Machine-gun Talk! 37

木吉くん対火神くんのスタメンをかけたワンオンワンが始まった。1年のブランクがあるとは到底思えない速さを見せる木吉くんに目が釘付けになったけれど、それでも優勢なのは火神くんだ。木吉くんが一瞬遅れた隙に火神くんがゴールを決めた。木吉くんの負けで、火神くんの勝ちだ。ということはつまり本当にスタメンの座は火神くんのものってことで、え、本当にいいのかそれで。

「何考えてんだよ木吉!」
「いやー強いなアイツ」
「じゃなくて!アンタ外れてどーすんのよ!?」

火神くんが出ていった後、部員皆が一斉に木吉くんに詰め寄った。監督の激しいハリセン攻撃にも一切動じず(この辺の精神力は本当に凄いと思う)、木吉くんは「しょうがねえだろ」と視線を落とす。しょうがないっちゃしょうがないけど、でも、これじゃ納得出来ないって言うか

「実力だじゃねーよ。ボケすぎだ足下見ろ!」

あれ、日向キャプテン何で怒ってんの?

「お前それ上履きじゃねーかダァホ!」
「えええ!?」

上履きってそんな…そんな動きづらいのでさっきまで張り合ってたの!?ボケてたんだろうけど幾らなんでもそりゃないよ木吉くん!

「ったく……、まさかわざと負けたんじゃねーだろーな」
「……いっけね!」
「素かい!!」

うわあああボケてなかった!あの人真剣に上履きで火神くんとワンオンワンしてた!日向キャプテンの鋭い突っ込みに盛大な拍手を送りたい。あたしが憧れていた木吉鉄平という人はこんな感じの人だったんだろうか。違う気がする。いや、でも全然違わない気もする。何を考えてるのか本当に全然分かんない。

それからも木吉くんの謎の企みは続いた。いきなり一年生を全員スタメンにして練習試合に出させてみたり、「わざと負けさせて火神に一人が強いだけじゃ勝てないことを教えるつもりっしょ?」というコガくんの読みに「むしろ何か気づいてほしいとしたら黒子くんの方だよ」なんて意味深なことを言ったり、彼の真意が掴めない。もしかしたら真意なんてないのかも知れない。だけど何となく分かる。木吉くんにはいつもどこかで人の気持ちを汲み取っていて、その誰かの気持ちを後押しするために少し離れた距離を保ちながら見守っているような節があって、そういうところにあたしは憧れたのだ。だからこそ納得いかない。どうせ後押しするのなら自分の両手で押すんじゃなくてマネージャーのあたしにも片手分くらい分けてくれたらいいのに。

それから数日が経って、何か思い悩んでいるような素振りを見せていた黒子くんと、自己中心的なプレイばかりしていた火神くんは仲直り(こう言うと語弊があるかも知れないけれど)していた。男の子の友情っていうか仲間愛ってやっぱり訳が分からない。関係を修復するのに時間がかからなさすぎる。たった数日の内に何があった。あたしの知らないところで一体何がどうなって解決したっていうんだろう。

「さあ黒子くん、火神くんとの間に何があったのか先輩に分かるように説明してみなさい」

珍しくお金に余裕があるからシェイクを飲みに行こう、と誘われたマジバで席に座るなりさんに問い詰められた。あまり答えたくはない質問だったので目の前のシェイクに手を伸ばすとその上に彼女の手が重なってがっちりと固定される。シェイクごとぎゅっと握られる感覚に少し体温が上がりかけたけれど、顔を上げて視界に移ったさんの顔は真剣そのもので。一瞬ボクの頭の中をよぎっていったような類いの他意が込められているとは到底思えない。

さんそんなに力を込められるとシェイクが溢れます」

シェイクを切り札にすると思いの外あっさり手を離してくれた彼女の顔は依然として膨れっ面のままだった。火神くんとボクの間に何があったのかなんて聞かれても、本当に特に何もなかったのだから答えようがない。素直にそう伝えてみても訝しげな目を向けてくるこの人はボクが一体どのような言葉を返すことを期待しているのか。残念ながらさっぱり分からなくてシェイクを啜るとさんと視線がかち合った。

ハンバーガーを片手に持った彼女は「マネージャーを誤魔化そうとしたってそうはいかないんだからね」と言う。いや本当に、誤魔化すつもりなんて微塵もないんですけれど。

「火神くんとは、少し今後に対する決意表明をし合っただけですよ」

嘘は言っていない。そこに至るまでに木吉先輩の助言や日向先輩の叱咤など様々な過程を経たことは事実だけれど、それを彼女にいちいち説明するのは気が引ける。火神くんとボクはお互いに日本一になると誓いあっただけなんですから。

「決意表明ねえ…本当にそれだけ?」
「それだけです」
「そっか。ちなみに何の決意を表明したの?」
「それはさんには言えないですね」

何さ折角尋問しようと思ってシェイク奢ったのに!と言って先輩は両手を机にダンダンと軽く打ち付けた。憤慨される理由がよく分からない。そして元々は友達だったせいか、彼女のことを先輩という観点で見ると何だか変な感じがする。こないだ奢ってくれた分のお金まだ返してなかったから今日は奢ってあげるね!と言ったあのときの彼女の真の目的はこれだったようだ。ボクにはいざというときに奢り返してほしいからシェイクを買ってあげていたつもりは全くなかったんですけれど。お言葉に甘えて購入してもらったシェイクをゆっくり啜った。

残念ながら期待していたような答えは聞き出せなかったと一人嘆きながらシェイクとハンバーガーを消化していく目の前の彼女の姿は見ていて面白い。火神くんなどの直情的な人とはまた違った意味で、この人も感情が豊かだとボクには感じられる。一緒にいて飽きないというか。まあ、「黒子くんもしかして眠たい?」なんて聞かれるあたり、肝心の彼女には微塵も伝わってはいないようですけどね。

「あ、そうだ黒子くんちょっと手出して」

マジバから出て別れる寸前のところで思い出したようにさんがポケットを漁り出した。あなたの携帯電話ならさっき鞄のなかに入れているところを見ましたよ、と言おうとした矢先、紙切れのようなものを引っ張り出して「あった!」と微笑んださんを見て口をつぐんだ。楽しそうな顔をしながら彼女はボクの手にその紙切れを乗せる。

「……これは?」
「いつもあたしに付き合ってくれてるお礼!こっそりスクラッチしてたら当たったの」

期限は来週までだから早めに誰か誘ってね!と言い残してさんは走っていってしまった。パワフルな人だ。カードのようなそれをひっくり返すと「ハンバーガーセット無料券」の文字がそこに。視線を前に戻すと彼女の背中はもうかなり小さくなってしまっていた。マジバに誘いたい誰か……といって、ボクの頭に真っ先に思い浮かんだ人が彼女だなんて本人にはとても言えそうにないですが(言っても笑い飛ばされるに違いないですしね)、また学校からの帰りに寄り道をするのに彼女を誘う都合の良い口実くらいにはなりそうですし、大切に使わせて頂くことにしましょう。

prev | INDEX | next