Machine-gun Talk! 92

木吉くんがもう一度試合に出るつもりらしい。ラストの2分、いや1分だけでいいって、もう試合は10分も残ってないっていうのに、どこからどう見たって疲労困憊なのに、監督が良いって言うわけ「…わかったわ」えっ嘘でしょ、わかっちゃったの!?

「どうせ止めてもムリヤリ出る気でしょーが」と言う監督にそれもそうか木吉くんだしな、と思うと同時に、河原くんに担がれながら監督と一緒に医務室へ向かった木吉くんに向かって手を合わせた。疲労回復させるってことは監督直々にマッサージしてくれるんだろうけど、あれ、めちゃくちゃ痛いって聞いたことある。それこそ地獄の痛みだとか。きっと彼なら、それも乗り越えてもう一度あたしたちの前に姿を見せてくれるだろう。……乗り越えてくれる、よね?

黒子くんのファントムシュート、そして新陣形のディフェンスがあるといっても、誠凛が劣勢なのには変わりない。黒子くんのシュートは成功率が100%なわけじゃないし(青峰くんに教えてもらったとは言え、緑間くんじゃあるまいし当然だよね)、ディフェンスもやっぱり火神くんが一人で紫原くんと同じように中を全部カバーし切れてるわけでもない。それに紫原くんを何かしらの策で止められたとしても、陽泉にはもう一人、氷室さんというエースがいる。

陽炎のシュートの秘密が分かった。でも、分かっていたところでそのシュートが止められるかどうかはまた別の話だ。黒子くんが言ってた正体を見破ったとしても止められないかもしれないっていうのは、こういうことだったのか。単なるトリックショットじゃない、彼の技術の高さに裏打ちされたシュートだけに厄介だ。氷室さんと紫原くんのダブルエースにガンガン攻められて点差はどんどん開いていく。

せっかくここまで追いついたのに、皆で勝つはずなのに、もう出来ることは何も残ってないの…?何か思い詰めたような顔をしている火神くんが心配になって声をかけたいけれど、タイムアウトを取らない限りこっちから声もかけられないし。歯がゆい思いをしていると、コートの外へ転がっていったボールを拾い上げた他のチームの人が火神くんに声をかけた。……あれ、よく見たら黄瀬くんじゃん!海常の他の人もいる!笠松さんも!さすがにこっちの試合中に手を振るわけにもいかないからアイコンタクトを送ってみたけれど何も返してもらえなかった。悲しい。

火神くんに何言ってるのか聞こえないけど、黄瀬くんちょっと不機嫌なように見える。あ、と思ったら笑いながら紫原くんに話しかけて何か言ってる…。何なんだろう。激励?それとも挑発?お互い試合勝ったら次の準決勝で当たることになるからよろしく、って感じだろうか。怖い顔してたしそんな励ますような雰囲気でもなかったと思うけど、気になるからあとで火神くんに何言われたのか聞いてみよっと。それか笠松さんにメールで聞くとか…いやでも、試合の邪魔しちゃ悪いしやっぱり火神くんにしておこう。

黄瀬くんからボールを受け取ってコートに戻った後に黒子くんと少し会話をしてから、バシバシと顔を叩いた火神くんの顔つきが変わった。やっぱり黄瀬くんに何か言われたんだ!めちゃくちゃ気になるんだけど!

監督からの伝言を伝えるべくコガくんがタイムアウトを取った。火神くんが一人で中を全部守るのはやめにして、氷室さんにトリプルチーム、インサイドは火神くんと水戸部くんの二人体制で守る形に変更。てっきりそれでもオレにやらせてくれ、とでも言うかと思ったのに、火神くんがあっさり「了解す」なんて言うから拍子抜けした。いや、こっちの指示聞いてくれるのはもちろん良いことなんだけども。素直すぎてびっくりしちゃう。

タイムアウト後もうちが劣勢なのは相変わらず。だけど、もしかしたらここからまだ起死回生のチャンスがあるのかもしれない。希望の光が見えてきたのは、どんどん跳ぶ高さも反応の速さも増してきていた火神くんが、とうとう紫原くんのダンクを止めたときからだ。

期待していなかったわけじゃない。青峰くんと戦ったときに見せたあの活躍をここでもう一度見せてくれれば、と願っていなかったわけじゃない。でも、そんな都合よく何度も起こらないからこそ奇跡は奇跡なのだということをあたしは知っている。その奇跡を一年生一人だけに託しちゃいけないってことも、ちゃんと分かってる。だから誰も口に出さなかった。ゾーンに入ってほしいって、どれだけ心の中で思ってたとしても、一度も言わなかった。……それでも、火神くんはやってのけた。こういうときにつくづく思う。黒子くんが影なら、彼は紛れもなく誠凛のエースで、そして皆の光なのだと。

prev | INDEX | next