Machine-gun Talk! 66

「木吉くん!」

控室に戻ろうとする背中を後ろから呼びとめた。本当はタックルでもかましてやりたいくらいなんだけど、膝痛めてる選手に対して冗談でもそんなことしたらマネージャー失格だからね!やんないけど!もうちょっと自分を大事にしてほしいとか、黒子くんが言ってたみたいに守るって言われたとき嬉しかったとか、勝てて本当に良かったとか、膝の怪我大丈夫?とか、言いたいことは山ほどあるんだ。さてさてどれから言ってさしあげようか。でも、いざ本人を目の前にすると喉元まで出かかった言葉はどれも吐き出せなくて。

「このバスケ馬鹿が!」

お前にはいつ日向キャプテンが乗り移ったんだ、と言われてもおかしくないような勢いで暴言を吐いてスポーツドリンクを半ば投げつけるようにして渡すしか出来なかった。「馬鹿……!?」と驚いた顔をする木吉くんには一切構わずそのまま畳みかけるようにしてたくさんの言葉を並べていく。

「皆を守るために戻ってきたって言われたとき本当に嬉しかったけど、でも、木吉くんは自己犠牲がすぎるんだよ!傷つけられそうになったら守ってあげたいって思ってるのは皆一緒だからね!守るんだって言いながら自分が痛めつけられたら意味ないじゃんか!本当に誠凛のこと思ってるなら金輪際あんな危ない真似しないでほしいよ!」
「…………」

ちょっときつく言いすぎただろうか。いやでも、この場合あたしは怒ったっていいはずだ。あたしと監督がどんな想いで集中攻撃を受ける木吉くんを見ていたのか、この人は本当に分かってるんだろうか。俯いてしばらく無言だった木吉くんは「心配かけてごめんな」と言って、しゃがんであたしの高さくらいまで目線を合わせてきた。未だに言い足りないこともいっぱいあるのに、感情を露わにしてるあたしとは対照的な落ち着き払った態度の木吉くんと目が合うと急に虚しくなって何も言えなくなってしまった。もしかしたら、あたしが何を言ってもこの人には届かないんじゃないか、なんていう気持ちをかき消すように言葉を探す。

「ごめんで済んだら警察はいらないんだよ」
「うん」
「今度こんな無茶な真似しようとしたら殴ってでも止めてやるから」
「うん」
「あたし今めちゃくちゃ怒ってるんだからね」
「うん」
「本当にあたしの言ってること分かってくれてる?」
「分かってるよ」
「……何で誠凛には皆こぞってバスケ馬鹿しかいないのかな」
「はは、酷い言い草だな。だってその馬鹿のうちの一人なんだからお互い様だろ?」

こう言われてしまってはぐうの音も出ない。こうやってわざわざ目線を合わせるようにしてくれるのは子ども扱いされてるみたいでちょっと嫌なんだけど、まっすぐ視線を向けてくる木吉くんにそんなこと言えるはずもなく。

、手貸して」
「……嫌だ」

持っていた荷物を取るついでに右手に控え目に木吉くんの拳がぶつけられた。嫌だって言ったのに。泣きそうになるのをぐっと堪えて「おめでとう」と言った。やっと言えた。余計なことばかりべらべら喋って肝心なことは後回しにして結局はタイミングを見失ってしまうのはあたしの悪い癖だ。木吉くん相手だとそういうことまで全部見透かされてるような気がしてちょっと気まずい。だけどやっぱり試合のときみたいな攻撃的な顔をやめて穏やかに笑ってくれるとホッとして、鋭いような鈍いような、よく分からない木吉くんにあたしは憧れずにいられないのだ。とは言っても今度また今回の試合みたいな自己犠牲に走ろうもんなら思い切りチョップしてやるつもりだけどね。

木吉くんは「またやろーな」なんて言って笑っていたけれど、やっぱりあたしはそう簡単に割り切れそうもなくて。飲み物を買いに行く途中で見かけたジャージ姿の霧崎第一の中に花宮の姿を見かけて、最後に何か言ってやろうと思って近づいて行く。こういうときに発揮される謎の行動力には我ながら呆れるもんだ。ただじゃ済まないって分かってるならやめとけばいいのに。

「花宮!」
「あ?」

名前呼んだだけなのに思いっきり睨まれた。いや、でも、怯むもんか。そうは思ってもこうやって試合じゃないときに機嫌悪い花宮を目の前にすると若干…怖いものがある。やっぱり関わらない方がよかったかも。邪悪だよ悪童だよ一瞬でも謎の正義感を発揮させてしまったあたしが馬鹿だった。「いや、やっぱり何でもないごめん気にしないで」関わらない方が得策だと思いなおして踵を返そうとするとそれよりも先に花宮に首根っこを掴まれてそのまま後ろに引っ張られた。

「待てよ」

待ちません!絶対待ちませんさようなら!!

「おい、花宮……」
「先に行ってろ」
「いや、ちょ、待って!先行かないで見捨てないで!助けてー!誰でもいいからとりあえず早く!助けてください!痛い!首!首絞まる!花宮あんた力強いってば!」
「知らねえよ」

汚い手を使うとはいえ、ある程度バスケで鍛えているはずの同い年の男子の力に敵うはずもなく。押し込められた先は霧崎第一の控室だった。何これ。やばいんじゃね。今世紀最大の大ピンチなんじゃね。至近距離で見下ろしてくる花宮に背筋を冷や汗が伝う。

「顔上げろよ」
「やだ」
「…………」

無言でさらに近づいてきた花宮はあたしの顎に手をかけて無理やり上を向かせた。こ、こういう展開少女漫画で見たことある……!

「ちょ、花宮、」
「……キスしようとしてるんだから目くらい閉じろ」
「はあ!?」

本当に、大ピンチもいいところである。

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