Machine-gun Talk! 79

黒子くんのさっぱりしたところが結構好きだ。いつも一緒にいたり遊んだりしているわけじゃない(むしろマネージャーもするようになってからは部活以外ではほとんど会わない)けれど、マジバに誘えば来てくれるし、話を聞いてくれと言えば聞いてくれるし、近すぎず遠すぎず丁度いい距離を常に保ってくれるから隣にいて楽だったりする。

ところがどうだ。今の黒子くんは、普段のあのさっぱりした姿とはかけ離れているように思える。まず第一に、距離が近い。ものすごく近い。

「あの、黒子くん……?」
「何でしょうか」
「もうちょっと離れても、い、いいんじゃない、かな」
「…………」

桐皇戦が終わった後の更衣室。「もうちょっとだけそっとしといてあげましょ」という監督の言葉に従って床に転がっている選手を踏まないように後片付けに追われたり試合見に来てくれた人たちにお礼を言いにいったり話に行ったりバタバタしているうちに、部屋に残っているのはあたしと黒子くんだけになってしまっていた。さっきまで全員疲れて眠りこけてたのにほってくなんて……酷くないか。

「いつからいたの!?」
「最初からです」
「意図的に気配消すのやめてよびっくりするから!声かけてくれたらよかったのに!」
「意図的じゃないんですけど……忙しそうだったので」

なんてお馴染みのやりとりをしたりして、まぁ、いつも通りの試合後の時間を過ごしていたはずだった。しかし、問題はそこじゃない。如何せん黒子くんが近いのだ。思い過ごしじゃない…はず。だって、少しでも動いたら肩が触れてしまいそうなんだもの。普段は向かい合って座ってるのに何で今日は隣に座るんだろう。…しかも特に何をするわけでもなく……。もうとっくに帰る準備は出来ているはずなのに「帰ろう」と言い出しづらいのは、黒子くんの顔が何か言いたそうにしているからなのかもしれない。とりあえずこの空間で無言なのはキツすぎるんだけど何か喋ってくれないかなぁ。

「黒子くん」
「…………」
「黒子テツヤくん」

呼びかけてみた。しかし何も答えない。一体全体なんだっていうんだ。

「ね、……何か喋ってよ」
「喋るのは先輩の専売特許でしょう」
「特許とったつもりはないんだけど」

あ、ちょっと笑った。かわいいな。だけど依然として距離は近いまま。……これ、帰ったらダメなのかなぁ。

「黒子くん、そろそろ帰」
先輩」

遮られた。立ち上がろうとした手を掴まれて、そのまま引っ張られる。しゃがみ込む私を壁へ追いやるようにして、黒子くんが目の前にいた。控えめに瞬きをする睫毛までばっちり見える。え、え、何これ黒子くん君どうしちゃったの。

「先輩」
「あ、え、はい」

思わず敬語になってしまった。

「……試合のときに言っていたこと、今してもらってもいいですか」
「ん?」
「後でタオルと先輩の胸貸してあげるね、……というやつです」
「…………え」
「その顔は……忘れていたんですか」
「忘れてた……いや、覚えてる。ちゃんと覚えてるよ。ていうか、えっ!?なに、聞いてたの!?聞いてたなら返事してよ!はい、しか言わなかったからてっきり聞き流してくれてると思ってあんな格好つけたこと言っちゃったじゃんやだもう恥ずかしい!」
「聞き流していいと言ったのは貴女ですよ」

そうだけど!うん、そりゃそうなんだけども!……結局聞き流してなかったってことじゃんか。ばっちり聞いてたんじゃん。

「あー、えと、その、元気になってよかった、ね……?タオルいる?」
「いりません」
「じゃあ何をしろと!」
「何もしなくていいです」

何もしなくていいですって言われたって……。距離は近いまま、いや、むしろ最初よりも近づいている気がする。名前を呼ばれて、黒子くんが横に移動してきた。嫌でも目線が合ってしまうことはなくなったけど、相変わらず近い。手が触れそうなくらい近い。「少しだけ失礼します」と言われて、……あーだめだ隣り見れない。あたしが後で胸貸すよって言ったのはあれだ、後であたしと一緒のときなら思う存分泣いちゃってもいいよってことで、何も物理的に貸すって言った訳じゃなくて、そもそも貸せるもんじゃないし、言い訳っていうか弁解っていうか、説明しようにもすぐ隣りに顔があるから前向いて喋るしかないし、そんでもってこれは、肩を貸していることになるのか……黒子くんがもたれかかってきていると言えばいいんだろうか。鼻をすすったり声を上げているわけではないけれど、体が少しだけ熱い。

「黒子くんやー、……もしかして泣いてるのかな」
「泣いてません」
「んーまぁそういうことにしておいてあげよう」
「先輩、いえ、……さん」
「そんないっぱい呼ばなくても分かってるよ」
「……ありがとうございました」
「うん。……よく頑張ったね」

頭を撫でようにも動けないから出来なくて少しだけもやもやした。ようやく立ち上がって「帰りましょうか」と言った黒子くんの顔はしばらく見れそうにないと思っていたけれど、「さん」もう一回名前を呼ばれて目を合わせてみると、思ったよりも普段通りの黒子くんがそこにいた。目元もそんなに赤くなってないし、ひょっとしたら本当に泣いてなかったのかもしれない。あんなに近い近いと言っていた距離も今はもう付かず離れずに戻っている。うん、やっぱりこっちの方が心地いいや。

半歩先を歩いていた黒子くんが「先輩たちはどこにいっらっしゃるんでしょうか」と言って振り返った。「入り口の方にいると思うよ」上擦りそうになる声を抑える。よもや肩を貸すんじゃなくて抱きしめられるかと思ったなんて口が裂けても言えない。

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