Machine-gun Talk! 95

ここでもう一本決めれば、ここさえ守りきれば。残り20秒にかける思いはきっと誠凛も陽泉も同じだ。だからこそ、絶対に負けられない。

向こうのキャプテンが全力でぶん投げたボールを紫原くんが掴んだ。ダンクを決めようとした紫原くんの前に、火神くんが立ちはだかる。ボールを挟んで睨み合う二人は一見互角のように見えるけれど、……まずい、火神くんが押し切られそうだ。「諦めるな」……木吉くんが戻ってた!そうだ、後輩がこんなに頑張ってるのに黙って見てるだけの先輩じゃないよね。

火神くんと木吉くんが二人がかりで弾いたボールを拾った誠凛がカウンターをかける。ボールを持った火神くんの前に立ちはだかったのは紫原くんだ。…いくらなんでも戻るのが早すぎる。それでも、ここで決めなきゃ誠凛の負け。それだけは嫌だ。

「火神くん!」
「火神!」

みんなの視線と想いを一心に向けられた火神くんが跳んだ。……祈らなくたって大丈夫。ここぞというときに決めてくれるからこそ、皆が彼ならやってくれるはずだと信じられるからこそのエースだ。

「限界なんていくらでも超えてやる!」

これまでとは段違いな高さで跳んだ火神くんがゴールポストにボールを叩き込む。今度こそ割れんばかりの歓声に会場が包まれた。72対73。やった、残り4秒でとうとう誠凛が逆転……!

「まだだ!」

紫原くんと氷室さんがゴールに向かって走っているのを見た木吉くんが叫んだ。まずい、火神くんのとんでもダンクに呆気にとられてたせいで誰も走ってない!これで試合終了だと思って完全に油断した。さっき目を疑うくらいの跳躍を見せた火神くんの脚はもう限界だし、このままじゃ追いつけないー……!

ボールを抱えたまま紫原くんが体勢を崩した。この試合、あの大きい体でたくさん跳んでたから紫原くんも膝に負担が来てたんだ…!ゴールの前に立つ紫原くんの前に黒子くんが走っていくのが見える。

「だからこれで、終わりだ!」

紫原くんの手から黒子くんがボールをはたき落とした。試合終了のブザーが鳴る。得点表示は72対73。……これで本当に、誠凛の勝ちだ!

キャプテン同士が握手を交わし、それぞれがお互いを労った後、選手たちがベンチへと帰ってくる。タオルとスポーツドリンクを配りながら、陽泉の方へと視線を向けた。……紫原くん、大丈夫かなぁ。「オレもうバスケやめるし」って言ってるの聞こえたけど。せっかくあれだけ良い勝負が出来たのに、もう二度と試合出来なくなっちゃうのかな。

「紫原くんなら大丈夫ですよ」
「わっ!?黒子くんか、びっくりした……。本当に?紫原くんバスケやめちゃったりしない?」
「はい。口ではああ言ってましたが、あれだけのプレーをする人がバスケを嫌いなはずないですから」
「そっか、……うん、そうだよね。そうだったらいいな」

黒子くんって不思議だ。いつもいつもあたしが求めてる言葉を、欲しいトーンで、欲しいタイミングでかけてくれる。何でそんなに気の利いたことができるんだろう。やっぱりパス回し専門のプレーヤーってことで洞察力が優れてるのかな。あたしも女バス兼マネージャーとして見習わなくちゃダメだなぁ。

監督に急かされて体育館を走る。この後すぐに次の試合が始まるらしい。向こうから海常が歩いてくるのが見えた。

「セミファイナルで待ってます」

黒子くんに先に言われたー!!せっかく笠松さんに声かけるチャンスだったのに!しょーがない、試合前だから見る時間あるか分かんないけどメール入れとこっと。せっかく同じ会場にいるんだし後でちょっとだけでも話せたらいいなぁ。

先輩たちは先に行っててください、と言って火神くんと二人でこそこそ話していた黒子くんが戻ってきた。

「おかえり。……あれ、黒子くんだけ?火神くんは?」
「氷室さんと仲直りしに行きました」
「そっか……指輪捨てないでよかったね。ていうかあんな風に言われちゃ誰でも捨てれないと思うけど」
「はい」

