Machine-gun Talk! 122

黒子くんの影の薄さが戻った。いや、戻ったんじゃない。存在感のあるなしはたった3分足らずでどうこうできるものじゃない。黒子くんが目立たなくなったんじゃなくて、黛さんが黒子くんより目立つように仕向けたーーーー黛さんに視線が向かうように上書きしたんだ。いくら黛さんにシュートをバンバン決めさせて視線を誘導したといっても、まだ上書きは途中だし、完成したとしてもそれだけで崩せるほど洛山の守りは甘くない。だけど確実に黒子くんを投入した効果は出ていた。

特に、黒子くんと対をなす誠凛の光ーー火神くんにとってその効果は絶大だったみたいだ。火神くんが再びゾーンに入った。ボールを持った赤司くんから距離を取って、通常の守備範囲よりもやたらと遠くの位置でポジションを取るのを見てぞくりとする。……まさか、あんなところからディフェンス全部届くっていうわけ?

赤司くんが火神くんのディフェンスを警戒して攻めあぐねている。これは、思ってもみなかった事態だ。黒子くんの黛さんへの上書きも完成したし、いよいよ、……いや、とうとう誠凛が反撃の狼煙を上げる瞬間がやってきたんだ。そう思うと居ても立っても居られない気持ちになり、スコアブックを握りしめる手にぎゅっと力を込めた。

スポーツ選手にとって『影に徹する』というのは口にするのは容易くても実行するにはめちゃくちゃ理性がいる。コートの中でボールを持つ限りは自分でシュートを決めたいし、ここぞというときには一番に目立ちたいし、向けられる歓声を一身に浴びるのはいついかなるときだって自分でありたい。誰だって多かれ少なかれそういう願望を持っているはずだ。だけど幻のシックスマンとしてプレイする選手はそれらの願望の一切を捨て去らなきゃいけない。その点において、中学の頃からずっと影としてプレイすることに徹してきた黒子くんは、黛さんよりも幻のシックスマンとしての矜持をーー影であるための覚悟をより強く持っていた。

洛山がタイムアウトを取った。光と影を中心としてまた勢いに乗り始めた誠凛をここでそのままにしておくのはまずいと判断したからだろう。……さすが王者と呼ばれるだけあって、洛山のプレイスタイルはどこまでも慎重だった。アイシングにマッサージにエネルギー補給用の食糧にと慌ただしく駆け回っているベンチ越しに洛山の方へ目を向けると、じっとベンチに座って俯いている黛さんとそれに文句を言っているらしい相手チームの選手たちの姿が目に入って、敵チームの選手だというのにこっちまでやるせない気持ちになってくる。……黒子くんの上書きも完成したし、黛さんもう試合出れなくなっちゃうのかな。切り札のミスディレクションが出来なくなってしまったんじゃ試合出してても使い所がないって思われても仕方ないよね。確か洛山のスタメンの中であの人だけ三年生だった気がするけど、これで引っ込んだんじゃあまりにもやりきれないだろう。……まだ点差は19点もついてるし、相手チームのこと気にしてる場合かって言われたらその通りなんだけど、どうしても気になっちゃうなぁ。

洛山ベンチに気を取られているうちに日向くんと木吉くんが面白いことになっていた。思い詰めた顔をする日向くんに向かって「ダァホ」と木吉くんが言ったのを聞いた瞬間に思わず拍手を送りたくなってしまうのをグッと堪える。そんなあたしの頑張りよそに続けられた「テクニカルで4つ目もらった時は正直引いた」という正直にも程があるコメントに今度は笑いそうになったものの、ここは真面目に聞いておかないと、と気を引き締めて木吉くんの次の言葉を待つ。そうして皆が聞き耳を立てている中で「必ずまた日向のスリーが必要になる。頼むぜキャプテン……!」と締め括られた木吉くんの言葉に、キャプテンと木吉くん以外の2年生全員で顔を見合わせた。

「んじゃま! 楽しんでこーぜ!」

得意げにキャプテンの台詞を奪ったコガくんに「皆すぐキャプテンの台詞パクるじゃん」と言いながら時計に目を向けると、そろそろタイムアウトが終わりそうになっていた。第三クォーターの中盤で19点差。まだまだ油断出来る状況ではないけれど、さっきまでの絶望的な状況が嘘のように前向きな顔をした選手たちを見て気合を入れ直す。木吉くんじゃないけど、こんなのはただのピンチで誠凛のバスケはまだ終わったわけじゃない。ようやく見えてきた希望の光にこっそりと胸を昂らせながら、試合再開を知らせるブザーの音が鳴るのを聞いてコートへと戻っていく皆の背中を見守った。

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