Machine-gun Talk! 89

タイムアウトが終わり、ベンチに引っ込んでいた火神くんが再びコートに立った。顔つきがさっきまでとは変わってる。もう大丈夫みたい。黒子くんに「頼みがあるんだ」と言って思い出の指輪を捨ててくるようにお願いしてたのにはびっくりしたけれど、きっと、そうしないと心の中で踏ん切りがつかないんだろう。

「火神くんはもう誰にも負けません」

黒子くんの言葉に力強く頷く。この二人の絆はやっぱりたまに羨ましくなるなぁ。悔しいから言わないし、きっと火神くんが言った「タツヤとの過去とお前らとの未来じゃどっちが大切かなんて決まってらあ」の『お前ら』の中にあたしも入ってるはずだから何も文句はないんだけれど。それにしても…心配なのは木吉くんだ。オフェンスとディフェンスで違うポジションに立って、一人二役やってるようなもの、消耗してないわけがない。だけど、誰も「休んだほうがいい」と言えないのは、コート上の彼の気迫が凄まじいからだ。

木吉くんに陽泉のトリプルチームがついた。火神くんは紫原くんに任せて、中の攻撃の要の木吉くんを徹底的にマークするつもりらしい。陽泉に奪われたボールが氷室さんの手に渡って、ミラージュシュートが放たれる。それを火神くんが指先だけで触って止めた。隣に座った黒子くんと顔を見合わせる。

「今火神くん滑ってなかった?」
「滑ってましたね」
「跳ぶタイミングずれてたはずなのに……何で触れたんだろう」

さあ、と首を傾げた黒子くんにやっぱり分かんないよね、と視線をコートの中に戻した。黒子くんが分からないんじゃあたしにあのシュートの秘密が分かるはずないし、それに、仮に分かったとしても止められないっていうんじゃ、対策の練りようがない。今は他の突破口を見つけるしかない。

伊月くんが撃ったシュートがリングから外れた。それを木吉くんが執念のダンクで押し込む。やった、これであと7点差ー……!喜んだのも束の間、ベンチのすぐそばを走っていた木吉くんが床に倒れこんだのを見てサッと血の気が引いていく。やっぱりトリプルチームが相当響いてたんだ…!こちらが駆け寄るよりも先に、よろよろと立ち上がりながら「大丈夫」と言う彼を見て、大丈夫なわけあるか!と大声で言ってやりたくなったけれど、震える足で「頼む」と監督に言う姿を見ていると何も言えなくなってしまう。「勝とうぜみんなで」なんて、言われなくてもここにいる全員同じ気持ちだっての!

試合再開、第三クォーターも残り7分を切ってる。木吉くんの体が限界を迎えるのも、きっと時間の問題だろう。監督だって、チームの皆だって、それは十分承知のはずだ。だけどここで誰かが休んでくれと言っても引き下がるような男じゃないってことも、皆分かってる。それぐらい素直で聞き分けの良い人だったらどれだけいいかとは思うけれど、こればっかりはあの人の性格なんだからしょうがない。だからせめて、少しでも木吉くんの負担が少なくなるように、他の4人にはここで踏ん張ってもらわないと。

外れたボールを火神くんが押し込んで、遂に点差は5点にまで縮まった。湧き上がる会場とそれに後押しされるようにベンチで黒子くんと一緒になって誠凛コールを送る。あと外から2ゴール決めれば陽泉に追いつける、何とかして第三クォーターのうちに同点まで追いつければ……そう思っていたときだった。

向こうのコートにいる陽泉の、ううん、紫原くんの様子がおかしい。闘志がみなぎる、なんてもんじゃない。殺気だ。紫原くんが殺気立っている。

「あー…もうこれ以上はムリだわ」

リング下から動かないはずの紫原くんが誠凛の前に立ちはだかった。「ヒネリつぶしてやるよ」という言葉通り、誠凛の息の根を止めてやろうとそびえ立つ紫原くんから放たれる迫力に心臓が縮み上がる。「紫原くんの気性は決しておとなしくありません」という黒子くんの言葉に全力で頷いた。普段はぼーっとしてるしコートの中でも全然動かないし、ゆるい雰囲気も出していたけれど、今の様子を見て彼を「おとなしい」と形容する人は一人もいないだろう。1試合で100点取ったなんて、中学生の時の話とは到底思えない。プロでもなかなかないじゃんそんな得点。ていうか逆鱗に触れたってそのときの相手チーム何したの、今の誠凛みたいな感じ?努力と根性でキセキの世代にだって勝ってやる!みたいな?じゃあ紫原くんにオフェンス参加させたうちも、下手したら一人で100点決められちゃいかねないってこと?

紫原くんのダンクに日向キャプテン、木吉くん、水戸部くんの3人が吹っ飛ばされた。体の大きさだけでも日本人離れしているのに、パワーとスピードも併せ持つなんて…とんでもない怪物を、あたしたちは起こしてしまった。改めて思い知るキセキの世代の凄まじさに、いよいよ言葉が出なくなる。これくらいで折れるような精神のチームじゃないって分かっているけれど、……大丈夫なんだろうか。ついさっきまでとうとう5点まで縮まった点差に喜んでいたはずなのに、その5点が途方もなく大きな数字に感じた。

トリプルチームを解いた陽泉は木吉くんを紫原くんに任せるつもりらしい。木吉くんの後出しの権利も紫原くんの反射神経と長い手足で防がれて、ダンクに跳んだ紫原くんに「させるか!」と火神くんが飛びかかる。その火神くんをパワーで押し返した紫原くんがゴギャッと凄まじい音を立ててボールをリングにねじ込んだ。衝撃に堪えられずピシッと音を立てて傾いたゴールに会場がどよめく。そんな、ゴールぶっ壊すって……本当に怪物なんじゃないの?

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