※連載番外編参照
木吉鉄平とは、あたしの心の恩人であり、憧れの人であり、誠凛バスケ部を創った男であり、鈍いんだか鋭いんだかよく分からない所謂変人でもある。そろそろ部活に復帰するとの話がつい最近あったところだけれど、まさかこんなところで出くわすとは夢にも思わなかった。無言の黒子くん相手に木吉くんはどんどん話を進める。
「バスケってのは万能型選手のスポーツだ。選手一人のプレイの幅は広いほどいい。乱暴な言い方をすればパスを出せるスコアラーが5人いればオッケー」
つまり、あの全部オレが決めてやるぜ!スタイルではなく周りにパスを出せるようになった青峰くんや緑間くんのような選手が5人いればいいって訳だ。我ながら分かりやすい例え。まあ緑間くんも青峰くんも味方にパスを出すようなプレーをするとは到底思えないんだけどね。でも実際そういう実力のあるスコアラーが5人同じチームにいたから「キセキの世代」なんてのが生まれちゃったんだろうな。
「キミほど極端なスペシャリストは見たことがない。あそこまで徹底して一つのことだけ極めたのは驚異的だ」
そりゃそうだ。パス専門のプレイヤーが中学界最強の学校のレギュラーだなんて誰も思わないだろうし、あたしも帝光中出身だって聞いたときはびっくりした。そしてプレーしてるところを見てまたまたびっくりした。こんなパスばっかり極めるやり方がバスケにはあったんだ、と。今となったら懐かしい想い出だけど、あたしにとって黒子くんみたいなプレイヤーとの出会いは中々衝撃的だったのだ。
「そこが限界って、自分で決めつけてねえか?」
もっと自分の可能性を信じてもいーんじゃねーの、と言い残して木吉くんがこっちに向かってくる。その背中に黒子くんが声をかけた。
「あの、アメ……踏んでます」
「あぁあ!?さっき買ったばっかなのに」
……格好いいことばっかり言うくせにやっぱりどこか決まらない人だ。掃除用具入れの陰に隠れながら(今会っちゃうと何だか気まずい)こっそり思った。
それから一週間後、火神くんが戻ってきた。絶対安静の命を受けて療養中ではあったものの、部活に全く顔を出さない火神くんに注意をしようとしたキャプテンがあっさり謝った火神くんに言葉を失っているうちに、もう一度「ウィース」という声が響いた。あ、木吉く……、何でユニフォームなんか着てるの?
「久しぶりだな木吉……」
「オウ!」
「いやなんでユニフォームだよオマエ!?」
「ひさしぶりの練習でテンション上がっちまってよ」
「やる気あんのか?あんのか!」
日向キャプテンのノリ突っ込みが決まった。あれ、木吉くんってあんな感じ…だったんだ。独特っていうか、天然っていうか。無駄にキリッとしながら喋るのがちょっと場のテンションに合っていない気がする。そもそもテンション上がったからユニフォームで練習するってどうなの。気合い入りすぎだろ!
やっぱり木吉くんは普通のTシャツに着替えた。そして着替えた後で気を取り直し、再びあたしたちに向き直る。「久しぶりだな」と微笑まれて内心ガッツポーズをした。覚えててくれてたんだ!一年生相手に木吉くんは自己紹介をしていく。193センチって、改めて数字で聞くと大きいよなあ。「ブランクはあるけどな、でも入院中何もしてなかったわけじゃねえよ」という言葉に部員が期待のこもった瞳で次の言葉を待った。
「花札をな」
何それバスケ関係ねえ!と思ったのはあたしだけじゃなかったらしく、一年生の木吉くんに向けられる目が「誠凛バスケ部を創った凄い人」から「何だこの巨人」に変わっている。仮にも先輩なんだからそんな白けた目で見ちゃダメだよ!あたしも人のこと言えないけど!
怪我から復活して戻ってきた火神くんのプレイスタイルが変化していた。正確には前の入部したての頃に戻ってる、らしい。皆が不思議に思っていると、木吉くんが火神くんに近づいていった。
「勝負してくんねえ?スタメンを賭けて」
えええええそんな馬鹿な。一体どうしちゃったんだ木吉くん。その言葉を聞いてキャプテンがため息を溢した。だから嫌なんだよあいつは!その言葉には刺々しさは感じられない。いつだって全力で、バスケ馬鹿(誠凛の皆も人のこと言えないと思う)で、ボケてて、いつも何か企んでる。木吉鉄平とはそういう人物らしい。木吉くんの考えは読めないけれど、負けたらスタメン落ち、って本当に分かってて言ってるのかなあ。