Machine-gun Talk! 67

顔を近づけるのをぴたりと止めた花宮はこれまた意地の悪そうな顔をして笑った。

「……お前みたいな奴にキスなんかする訳ねーだろバァカ」

べっと舌を出されたあと、傍にあったスポーツドリンクのペットボトルの蓋を開けて傾ける花宮を見つめていると避ける暇もなく上からどばどば水が落ちてきた。呆れて言葉も出ない。くつくつ楽しそうに笑う顔を見て、こんな男のために割いたあたしの時間を返してくれと言いたくなる。最悪だ。こんな奴に誠凛が傷つけられたなんて、

「待たんかいこの外道がああああ!」

ニヒルな笑いを浮かべてそのまま去ろうとする花宮のシャツを思いっきり引っ張って引き止める。「何すんだよ」それはこっちの台詞だこの野郎。やっぱりこいつ初対面のときにガツンと殴っておくべきだったかもしんない!言いたいことは山ほどあるけど……とりあえず、

「シャワー貸して」
「あ?」
「あんたに水ぶっかけられたせいでジャージは濡れるわ、上半身べとべとだわで気持ち悪いんだけど」
「気持ち悪いのは元からだろ」
「違うわ!」

脛を蹴飛ばしてやろうとするも避けられて空振り。したり顔の花宮に苛々が増幅されるけれど、それよりも、寒くなってきた。いつまでも濡れてるジャージ着とく訳にもいかないし、ここは一刻も早く花宮を屈服させなければ。

かくなる上は最終兵器の出番だ。

「花宮、この携帯の液晶画面をごらん!ていうか見ろ!」
「あ?」
「いいから早く!」

ずいっと顔の前に携帯を出して見せつけると花宮は渋々と画面を覗き込んだ。そして固まる。液晶に映し出されたアドレス帳には『今吉翔一』の文字。

「お前……それどこで」
「それはちょっと言えないなー。ま、何ならこの場で今吉さんに電話かけて花宮の悪行の数々を摘発してあげてもいいんだけど…どうする?証拠としての濡れたジャージはばっちり手元に残ってるし?あんたの素行も合わせたら抜群の説得力があるだろうね」

これ見よがしに携帯を左右に振ってみせると忌々しそうに花宮の顔が歪んだ。そんな顔をされる筋合いは全くないはずなんだけどな。あたしは誠凛が花宮にされたことのほんの一部をやり返してやってるだけなんだから。自業自得という言葉がぴったり似合う。

「オレがその程度のやっすい挑発に乗るとでも、」
「じゃあ今吉さんに『花宮に襲われかけました。あいつのこと絞めてやってください』って連絡しちゃうけどいいの?」
「は!?」

花宮の顔が目に見えてサアッと青ざめていくのが分かる。観念してこの場であたしの条件を飲むか、断って今吉さんに絞められるのか。果たしてどちらが自分にとっての得策なのか、頭の良い彼なら分かるだろう。しばらくジッとあたしの顔と携帯を交互に睨んでいた花宮はふうっと深いため息をついて、「分かった」と言った。

「シャワー貸すだけだからな。5分で出てこなかったら電気消す」
「何その地味に悪質な嫌がらせ!……あ、あと着替え持ってないからジャージも貸してほしいかな。汗臭くないのでよろしく」
「…………」
「そんな顔して睨んでも無駄です。あたしには効きません」
「……チッ。木吉みたいなお人好しかと思えば大概お前も性格悪いな」
「その性格悪い女に今吉さんに言われて困るようなことしたのはどこの誰だったかなー?」
「……クリーニングとかいらねェから新しいやつ買って返せよ」

バサッとジャージ(練習の予備用とお見受けする)を投げられたあと、シャワー室に押し込まれた。もしかしてジャージとシャワー貸したら逃げるつもりなんじゃないかと思って振り返ると、外にはちゃんと一人分の影が伸びていて。

「分かればいいんだよまこっちゃん。せいぜい今吉さんに絞められなくて済むことをあたしに感謝するべきだね!」
「気色悪い名前で呼ぶんじゃねえよブス。さっさとシャワー浴びてそのまま消えろ」

暴言を吐かれてることはこの際気にしないことにしよう。あたしは木吉くんみたいに花宮に対して「またやろう」なんて言えないし、そこまで好い人にもなれそうにない。最後に見せたティアドロップが凄かったことも花宮の実力も認めるけれど、やっぱり好きじゃないものを無理やり好きにはなれないから花宮と仲良くするつもりもない。いつまで経っても霧崎第一のプレイスタイルは気に食わないし、それでチームの皆が傷つけられるのはまっぴら御免。もしもラフプレーをやめて、誠凛に対しての今までのことを謝られたとしても許せる自信がない。だけど、木吉くんみたいなバスケに誠実な人に多少なりとも救われてるのは彼もあたしもきっと一緒だろうから。その救われる部分がほんの少しだけでもいい。「バスケを好きな奴に悪い人はいない」っていう常套句を無性に信じたくなってしまった。

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