Machine-gun Talk! 52

泉真館に勝利した誠凛の次の相手は王者秀徳に決まった。合宿の合同練習では一度も勝てなかった相手、そしてキセキの世代の緑間くんを擁しているだけに、死に物狂いで挑んでこられたときの厳しさは本当に半端じゃないものになるはずだ。同じウィンターカップを目指している者同士、いつかは激突しなければいけないと分かってはいたけれどとうとう来てしまった。私生活では仲が良いような悪いような、どっちつかずの学校(あくまで主観)だけどバスケにおいては因縁ともいうべき関係がある。やってきたことを信じて全力でぶつかっていくしかない。

今の高校男子バスケットボール界には黄瀬くん、緑間くん、青峰くん、紫原くん、赤司くん、そして幻のシックスマン黒子くんの『キセキの世代』と呼ばれる天才達がいて、そのもう一つ上の学年に『無冠の五将』と呼ばれた5人の逸材が存在する。時代が違えば彼らがキセキの世代と呼ばれていたかもしれない、キセキの世代と渡り合うことが出来た男子バスケットボールを牽引するスーパープレイヤー達だ。

その無冠の五将に木吉くんが含まれてるって聞いたときは驚いてしまったけれど、今となっては成る程な!と思う。あれだけ上手ければそりゃ賞賛もされまくるよね。やっぱりあたしのバスケプレイヤーを見極める目に狂いはなかった訳だ。そして、この話を聞いた後でお茶セットを忘れてたのに気づいて取りに戻ったのはいいんだけれど、木吉くんが無冠の五将の一人と接触しにいったってことを慌てすぎてすっかり忘れていた。木吉くんを最もバスケットに誠実な男と呼ぶなら彼は最もバスケットに不誠実な男、らしい。気づかない振りをして通りすぎればいいものを、それらしき姿を捉えてついうっかり立ち止まってしまったのがあたしの運の尽き。舐め回すような視線で見下ろしてきながら目の前に立ち塞がる霧崎第一のジャージを着た花宮真というその人は、一言で表すならなんていうかこう……不気味だ。

「木吉の次は誠凛のマネージャーのお出ましとはなァ……アイツの代わりに仕返しでもしにきたのかよ?」

お出まししたつもりは全くないんだけど、花宮は壁に寄りかかりながら相も変わらずにやにやとした視線を向けてきている。こういう風に「ここは通さないぜ」ってオーラ出しながら立ち塞がられちゃうとどうも通り抜けにくいなあ。しかも日向くん達二年生から聞いてる限りでは『外面は良いのに中身はまさしく悪童』っていうイメージだったのに、目の前のこの人は外面もよろしくはなくてただの曲者であるとしか受け止められない。あたしに対する外面はよろしくしなくてもいいと判断したんだろうか。

無冠の五将って呼ばれるくらいなんだから曲者は曲者でもこの上なく厄介な曲者なんだろうけど、あたしは木吉くんの仕返し(仕返しって何のこっちゃよく分からない)なんてしにきた覚えはないし、意図的に会いにきたんじゃなくてたまたま通りがかっただけなんだから、本音を言えば早く退いてほしい。どういう風に返事をしたらいいのか分からなくて黙っていると「チッ」花宮が苛々したように舌打ちを繰り出した。状況が分からないまま足止めをくらって舌打ちしたいのはこっちだというのに。

「今は大人しいけどお前、マシンガンとかいうあだ名の誠凛のふざけたマネージャーだろ?人が質問してんだからさっさと答えろよ」

どうやら彼の態度には『質問してるんだから早く答えろ』とのメッセージが込められていたらしい。そんな分かりにくいメッセージ読み取れる訳ねーよ!と言いたい気持ちをぐっと堪えて無視を決め込む。噂にしか聞いてなかったし実際こうして会って話したのもほんの少しの間だけだけど、あんまり関わらない方がいい人種だと本能が叫んでいる…ような気がする。本当に一刻も早くそこから退いてほしい。このまま黙って通り抜けるって手も勿論ありだけれど、独断と偏見から築き上げられたあたしの中での花宮像から判断するにわざと足を引っ掛けられて転ばされたりされかねない。なんてったって異名が『悪童』なんだしそれくらいのことはやってもおかしくないだろうしね。そんでもって誠凛の(ふざけた)マネージャーはともかく、あたしのこと『マシンガン』なんてふざけたあだ名で呼んでるの誰だよ全然嬉しくないんだけど。

「……チッ」

また舌打ちされたー!あたしまだ何も言ってないのに!

