Machine-gun Talk! 117

『ウィンターカップ優勝回数最多』『高校最強』という恐ろしい響きとは裏腹に、洛山のプレイスタイルはどこまでも落ち着いたものだった。

「ねえねえ、コガくんってさ、高校からバスケ始めた人だったっけ?」
「そうだよー、中学はテニスやってたんだ。バスケは水戸部がやってて楽しそうだったから始めてみた!ちょうど日向たちが部員探してるところだったし。それがどうかした?」
「桐皇の桃井ちゃんがやってたみたいに相手の情報収集するのもマネージャーの仕事かと思って洛山の選手のことリサーチしてみたんだけど、今日出てる5番の人だけ全然情報なくってさ。名前が黛さんってことと、3年生でポジションがパワーフォワードってことは今日の選手紹介で分かったんだけど、プレイスタイルとかはさっぱり。第一クォーター見た感じだとめちゃくちゃ上手いって感じでもなさそうだし、でも洛山のスタメンってことは只者じゃないんだろうし、気になっちゃってさ。水戸部くん中学のときあの人のこと見たことある?」
「…………」
「『見たことない』だって!」

もう一々突っ込む気も失せてきたんだけど、何で毎回毎回コガくんは水戸部くんの言ってること分かるんだろう。あたしなんてもう9ヶ月近く一緒に部活やってきてるのに未だに何言ってんのか全然分かんないんだけど。

「この天才リサーチャーの腕を持ってしても一切の情報が掴めないとは……これは相応なやり手と見た」
「いつから天才リサーチャーになったんだよ」

向こうのベンチに座る黛さんという選手をじっと見つめながら真剣な顔をしてそう言うと、ハリセンを持った日向キャプテンにスパーンと叩かれた。久しぶりに叩かれたけどやっぱりこれめっちゃ痛い!そんなに全力で振りかぶらなくてもよくない!?

「今絶対3センチぐらい凹んだ……。次測ったとき背縮んでたら日向キャプテンのせいだからね、そうなったら一生恨んでやる」
「言ってろ言ってろ」

はいはい、と手をヒラヒラ振りながら軽くあしらってるキャプテンにハリセンをお見舞いしてやろうと振りかぶるもさらっと避けられた。ちくしょう何て日だ。バスケ選手にとっちゃ身長が1センチでも縮んでしまったら大問題なわけだけど、そこんとこちゃんと分かってるんだろうか。そうこうしてるうちにもう第二クォーター始まっちゃいそうだし、結局あの黛さんって選手のことは何も分かんないままだし。

水戸部くんなら十分戦える相手だって伊月くんは言ってるけど、あの洛山が「バランスがいい」って理由だけで特に得意技もなさそうな選手を使ったりするんだろうか。第二クォーター出る準備してるってことはエンジンかかってきた辺りでエース出してくるための繋ぎの選手ってわけでもなさそうだし、脳ある鷹は未だに爪を隠している……って感じなのかな。それとも誠凛相手には5人全員スーパープレイヤー出さなくても負ける気がしないってこと?もしそう思われてのメンバー編成なんだとしたらめちゃくちゃ嫌なんだけど。いや洛山がどういうつもりで試合に臨んできてるかはあたしには全然分かんないからどれも憶測の域を出ないんだけど、監督はどう思ってるのかなぁ。後で時間あるときに聞いてみよっと。

第二クォーターが始まった。洛山の攻撃は相変わらず淡々としていて、黛さんが何か突拍子もないトンデモ技を繰り出してくる気配もない。……いくら洛山が最強と名高い強豪校だからって警戒しすぎだったかなぁ。そう思って少し警戒心を緩めたときだった。

赤司くんが誰もいないところにパスを出した。そのボールに向かって手を出した根武谷くんの前にはしっかりと木吉くんがマークに付いてる。よし、このボール、誠凛が取れるーーーー!

ほんの一瞬、瞬きほどの出来事だった。木吉くんが触れられる距離に確かにあったはずのボールは一瞬にして消えてしまって、次の瞬間、実渕さんの手に収まったボールがゴールに向かって放られる。綺麗に弧を描いてリングへ吸い込まれたボールの軌道がやけにゆっくりと見えた。

呆気に取られている誠凛ベンチの中で一人立ち上がってコートを見つめている黒子くんの顔を見た瞬間、嫌でも気づいてしまう。あたしたちが今見たのは、偶然なんかじゃなく、洛山によってそうなるように仕向けられたものだってこと。そして、それはあたしたちが一番慣れ親しんでいるはずのあの『魔法のパス』だったってことを。

また赤司くんのあの静かな声がコートから響いてくる。

「黛千尋は新型の幻のシックスマンだ」

警戒していなかったわけじゃない。最強と呼び声高い洛山が、そしてあの赤司くんが、快進撃を続ける誠凛と黒子くんにとってのカウンターとなる『何か』を持ってないはずがないとは思ってた。だけどまさかこんなことになるなんて。これまで何度も窮地を救ってきてくれたはずのあの魔法のパスが、今、あたしたちに向かって牙を剥いていた。

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