Machine-gun Talk! 123

影の薄さという特性が消えてしまったというのに、洛山は黛さんをベンチへと下がらせなかった。まさかまだ必殺技でも残っているのかとギャラリーにどよめきが広がっていくのが聞こえてくる。……あたしもあんまり詳しくないんだけど、この状況で黛さんにも使える技があるとしたらミスディレクションオーバーフローとかだろうか。でもあれって確か最後の切り札なんだよね、一回使ってしまうとその相手には今後二度とミスディレクション使えなくなるって聞くし、こんな第三クォーター中盤で出していいものなのかな? それかまだ誰にも見せてない本当の切り札を黛さんが隠し持ってて、赤司くんはそれに期待してコートに立たせ続けてるとか……? でもそんな情報は一度も聞いたことがないし、コートの中に立つ赤司くんは顔色一つ変えずに淡々とプレーを続けていて、試合中に追い詰められたときに選手が見せる爆発的な成長に賭けているような風にも見えない。

洛山らしからぬ博打じみた戦術を心の片隅で疑問に思いながら試合を見守っていると、赤司くんのパスが通った。……今の、ボールが消えたみたいに見えたけどもしかして本当にミスディレクションオーバーフロー出来ちゃったってこと!?

「つ、つっちー! 今洛山のボール消えたみたいに見えたんだけどあれってミスディレクションオーバーフローかな!?」と横に座っていたつっちーの肩を叩いて言うと分からないと言いたげな顔で首を横に振られた。やっぱりコートの外からじゃ分かんないよね。黒子くんに今のやつが何なのか聞きたいけど黒子くん今コートにいるから聞けないし、タイムアウトとかで試合止まらないとベンチには戻ってこないし。うーん、と首を捻ってみても何も分からない。

「洛山もオーバーフローやってるのかと思ったんだけど、どうも違うっぽいんだよね。上手く説明出来ないんだけど、黒子くんが桐皇戦のときにやったのとは何かが違うというか……つっちー知ってる? ミスディレクションオーバーフローの仕組み」
「いや、あんまり詳しくは聞いてないな」
「だよね。どうせ黒子くんしか出来ないしと思ってちゃんと聞いたことなかったんだけど、こんなことならどうやってるのかちゃんと聞いとけばよかった」

聞いたところで分かるのかと言われたら微妙なんだけど。ひとしきり首を捻ってみても黛さんが何をしているのかは分からず、その間にも試合はどんどん進んでいった。黒子くんのパスが生きるようになったおかげで洛山のディフェンスの隙を突けるようにもなってきたものの、それは洛山の方も同じで、点を取っては取られての繰り返し、いくら誠凛が点を取っても洛山のオフェンスをーー特に赤司くんのパスを止められないことには誠凛を逆転なんてすることは出来ない。初めは黛さんが何かをしているんだと思っていたけれど、何もせずコートの中に立っているだけの黛さんを見ていると違うんだということに嫌でも気付いてしまう。黛さんはただ火神くんの視界に入る位置に立っているだけで他には何もしていなかった。……黒子くんが上書きしたのを利用して、パスを通すための道具として赤司くんに使われているんだということに気がついたとき、全身からサッと血の気が引いていくのを感じた。

洛山がやりたいことも分かる。そして、こういう戦法を取れるからこそ洛山が高校バスケットボール界の頂点に君臨し続けているということだって分かってる。……だけど一選手としてはどうしても納得出来なかった。こんな使われ方をするぐらいならまだベンチへと引っ込められた方がマシだ。勝つために「試合に出たい」と言う選手を泣く泣く引っ込めたり、調子の悪い選手をレギュラーから外したりと辛い決断を迫られることなんてスポーツの世界ではよくあることだけど、これはいくら何でも非情すぎるんじゃないか。そう思っているのはコートの中の選手たちも同じだったようで、それを一番最初に態度で示したのは伊月くんだった。

ド派手なプレーばっかりする一年生と、無冠の五将が三人もいる洛山と同じコートにいるおかげで目立たないけれど、この試合での伊月くんの成長には目を見張るものがある。点を取る頼みの綱だったキャプテンが4ファウル食らって退場したことと、赤司くんとワンオンワンをやったこと、そして、目の前で洛山のチームメイトからパスを通すための道具として扱われている黛さんの存在に思うところがあったみたいだ。……ああ見えて伊月くんピンチになると燃えるところあるからなぁ。皆焦ってるときでも一人だけやけに冷静なときあるし。いつもならせっかくやる気出てるところに水差すなとキャプテンに怒られそうなダジャレも、今日だけはなんだか頼もしく聞こえる。その調子でガンガンやっちゃって、と目が合った拍子にアイコンタクトを送るとグッと親指を立てられた。……せっかく黒子くんと火神くんが突破口を開いてくれそうなこの試合、先輩のあたしたちがうかうかしてもいられないってもんだよね。

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