「お前の学校全員イイコちゃんばっかりで苛々しちまうんだけどなァ……お前もそういうあいつらの仲間な訳か」

心なしか花宮の顔により凄味が増した気がするんだけど何であたしコートの中でもないのにギスギスした雰囲気纏いながら睨まれてるの。機嫌が悪い故の八つ当たりなら勘弁してほしい。あと自分のチームを悪く言われるのも不快だ。

「誠凛の悪口なら受け付けないよ。あと特に用がないなら早く退いて」

言ってやった。言ってやったぞ。てっきりもっと機嫌を悪くするかと思った花宮が口角を挙げて笑ってたもんだから、少し面食らってしまって通り抜けようとした足が止まる。これがあたしの二度目の運が尽きた瞬間だった。一歩前に踏み出してきた花宮に身構えると、持っていたお茶セットを奪われて持ち上げられた。取り返そうと手を伸ばすと更に口を歪めて高いところにまで持ち上げられる。

「返してよ」
「やだね」

ぺろっ☆ってやっても全然可愛くないから!あたしの苛々と花宮に対する不信感を刺激して増幅させちゃうだけだからね!お茶セットないとあたしの仕事が成り立たなくなるんだから早く降ろせ!そして恭しく渡せよ!あたしに!

「……………」

あたしがお茶セットを奪い返そうと奮闘する様子を冷ややかに見つめていた花宮が急に真顔になったもんだから、またもや面食らってしまう。不機嫌さを露にしていたときの顔は勿論おっかなかったけれど、無表情になられるのもまた別の意味で怖い。何考えてるのか、次にどういうことをしてくるのかが全然分かんない。

「……あいつらもお前の相手なんかさせられて可哀想だよなァ」
「は?」
「何だ、まだ気付いてねーのかよ?」

気付くって何をだ。手を下ろした花宮からお茶セットを強引に奪い取る。無冠の五将っていうくらいなんだからプレーにおいては凄いんだろうけど、コートの外でこの男と話していても時間の無駄だ。さっさと立ち去ってしまおう。

「お前みたいな足手まといのマネージャー抱えて誠凛も大変だなって言ってんだけど」

ここまではっきり言ったらイイコちゃんのお前にだって分かるだろ?肩を捕まれてとびっきりの笑顔で言われ、理解するのに少し時間がかかってしまった。足手まとい……。馬鹿にされてるんだと思い至った瞬間、お茶セットを抱える腕に力がこもる。目ざとく気付いた花宮は目を細めてそれはそれは愉快そうに笑った。邪悪。その一言がしっくりハマる顔だ。

「図星だからって逆ギレは良くないよなァ、マネージャーさん?もっとも、お前が暴力でも振るって誠凛が自滅してくれりゃオレ達にとっては万々歳な訳だが……」
「!」
「……どうする?」

落ち着け、ここで怒りに任せて鉄拳制裁を加えようものなら暴力沙汰に発展して相手の思う壷だ。出来るだけ、出来るだけ冷静に。目の前にいるのは野菜だと思ってこの男の言う言葉なんて聞き流してしまえばいい。

「お荷物だって指摘されて悔しいならせいぜいそのよく喋る口で仲間の応援でも頑張ってやれよ。お前がどう頑張ったところで誠凛は負けるだろうけどな」

駄目だ聞き流せない。野菜じゃないわ。むしろ毒草だわこの男。ふっと表情を一転させて「じゃ、頑張ってよ!応援してるんだからさ!」とさっきまでとは違う爽やかなトーンで言い放った花宮の背中に向かって思いっきり視線をぶつける。

「言われなくても勝手に応援するし誠凛はあんたみたいな輩には絶対負けないから!」

振り向いて鼻で笑ったような仕草をする花宮に既にかつてないほど蓄積されていた苛々が更に増幅されるのをしっかり感じた。何あいつ本当に信じらんない!次に試合で会ったときにはギャフンと言わせてやる!

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