻き込んで暴れ出して、誰も話聞いてくれなかったから結局黒子くんに帝光時代のこと何も言えなかったし、その後も一段落ついちゃったもんだから改めて話すタイミング見失っちゃって言わずじまいになってしまっただけで、積もるものはたくさんある。とりあえずもう夜も遅いし、明日はいよいよウィンターカップ決勝戦だし、黒子くんをいつまでも引き留めとくのも悪いから今日のところは一言だけにしておいてあげよう。

「帝光時代の話聞いて色々言いたいことも思うところもあったんだけど、それは今から言うと夜が明けちゃいそうだから一つだけにしとくね。黒子くんさ、誠凛でバスケやってて良かったって思う?」

玄関越しに見た黒子くんはあたしの言葉を聞くと少しだけ目を見開いて、そしてさっき日向くんたちと騒いでいたときよりも柔らかい表情を浮かべてしっかりと頷いた。

「……そう思わなかったことなんて、これまでに一度もなかったですよ」
「なら良かった。じゃあ後は日本一になるだけだね」
「はい」

いつも火神くんがしているように、黒子くんに向かって拳を突き出す。ちょっとだけ驚いたような顔をした黒子くんは、ふっと微笑むと控えめに自分の拳を握って合わせてくれた。「明日ちゃんと起きてきてくださいね」と言う黒子くんに向かって「当たり前でしょ」と答える。

じゃあボクはこれで、と引き返していく背中に手を振りながら、もう一度、今日見た黒子くんの笑顔を思い出してみる。……帝光の話を聞いたときは辛くてしんどくて胸が締め付けられるような心地だったけど、ああやってまた黒子くんが笑ってバスケのことを、試合のことを考えられるようになって良かった。そして中学のときは例え一時だけでもバスケをやる意味が分からなくなってしまった黒子くんがそんな風に変わることが出来たのは誠凛の皆のおかげで、そのうちのちょっとはあたしのおかげでもあるんだって、今日ぐらいは自惚れちゃってもバチは当たらないよね。

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