Machine-gun Talk! 81

下着姿で火神くんの唇を風のように奪っていった金髪美女はアレクサンドラさんというらしい。話しかけたそうにしていたコガくんに名前を耳打ちしてあげると「えっさん英語分かんの?」なんて言ってびっくりされたからこっちもびっくりして目を見開いた。「いや喋るの早すぎて全然分かんないけど。さすがに名乗ってんなーぐらいは分かるじゃん」「……ふーん」何でジト目で睨まれてんのか分かんないんだけど。遺憾の意を感じる。

そのままコガくんがおろおろしてるうちにアレクサンドラさんがあたしたちにも分かるように日本語に切り替えてくれたもんだからコガくんの背中をちょっとだけ小突いてやった。ぺらぺらと流暢な日本語で話すアレックスさん(あだ名がアレックスらしい)は気さくでさっぱりしていて感じのいい人だ。こんな人にお世話になったなんて火神くん羨ましいな。……と、思ったらアレックスさんに近寄った監督が思いっきりキスされた。隣りのコガくんと一緒になって後ずさる。え、ちょ、な、なに……

「遅かった……」と呆れた声を出す火神くんの後ろに回って肩を叩く。遅かったじゃないでしょ!監督固まっちゃってるじゃん!

「誰かれ構わずそーゆーことすんなよ!」
「何言ってんだ私がすんのは女子供だけだ!」
「ポリシー聞いてねぇよ!」

目くじらを立てる火神くんにも怯まずにアレックスさんは飄々とした態度でカントクのことを小学生と言って夜更かしの心配をしたり黒子くんに対して「いつからいた!?」なんてリアクションを取ったりしていて、言動のあちこちから破天荒さが窺えた。たじたじになってばかりのバスケ部の面々を見るのは面白いけど、も、もうちょっと近づいて話聞いてみたいかなあ、なんて。

さっきの女子供に対してキス魔という話を聞いた伊月くんが血相を変えて遠ざけようとしたせいであたしはアレックスさんから一番遠い場所に座って部屋の中で繰り広げられる喧噪を眺めていた。火神くんの師匠でアメリカの女子バスケのめっちゃ凄いところでプレーしてたらしいから色々聞いてみたいんだけどなぁ。中々あの空間に足を踏み入れる勇気が湧いてこない。伊月くんも過保護すぎやしないか。確かにあたしも貞操の危機になりそうなことはなるべく避けたいけどさ、近づきすぎなきゃいいっぽいし。そんなホイホイ唇奪われたくないし。アレックスさん美人だけどそれとこれとはまた別の話だと思う。

あと黒子くんがめちゃくちゃ弱そうって言われてて笑った。負ける気がしないな!って迷いなく言ってのけたアレックスさんについ「試合になると別人みたいになるんですよ」と言いたくなってしまう。ホント、こうやってるととても帝光の幻のシックスメンって呼ばれてた選手と同一人物とは思えないよねぇ。

アレックスさんが日本に来た理由について聞いてみると驚きの事実が判明した。アレックスさんの弟子は火神くんだけじゃなくて、あの陽泉のやたらセクシーな氷室さんという人も弟子の一人だったらしい。その二人が大きな大会で戦うっていうから、わざわざアメリカからやってきてくれたとのこと。なんていい師匠なんだろうと聞きながら思った。師匠の鏡みたいな人だ。いいなぁあたしにも師匠って呼べる人ほしい。誰かなってくんないかな。そんなことをぐるぐる考えていた途中、誰かが言った「でもまだ戦うって決まってませんよ?」という台詞で現実に引き戻される。そうだ。あと二つ勝ち進まなきゃ、氷室さんと紫原くんがいる陽泉とは戦えないんだった。誠凛が簡単に負けるとは到底思えないけど、それでも、油断は禁物なんだよね。

日本のバスケを見てみたかったと言って目を輝かせるアレックスさんはなんだか微笑ましくて年上のお姉さんだということを忘れさせるくらい可愛らしかった。嬉々としてあの選手はいい、この選手も中々見込みがある、なんて話すアレックスさんの話を有り難く聞いておく。さすが火神くんを育てた人なだけあって、指摘は的確で納得させられるものばかりだった。だけど、そんなアレックスさんも、どかどかスリーポイントシュートを決める緑間くんを見て言葉が出ないようだった。つまり、同じ高校バスケの部でプレーを何度も見ているあたしたちは勿論だけど、バスケの本場アメリカでたくさんの選手を見てきただろうアレックスさんでさえ黙らせるほどキセキの世代はとんでもないプレイヤー揃いってことなんだろう。……そんなチームとこれから何度も戦っていかないと日本一にはなれないんだって、改めてそう思うと気が滅入りそうになった。

だからこそ、黒子くんが青峰くんにシュートを教わりにいくと言ったときは心底驚いた。パスのスペシャリストなはずの黒子くんがシュートを上達させようとしたことにも、その相手が青峰くんだったことにも、この時間から教わりにいこうとしたことにも、とにかく色んな意味で驚かされた。隣りの監督は何となくこうなるの分かってたみたいな顔してるけどあたしにはどういう流れでそういうことになったのか全然分からなくて、でもそれで黒子くんがバスケ上手くなるなら万々歳だよなぁとか黒子くんのついでにあたしにも教えてくれないかなとかプレースタイル違いすぎてちゃんと教わっても全然分かんなかったりするんじゃないかとか、一瞬で色んなことを考えてみても結局は自問自答に過ぎない。

とりあえず何で青峰くんなの?と聞くと返ってきたのは「ボクが知る限り一番上手いのは彼ですから」という言葉で、まあ確かにそうだよなと思いつつ言葉を投げかけた。

「あたしじゃダメなの?」
「…………」
「ごめんごめん、困らせるつもりで言ったんじゃないからそんな顔しないで。たださ、青峰くんに会いにいくって言うからびっくりして。いや、中学のとき何があったのかとか仲良いのかとか悪いのかとか全然知らないからお節介ってのは分かってるんだけど、えーと、なんというか……」

つまるところ心配なんだよね、とはっきり言えたらどんなにいいか。無言で拳をぶつけ合う黒子くんと青峰くんの姿を思い出した。最後に見た青峰くんは、どこか吹っ切れたような顔をしていた。杞憂だ。そんなこと分かってる。それでも、何となく、心配になってしまう。だって可愛い後輩だもん仕方ないじゃんか。あとあたしあんまり青峰くんに対して良い印象ないし。特に初対面のときとか。ジュース買ってくれたりしたけどあれも結局お金返したし。そんな風に思っていたのが顔に出ていたのか、黒子くんは口の端をちょっとだけ釣り上げて笑いながら「大丈夫ですよ」と言って頷いた。じっとこちらを見てくるその目に疑う余地はない。そうだ、本人もこう言ってるんだし。余計な気を揉んでいたのが途端に馬鹿らしくなった。

「青峰くんに会ったらあたしにもシュート教えてって言っておいてね」
「伝えておきます」

背を向け歩いていく背中に手を振った。中々レアな後輩の笑顔をじっと思い浮かべた。ほんとに、そういう試合の前になるとやたら格好よくなるところどうにかしてほしいと思う。絶対本人には言わないけど。

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