Machine-gun Talk! 68

練習中に体勢を崩して派手に転んだ挙句、右の足首を捻ってしまった。全治2週間。まあ予想はしていたけれど監督とキャプテンにめちゃくちゃ怒られた。

「温泉行こうって話してたのにもう忘れたの!?」
「忘れてない……」
「泣くふりしたって無駄よ!」

泣くふりしたんじゃなくてマジで涙が出たんですよ。温泉…行きたかったなあ…温泉か…ああ…。今まで大きな怪我もしたことがなく、健康体そのものだったから気づかなかった。バスケが出来ないって緊急事態じゃないか。練習中に特にやることもなくて指の上でボールを回して遊んでたら「先輩ボールそっち行ったぞ……、です」火神くん特有の変な敬語が聞こえた。適当に返事をして右足になるべく体重をかけないようにしながら3メートル先あたりに転がるボールに向かって進んでいく。部員数が少ないとこういうボール拾いとかが大変なんだよなあ。ボールを投げて寄越すと火神くんは「サンキューです」と早口で言って、すぐにまた練習に戻っていってしまった。……もうちょっと暇してる先輩とお話してくれてもいいもんなのにねえ。つまらん。浅く息を吐いて振り向くと黒子くんが無言で立っていた。びっ…くりしたー。びっくりしすぎて心臓止まるかと思った。

「靴紐が解けてますよ」

あ、靴紐……本当だ解けてるや。全然動いたりしないからいつもより適当に結んじゃってたのかな。しゃがんで結び直そうとするよりも先に黒子くんの手がそれを制した。何なんだ一体。

「ボクが結んであげましょうか」

ボクが結んであげましょうか……?いやいやいいよ自分でやれるから!そう言葉を発する前に近くにあった椅子に座らされた。解けていた靴紐を黒子くんの手がせっせと結んでいく。これは本当にどういう状況なんだろう。今までこんなお嬢様みたいな扱い(自分でもどういう風に表現していいか分かんない)されたことないのに。いや、されたことあったらそれはそれでびっくりなんだけどさ。

「出来ました」
「…………ありがとう」

普段あたしが結んでるのよりも綺麗に結んでくれてるってどうなのよ。マネージャーとしての立場も先輩としての威厳も形無しじゃないか。威厳なんて元からあってなかったようなものなんだけどさ。そこは先輩を気取っていたいあたしの気持ちを汲み取ってくれたっていいんじゃないのかな!黒子くんのことだから汲み取った上での行動っていう可能性も十分考えられるけどね!

「黒子くん」
「はい」
「何で今日そんなに優しいの?」

思えば黒子くんはいつだって紳士的で誠凛バスケ部の中でも特に優しく接してくれていたのだけれど。今日のこれは、さすがに優しすぎるんじゃないかと思った。こんなむず痒くなるような優しさをすまし顔で受け取れるほど、あたしは出来た女の子じゃない。恥ずかしくなってしまう。耐えられない。そんな下から見上げないでくれ。これじゃどっちが年上なんだか分からなくなる。

「ボクは貴女に対してはいつも優しいでしょう?」

そう言って笑う顔が綺麗すぎて見惚れた。いや、見惚れたっていうのとは違くて……。もう嫌だこの子早く向こう行ってほしい。ウィンターカップに向けて練習しなくちゃいけないし、こんなところで勝手に怪我したやつの相手なんかして油売ってる場合じゃないでしょうに。いつもの黒子くんの敬語口調すらむず痒く感じてしまう。バスケ出来なさすぎてストレスたまったりしてるのかな。ああダメだ。身体動かしてないせいで余計なことばっかり考えついてしまう。ぼーっとしすぎて椅子から立ちあがるときについ怪我した足の方に体重をかけてしまって声を上げると「うるせえ!」日向キャプテンの怒号が飛んできた。そうなんだよなあ。いつもは怒られたり笑われたりからかわれたりされてばっかりなのにいきなりあんな優しいの通り過ぎて執事の真似ごとみたいなのされてもなあ。困っちゃうよね。気を取り直してボール拾いに集中しようと髪をかき上げた後ろで、黒子くんが同じように自分の髪を触りながら何かを考えていたなんて知る由もなかった。

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