Machine-gun Talk! 120

決して折れない鉄の心と、決して負けない力を持つ剛の筋肉。真正面からぶつかったときに強いのはどっちなんだろう。これまで何度も木吉くんの「楽しんでこーぜ」に救われてきた身としてはもちろん前者に決まってると胸を張って言いたいところだけれど、今、試合の展開を見た限りでは劣勢なのはどこからどう見ても木吉くんの方だ。木吉くんのブロックをマッスルダンク(要するに全力のダンク)で押し返して点を決めた根武谷くんと、軋むゴールポストを見ながら思う。「筋肉こそが全て」と主張していたのを初めて聞いたときはちょっとバカっぽいなと思っちゃったけど、もしかするとパワーだけなら紫原くんと遜色ないレベルかもしれない。葉山くんも実渕さんも根武谷くんも、それぞれが超一流のプレイヤーだ。彼らに付けられた『無冠の五将』の名前は伊達じゃない。現に点差は15点にまで広がってしまっていた。

黛さんの消えるパスが通ってさらに点差は17点にまで広がった。日向キャプテンは実渕さんのマークを振り切れていないし、木吉くんは根武谷くんのマッスル攻撃に押されて体力の消耗が激しい。伊月くんは赤司くんのエンペラーアイに食らいついていくので精一杯だ。福田くんももう体力の限界みたいだし、勝機があるとするならこれまで何度も奇跡を起こしてきた火神くんと黒子くんの光と影の連携攻撃だと思うけど、影の薄さを失ってしまった黒子くんがコートに戻るのは今のところ何も旨味がないから出来ないし、絶体絶命、万事休す。特に策を講じているわけでもなくただ淡々と自分たちのプレーを続けている洛山に、文字通り誠凛は手も足も出せないでいた。

そして何より洛山には彼がいる。キセキの世代のキャプテン、そして今は洛山高校のキャプテンとして高校バスケ界に君臨する最強のポイントガード、赤司くんだ。黛さんがゴール上へ高く放ったボールに向かって赤司くんが跳んだのを見て目を見開く。まさか、その身長の高さでゴールにまで届くっていうのーー?

唖然とする火神くんの前に、アリウープを決めた赤司くんが振り返って言う。「こんなものやろうと思えばいつでもできる」彼の冷ややかな表情に、もう何度目か分からない寒気が背中を走っていくのを感じた。いつの間にかスコアボードに表示されているスコアは37対62にまで進んでいて、第二クォーター終了時点で25点差。これまでに奇跡を何度も起こしてきた誠凛が、奇跡を信じられなくなる瞬間がもうすぐそこまでやってきていた。

第三クォーターが始まるまでのインターバルの10分間がこれほど長く感じられたことはない。重苦しい沈黙の中で、最初に口を開いたのは日向キャプテンだった。「チャンスは来る……いや!死んでもこじあけるんだ」とロッカーの扉を叩いて檄を飛ばすキャプテンに向かって皆が頷いているのが見える。半分強がりだったとしても、やっぱりこういうときのキャプテンって頼りになるよね。あたしも見習っていかないと。

気合だけで試合結果が覆ることは到底ないけれど、気合を入れなきゃ覆るものも覆らない。心が先に折れた方が負けだ。25点差がついた絶望的と思えるこの状況の中で、今さらどれだけ足掻いたって無駄に見えるかもしれない。でも、何もしないで終わるのだけは嫌だった。

何度も言うけれどバスケットボールに一発逆転のどんでん返しは存在しない。40分間の間に2点か3点のプレイを必死に積み重ねていって、その積み重ねが多かった方のチームが勝つ。実にシンプルなスポーツだ。そこに一切の小細工やひねりは存在しない。必要なときに必要な点を入れるための各々の選手のスキルや戦略はもちろん必要になるけれど、バスケットボールの基本のルールは至ってシンプル。だからこそ油断は出来ない。

より多くの点を決めた方のチームが勝つこのスポーツにおいて、一度流れに乗せてしまうとどんどん点を決めていってあっという間に逆転を許してしまう、そんなプレイヤーは確かに脅威だ。誠凛でいえば日向キャプテンと火神くんがそれに当たる。だから、潰すとしたらそこから。ただ力でねじ伏せるんじゃなく、逆転の可能性がなくなるまで一つずつ可能性の芽を摘み取っていく。洛山の参謀的ポジションを任されているのがあたしだったとしてもそうするだろう。ーーーーそれでも、ここまで計算され尽くした緻密なプレイが高校生に出来るものなのだろうか。

日向キャプテンが4ファウルを食らった。天のシュートを囮にした地のシュートで貰った3つめのファウルだけじゃなく、審判へ抗議したことによる4つめ。5ファウルで退場となるバスケの試合で、4つファウルを貰うことは選手にとっても命取りだ。そのままプレイさせてみすみす退場させるわけにもいかないし、ベンチに下げるしかない。普段の日向キャプテンだったら絶対にこうはならなかった。「勝って日本一になりたい」っていう想いの強さ、ウィンターカップ決勝という大舞台からのプレッシャー、実渕さんのシュートに翻弄され続けたことによるフラストレーション、そういうの全部がキャプテンをああいう行動に走らせたんだろう。あそこにいたのがあたしだったとしても、頭に血が上ってそうなったかもしれない。とても賢い行動とは言えないけれど、誰もキャプテンのことを責めることは出来ない。これがそういう選手の気持ちや性格までも織り込み済みでの戦略だったとするのなら、攻撃の要の日向キャプテンを欠いてしまったあたしたちは、そんな化け物チームに勝てるんだろうか。

誠凛の心の折れる音が聞こえる瞬間が、もうすぐそこまで迫ってきていた。

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