Machine-gun Talk! 90

これまでキセキの世代と戦ってきた中で、「絶望」の二文字が頭をよぎらなかったことなんてない。いつだって彼らはこちらが予想していた以上の力を見せつけてきて、その度にあたしたちを谷底へと叩き込んでくれた。それでも諦めないって、絶対勝つんだって、思わせてくれたのは黒子くんや火神くん、二年生のみんな、…そして何より、木吉くんがいてくれたからなのに。こんなのってあんまりだ。

紫原くんがオフェンスに参加するようになったことで、ディフェンスに隙ができれば、もしかしたら…そんなのは甘い考えだったらしい。木吉くんがやっとの思いで磨き上げたはずのバイスクローでボールを掴んだ紫原くんがゴールへとずんずん進んでいくのを、そして、ボールを叩き込んだ彼にディフェンスの木吉くんと火神くんが弾き飛ばれるのを、両手を握って見ていることしかできない。圧倒的なプレイヤーの、ただ一人の天才の前では、あたしたちはこんなにも無力だ。

「木吉くん!」

コートに倒れ込んだ木吉くんに悲鳴じみた声が上がる。やっぱりもう限界なんだ。当たり前だ、ああして何度も自分より大きな選手に吹っ飛ばされて、体に響いてないはずがないのに。コートで倒れたまま起き上がれなくなっている木吉くんに、誠凛が駆け寄るよりも先に手を差し伸べたのは紫原くんだった。

コートの外にいるあたしたちにはコートの中で起きてることをどうすることもできなくて、何度でも言うけれど、あまりにも無力だ。木吉くんの手を握ったまま上へと持ち上げた紫原くんが「もう限界だね」と言うのをただ見ているだけしかできない。

「で……どう?またなんも守れなかったわけだけど……楽しかった?バスケ」

なんも守れなかったって、そんなわけない。木吉くんはいつだってあたしたちを、誠凛を守ろうとしてくれてる。この人がいてくれたから諦めずにすんだものが、諦めなくて良かったと思うものがたくさんある。中学と、そして高校に上がった今たった30分足らず試合しただけの相手に、そんな木吉くんの何が分かるんだ。そう言ってやりたいのに、言ってやらなくちゃいけないはずなのに、日向キャプテンに抱えられてベンチに戻ってくる木吉くんが唇を噛み締めながら「勝ってくれ」と黒子くんに言うのを見ていると何も言えなくなってしまう。

木吉くんの代わりにコートに入ろうとする黒子くんの背中をパシンと叩くと「分かってますよ」と微笑まれた。うまく言葉が出ないこのときばかりは、物分かりの良い後輩を持って幸せだと思った。木吉くんが何も守れないなんて、そんなわけない。だって、あたしたちの後輩はこんなにも頼もしい背中に育ってるんだから。バスケは不公平で欠陥スポーツだからこれまでやってきた努力もスキルも全部が無意味なんだって、そんなこと誰にだって言わせたりしない。

「いなくても意思は受け取っています。ボクが代わりにキミを倒す!」と言いながら紫原くんの正面に立つ黒子くんを見て、「後輩できてよかったね」と木吉くんを振り返る。「ああ」と短く返事を寄越した木吉くんは、消耗が激しいけれど、まだ瞳は死んでいなかった。……先輩はやっぱりそうでなくっちゃね。

黒子くんが入ったことによって試合の流れが少し変わった。木吉くんが抜けるとインサイドが死んで紫原くんを止めようが止めまいが、どうあがいても誠凛の負けと紫原くんは言ったけど、代わりに生きるものだってきっとあるはずだ。黒子くんが出したパスを紫原くんさながらの勢いでゴールに叩き込んだ火神くんが「さすがにブッ壊すのはムリか」と言ったのを見て、そう思った。うちにはまだ一年コンビだっているし、二年生だって黙ってやられるような人たちじゃない。突破口は必ずあるはずなんだ。あがいてあがいてあがきまくれば、たとえ紫原くんが怪物だったとしても、あたしたちが無力な人間でしかなかったとしても、あるいは。

「ねえコガくん、意図的にゴール壊したら弁償とかさせられると思う?」
「えっ火神本気でブッ壊す気だったの!?アイツなら有り得るけど。……弁償させられるんじゃない?」
「紫原くんのは事故だったけどそれ真似してやったら意図的になるよねぇ。そのときは火神くんに払わせよっか。広い部屋に住んでてボンボンっぽかったし」
「賛成」
「火神くん、コガくんの許可出たからゴール壊しちゃっていいよー!ガンガンやっちゃって!」
「ちょっとさん!?」

オレがやれって言ったみたいにしないでよカントクに怒られるじゃん!と横から抗議してくるコガくんを宥めながら手を振ると黒子くんと火神くんが顔を見合わせて笑った。うん、良い顔してる。試合はまだ第三クォーターで、それも4分半も残ってるんだから、諦めるには早すぎるよね。体格差を物ともせずに紫原くんのマークに付いた黒子くんが案の定吹っ飛ばされながらファウルをもらって「大きいだけで勝てるほどバスケは単純じゃないですよ」と言うのを見て、気合いを入れ直すように深呼吸をした。……ここまで後輩に頼もしくなられちゃうと、先輩としても張り切らずにはいられないよなぁ。

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