ユニフォームを脱いでジャージに着替えた黒子くんに「寒くない?」と聞くと「大丈夫です」と返事が返ってきた。良かった。火神くん外に行ったらしいけどジャージだけで体冷えたりしてないだろうか。あとでカイロ渡してあげよっと。ガサガサとカイロを探して鞄を漁っていた手を止める。……そうだ。黒子くんに聞こうと思ってたことがあるんだった。

「ねえ黒子くん、さっきの試合だけど、いつから気付いてたの?紫原くんが跳べないこと」
「そうかもしれないとは思ってましたが…確証があったわけではないです」
「じゃあ何であそこで走ってたの?動いてるの黒子くん一人だけだったよ、あたしももうダメかと思ったもん」
「……諦めたくなかったから、ですかね」
「ふふ、紫原くんもそうだったけど、黒子くんも相当に負けず嫌いだよねぇ」

……あれ?紫原くんの話してたら思い出した。あたしは何か、大事なことを忘れているような……。

「あー!しまった!」
「どうしたんですか?」
「紫原くんに持ち上げてもらうって約束、あれ果たしてもらうの忘れた!」
「……まだそんなこと言ってたんですか」
「ちょ、何でそんな冷たい目で先輩を見てるの黒子くんと火神くんが食べ損ねてたから確保してあげてたはちみつレモンあげないよ!?これ作ったの水戸部くんだけど!」
「……先輩、」
「うるせーぞ!試合前に騒いでんじゃねえ!」

少し離れたところに座る日向くんの怒号が飛んできた。そうやっていつもあたしのこと『うるさい』って怒るけど、日向くんの怒ってる声だって相当にうるさいと思うんだ。やたら声量あるし。コートの中でもめちゃめちゃ響いてるし。口を尖らせて向こうに聞こえないように文句を言っているとどさくさに紛れて黒子くんにはちみつレモンの入ったタッパーを持っていかれた。踏んだり蹴ったりである。

あーあ、やっちゃったなぁ。千載一遇のチャンスだったのに。陽泉との試合が熱すぎてそんな約束してたことすっかり忘れてたあたしも悪いんだけど。紫原くん秋田の学校ってことは街中歩いてるときにばったり、っていうのもないだろうし。会えるとしたら来年のインターハイかウィンターカップかなぁ。あの約束はそこまで有効なんだろうか。紫原くんがそこまで覚えててくれるとは思えないけど。はあ、とため息をつくとタッパーを抱えた黒子くんがこちらを向いて呆れた顔をしながら言った。

「そんなにしてほしいなら後で火神くんか木吉先輩にでも頼んでみればいいじゃないですか」
「紫原くんがいいんだってば。二メートルの高さからの景色って一回でいいから体験してみたいって思わない?」
「思いません」

黒子くんが冷たい。試合のときはあんなに盛り上がってたっていうのに、もういつも通りのすました顔しちゃってさ。試合のときの負けず嫌いで、仲間思いで、諦めの悪い黒子くんとは別人みたいだ。もしかして本当に別人だったりする?毎回試合の度に中身入れ替わってるとか?そう言うともう残り少なくなったはちみつレモン入りのタッパーでコツンと頭を叩かれた。

「あんまり騒ぐとまたキャプテンに怒られますよ」
「……はーい。ねー黒子くん紫原くんの連絡先知ってるでしょ。近いうちにまた会おうねって言っといてよ」
「嫌です」
「何で!?やっぱり何か黒子くん冷たくない!?」
「…………」

およよ、と泣き真似をしてやるとちょうど帰ってきた火神くんにめちゃくちゃ心配されたからふざけるのはやめた。眼下のコートへと目線を移す。アップしている笠松さんたちレギュラーメンバーと、ちょうど戻ってきたところの黄瀬くんが目に入った。黒子くんが言った通りあたしたち誠凛はセミファイナルで待ってるから、どうも何か因縁の相手みたいだけど、黄瀬くん、早く倒して勝ち上がってきてね。

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