Machine-gun Talk! 118

黒子くんが旧型なら黛さんは新型の幻のシックスマンだ、と赤司くんが言った理由が分かった。黒子くんはシュートもドリブルもやらない分パスに特化した選手だったけど、黛さんはパスを出せなくなったらシュートも普通に撃てるのだ。もちろん実渕さんみたいな高い成功率じゃないみたいだけど『パス以外の選択肢がある』ってことだけでも、パスしか出来ない黒子くんとは全く異なるプレイスタイルだ。ミスディレクションだけに限って言えば、黒子くんをマークに付ければ防げるかもしれない。でも、もし黛さんとワンオンワンになってしまえばパス以外はあまり得意ではない黒子くんが圧倒的に分が悪い。ーーーー赤司くんが新型と呼ぶのも頷ける。

第二クォーターの、黒子くんを引っ込めたこのタイミングで黛さんを使ってくるってことは洛山はこのままこっちに反撃の暇を与えさせずに一気に試合終了まで畳み掛けるつもりだろう。点差はみるみるうちに7点差にまで広がってしまった。これまで誠凛と戦ってきた相手の選手達の気持ちが今なら分かる。翻弄されるとはまさにこのことだ。

「……よし!」

手遅れになる前に何としても次の展開のための一手を打つ。例えすぐに効果が出なくても、どれだけしんどくても、勝つためならやれることは全部やる。それが監督の、そして誠凛のポリシーってことは十分に知ってる。……だけどさ、これは、あんまりにもあんまりなんじゃない?

ミスディレクションの使い手には視野の広いホークアイの使い手をぶつける。秀徳戦で高尾くんが黒子くんに対して使ってきた手だ。そして誠凛にはホークアイと同系統のイーグルアイを持つ伊月くんがいる。黒子くん以外に黛さんのパスを封じられるとしたら伊月くんしかいないだろう。そのためには伊月くんが赤司くんのマークから外れる必要があって、そして空いた赤司くんのマークには新しく誰かを当てる必要があって、うちで伊月くん以外にポイントガードやれる人って言えば降旗くんぐらいなんだけど……ダメだ、降旗くんがライオンに捕食される前の小動物にしか見えない。準決勝で笠松さんと一対一でやらせたときにも思ったけど、監督ってば結構笑顔できっついことやらせるよね。

そう感じていたのは洛山の選手も同じだったらしい。わずかに困惑の色を見せた赤司くんと、「テメェらの血は何色だァ!?」と木吉くんに向かって叫んでいる根武谷くんの声が聞こえる。その質問、木吉くんにするのは間違ってると思うんだけど。「血って赤色以外にあるのか?」とか真顔で返してきそうだしさ。

根武谷くんによると赤司くんにこの手の冗談は通じないらしいけど、こっちは冗談じゃなくて大真面目だから大丈夫。降旗くんビビりだし緊張しまくりで弱そうに見えるけど、弱いとは誰も言ってない。何てったってあたしたちと一緒にずっと監督の特製メニューで練習重ねてきてるんだからね!

降旗くんのシュートが決まった。まさか彼がシュートを撃つとは思っていなかったらしい黛さんの、驚いたような顔が目に入る。ーーーーキセキの世代が一堂に会したこの大会、彼らの繰り出すトンデモプレーやスーパープレーにばかり目を奪われがちだけど、バスケにとって大切なのはただのパス、ただのドリブル、そして、ただのシュート。そんな普通のプレーの積み重ねだ。

天才でもなんでもないあたしたちにとっては、普通のプレーを普通にやるために途方もない時間を積み上げていくことだけで精一杯で。だけど、たとえそんな普通のプレーしか出来なくたっても、必殺技なんてなくっても、普通のプレーを試合本番でちゃんとやるために毎日毎日練習することだけしか出来なくても、いや、それしか出来ない自分たちだからこそ、勝利の女神はここぞというときに微笑んでくれるんだと信じたくなってしまう。

洛山がタイムアウトを取った。降旗くんの捨て身のディフェンスが効いている証拠だ。やったじゃん、とハイタッチをしようとした降旗くんが体勢を崩したのを見て慌てて駆け寄る。怪我したわけでもないのに足が震えて立てないってことは、まさかもうスタミナ切れ起こしたってこと……!?

誠凛は出来たばかりの新設校だから選手層が薄くてまだ1年生の火神くんや黒子くんも試合に出ずっぱりだけど、本来ウィンターカップ決勝まで勝ち上がってくるようなーー特に洛山みたいな選手層の厚い学校では1年生が公式戦に出ることはまずないと言っていいほど珍しいことだろう。その中でも唯一1年生でユニフォームを貰って試合に出ている赤司くんは、数多くいる3年生を押し除けてでも試合に出られるぐらいの実力と力量があるってことで、そして、黒子くんの話を聞いた限りじゃ中学から公式戦の空気にも慣れてるはずだ。

片や降旗くんは公式戦に出た経験も少なくて、あの独特の緊張感にもまだ慣れてない。赤司くんという天才プレイヤーと向き合って試合をするってことは、降旗くんにとっても相当なプレッシャーのはずで、思った以上に消耗が激しいのも当然かもしれない。

タイムアウト後には降旗くんの代わりに福田くんが出ることになった。……もう自分の残り少ないスタミナじゃ赤司くんとは戦えないって本人が一番分かってるだろうけど、それでも、降旗くん悔しいだろうな。試合に出られないことはもちろん悔しいけれど、それと同じくらい、試合に出ているのに満足のいくプレーが出来なかったことだって悔しいはずだ。黒子くんの隣で肩を震わせている背中に視線を移す。

……後輩2人がここまでこの試合に想いを込めてるってのに、このまま反撃も何もやらないような2年生たちじゃないことをあたしは知っている。「OFで差をつめろ!」と言った監督に応えるように首を鳴らした日向キャプテンの背中に向かって「がんばれ」と精一杯の念を送った。

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