Machine-gun Talk! 124

伊月くんの成長に一番驚いているのは実は、ギャラリーでも相手チームでもなくずっと一緒に練習や試合をやってきたチームメイトのあたしたちなのかもしれない。葉山くんのドリブルに反応出来るようになっているだけじゃなくて、とうとうあと一歩であの超高速ドリブルを止められそうなところまで迫っている伊月くんを見て拳を強く握りしめた。隣からつっちーが大きな声で応援している声が聞こえる。

日本一が掛かっているこの試合、何かが起こればいいと願っていた。そして、それがあわよくば洛山に追いつく一手になればと。だけど、その一手を打つのがまさか火神くんや黒子くんや日向くんや木吉くんじゃなく伊月くんになるなんて、この会場にいる誰が予想しただろう。かつてないほどに冷静で、そして、楽しそうな顔をする伊月くんを見て思う。こういう顔をしているときの伊月くんは、多分、世界で一番頼りになる男なはずだ。

第三クォーターが残り三分を切ったところで、点差は60対80。誠凛が20点分遅れをとっている計算になる。火神くんのゾーンや戻ってきた黒子くんのパスがあるとはいえ、体力も徐々に減ってくるこの試合、やっぱり洛山にうちが追いつくには『何か』が欲しい。諦めなければ洛山に追いつける、無冠の五将とだって渡り合えるんだって自信を持ってプレーが出来るような、そんなきっかけとなる何かが。

実渕さんにはコガくん、根武谷くんには木吉くん、葉山くんには変わらず伊月くんがマークに付いている。監督の見立てによると、葉山くんのドリブルはただ勢いよくボールを床に打ち付けているだけじゃなくて、そのドリブルに入る前に身体はもう一歩抜いた体勢に入っていることにポイントがあるらしい。つまりフライングしてスタートしているようなもので、さらに厄介なことに、仮に伊月くんがその動きに気付いて付いていけたとしても葉山くんにはボールを手から離さない限り方向転換や次のドリブルの中止といった選択肢が残されているそうだ。いくら伊月くんがイーグルアイで相手のプレーの先が見えていたとしても、そこからさらに二手三手先を読んでいないとダメだってことだ。それがどれだけ難しいことなのか、考えただけで胃が痛くなってくる。

再びボールを持った葉山くんに対峙する伊月くんを、日向キャプテンや水戸部くん、そしてつっちーと一緒になってベンチで固唾を飲んで見守っていると、とうとう試合が動いた。葉山くんがドリブルの動作に入ったのにヘルプに入ってきたのは黒子くんで、――ああでも、それも仕掛けてくる攻撃を読んでいたらしい葉山くんに躱されてしまう。ダメだやっぱり止められない、と誰もが思ったそのとき、一度葉山くんに抜かれたはずの伊月くんの爪がボールに向かって伸びた。イーグルスピアだ!

「いけー!伊月くんやっちゃえー!」

沸き立つベンチ、だけどやっぱり無冠の五将は一筋縄ではいかなかった。伊月くんの手がボールを掠めるすんでのところで葉山くんがボールを手に持つ。……な、なんて反射神経してるんだろう。信じられない気持ちでコートの中の二人を見ていると、そこに近づいていく影があることに気づく。「葉山の勝ちだ!」と大きく響いた声に、ベンチに座った二年生と顔を見合わせた。そしてにんまりと口角を上げる。

バゴッと大きな音がしてボールが葉山くんの手から弾かれる。そのボールを弾いたのは、何を隠そううちの頼れるエースでもあるゾーンに入った火神くんだ。この試合、とうとう洛山の攻撃を誠凛が止めた。弾かれたボールをキャッチした黒子くんからパスがコガくんに回って、伊月くんに渡って、そして火神くんへと繋がったのが見える。――誠凛念願の、洛山を止めての攻撃がようやく決まった。

「やったー!」
「やったー!やったね水戸部くん!つっちー!監督!日向キャプテン!キャプテンいなくてもちゃんと点取れるんだよ!だからほらいつまでも深刻な顔しない!」
「ちょっ、おまっ……分かった!分かったから全力で背中叩くんじゃねえ! いてーんだよ!」

日向キャプテンの久方ぶりの怒号も、このときばかりは気にならない。思わず立ち上がってガッツポーズをする誠凛ベンチとは対照的に、洛山ベンチは呆気に取られているようだった。

伊月くんの先読みを利用した誠凛の連携プレーに攻撃を止められたことがよっぽど気に障ったのか、葉山くんのプレーにはさっきまでのような余裕がない。危うくスローインで5秒使い切りそうになった挙句、黒子くんのマークが付いている黛さんにパスを出して逆に誠凛に連続得点を決められてしまう有様だ。16点差、まだまだ到底追いつけてはいないけれど、明らかに風向きが変わってきているのが分かる。

そんな浮き足立ってしまいそうな誠凛ベンチ、そしてコート内の雰囲気を一瞬でひっくり返してしまったのは、火神くんのディフェンスを物ともせずに赤司くんが放ったスリーポイントシュートだった。

キャプテンが抜けた穴は想像以上に大きい。火神くんも伊月くんもコガくんもスリーはもちろん撃てるけれど、その決定率はシューターとしての日向キャプテンのものとはまるで違う。一歩間違えれば外れて洛山のボールとなってしまいかねない場面ではそうそう撃てるものじゃないし、さっきまで少し綻びを見せ始めていたとはいえ、あの洛山がみすみす落ち着いてスリーを撃てるような場面を用意してくれるとも思えないからだ。おまけに洛山には赤司くんだけじゃなく、この人――実渕さんだっている。シューターのいない今の誠凛にとってこの二人の攻略は不可欠だった。そして、その赤司くんの攻略は火神くんに、実渕さんの攻略はコガくんにかかっている。

スリーと他のシュートじゃ同じだけの数を決めていったとしてもじわじわと点差が開いていってしまうは誰の目にも明らかで、シュート決定率の高い実渕さんにどれだけスリーを決めさせず、かつその間にどれだけ点を決められるかがこの試合の鍵になってくる。そしてその役目を任せられるのは今、コガくんだけだ。頼んだよコガくん、と祈りを込めながら身体の前でギュッと手を握ると、隣から監督の「未経験者でここまできただけのものは持ってるわ!」という声が聞こえてきた。そうだ、コガくんって確かバスケ部立ち上げようとしたときに「面白そうだから」って言って乗ってきてくれた人なんだったっけ。それが今じゃ高校バスケの日本一を決める試合に出てプレーしてるなんて、これは本当に『何か』持ってるのかもしれないなぁ。

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