Machine-gun Talk! 115

火神くんのゾーンが解けた。でも、恐れていたような絶好調からの急転直下の絶不調という感じの解け方じゃない。あくまでニュートラル、いつも通りに普段の火神くんに戻ってる。さっすが水戸部くん、フックシュートも決まったし良い仕事してくれるじゃん!

第一クォーターも残り4分。洛山がじわじわと追い上げてきているけれど、それでもまだ誠凛は6点リードしてる。最初のロケットスタートから勢いを殺さずにこれてるし、この流れに乗って第一クォーターで少しでも点を稼いでおきたい。

「このまま第一クォーターふりきるわよ!」監督の声にコガくんが「よっしゃ出番だ、行ってこい!」と黒子くんの背中を叩いた。リストバンドをはめ直した黒子くんがコートに立つ。観客席から聞こえてきた『誠凛のスーパーシックスマン』の言葉にもうすっかり有名選手の仲間入りじゃんと気を良くしていると、コートの中にいた実渕さんが後ろを歩いている黒子くんを自然に避けたのが目に入った。降旗くんも同じことに気付いたらしい。「今…黒子をよけたよな?」と河原くんと福田くんに話しているのが聞こえる。いくら影が薄くてもメンバーチェンジの時には多少注目されるのが当たり前だし、そりゃぶつかりそうになったら避けるのも当たり前なんだけど、なんだろうこの違和感。何かもっと根本的なところで、大事なことを見過ごしてしまっているような……。

モヤモヤを抱えたまま、メンバーチェンジで中断されていた試合が再開された。どうしよう、このこと監督に言いたいけど「なんか分かんないけど黒子くん見てるとモヤモヤする」とだけ伝えても「何言ってんのよ」って相手にされないのは目に見えてるし、だけど黒子くんに違和感を感じてるのはあたしだけじゃなくて降旗くんもみたいだし、降旗くんと何が引っかかってるのか話したいけど座ってる席離れてるからタイムアウトにでもならない限りは話せないし、試合始まっちゃったからボールから目離せないし、ああもうめちゃくちゃもどかしい……!やきもきする!杞憂に終わればいいんだけど!

火神くんのマークが赤司くんから葉山くんに戻った。出た無冠の五将。雑誌で読んだ情報と秀徳との試合での様子から得た情報からすると、ドリブルの速さが売りの選手なんだっけ。自信満々に「5回は抜くよ!」と火神くんに向かって宣言しているのが聞こえる。火神くんの手にボールが渡った。自信満々だっただけあって、葉山くんのディフェンスは堅い。これってあれだよね、火神くんがアメリカで身につけたっていう。なんだっけ、そう、野性だ。火神くんと青峰くん以外にも野性を使える選手いたんだ。これはあたしが読んだ雑誌には書いてなかったぞ。

確かに葉山くんの守りは堅い。あの誰も寄せ付けない圧倒的な火神くんのスピードにも付いていけてる。だけど、そんな葉山くんも、火神くんの後ろから出てきた黒子くんの一瞬の隙を突いたパスには反応できなかったらしい。そして黒子くんからのパスを受け取った日向キャプテンのスリーが、……決まらなかった。残念!実渕さんのブロックに触られていたみたいだ。すかさず攻めの姿勢に変わった葉山くんが目にも留まらぬ速さで火神くんを抜いて洛山の得点が追加される。さすがは無冠の五将、時代が違えば彼らがキセキの世代と呼ばれていたかもしれないと言われることはある。どうにも一筋縄じゃいかないみたいだ。

ドリブルで抜かれたことに悔しそうな顔をしている火神くんに伊月くんが「ドンマイ火神!取り返すぞ!」と声をかけているのが聞こえる。一回抜かれたくらいで落ち込んでもいられないよね、試合はまだ始まったばっかりなんだし。取り返すチャンスはいくらでもある。それよりも、今は黒子くんのことが気がかりだった。

やっぱり黒子くんの様子がおかしい。さっきからもう全然洛山のディフェンスを外せていない。確かに全国でも屈指の強豪校の洛山のディフェンスは堅いし、これまでにも桐皇の今吉さんみたいに黒子くんのパス回しを封じようとしてきた選手はいたけれど、洛山は黒子くんを特別マークしてるわけでもなく淡々とプレーしてるだけなのに、カットが切れていない。明らかにおかしい。それに、さっきの観客から黒子くんに向けられた声援も気になる。そうだ、黒子くんはこれまで幻のシックスマンとして名を馳せてきたのであって、決して目立つ選手じゃなかったはずだ。その彼が、普段から一緒に練習してきてる誠凛の選手たち以外からも認識され始めている。それってやっぱりまずいんじゃないのか。

「カントク!あの……」

監督に声をかけようとした降旗くんとあたしが動いたのはほぼ同時だった。そして、試合が動いたのも、ほぼ同時だった。

黒子くんのパスが実渕さんにスティールされた。黒子くんがスティールしたんじゃなく、スティールされたのだ。「……え?」何が起こったのか分からずに呆気に取られる誠凛ベンチで、「ルーズボール!とって!」誰よりも先に我に帰った監督が同じく呆気に取られている選手に向かって声をかけるも、洛山に点を決められてしまった。

ようやく我に帰った頭で必死に考える。黒子くんのパスが実渕さんに破られた。エンペラーアイを持つ赤司くんにでもなく、特別な目を持つわけでもない実渕さんに、だ。偶然じゃない。ただ、パスを出すのが見えてたから取った。それはつまり、黒子くんの影の薄さもそれを活かしたミスディレクションも洛山の前には通用しないってことで、いや、それどころか、

「お前が中学時代今のスタイルにいきついてから後、僕はパスのバリエーションを増やすことはさせてもシュートやドリブルは身につけさせなかった。……なぜだかわかるかい?」

青い顔をしている黒子くんに赤司くんがコートの中で話かけているのが聞こえる。赤司くんはこの前『黒子くんの力を見出した』って言ってたけど、帝光時代の話を聞く限りでは普通のバスケをやっても一向に芽が出ない黒子くんにその影の薄さを活かしてみるように薦めたのは彼だったはずだ。今のスタイルに黒子くんが行き着くように誘導したとも言える。……じゃあ、赤司くんにはこうなることが分かってて、あえて帝光のときは黒子くんにパスしかさせてこなかったってこと?黒子くんが高校に入ってキセキの世代を倒すために身に付けたバニシングドライブもファントムシュートも、確かに彼の持つ影の薄さとは相容れない派手な技だ。そして、海常との準決勝では黒子くんはブザービーターまで決めた。そんな選手が目立たないはずがないだろう、の言葉にハッとする。

「なまじ光ることを覚えたばかりにお前はもはや影にもなれなくなった」

赤司くんの台詞に体育館中がしんと静まり返る。コートの中で立ち尽くしている黒子くんに、あたしは何の言葉をかけることも出来そうにない。

prev | INDEX | next