Machine-gun Talk! 97

黄瀬くんの超長距離スリーポイントシュートが決まった。嘘、あれって緑間くんの……。いくら黄瀬くんでも自分と同じキセキの世代だけはコピーできないんじゃなかったのか。克服したのだとしたら、オーバーワークってもしかして。緑間くんや青峰くん、そして紫原くんといったキセキの世代と遜色ないプレーを見せる黄瀬くんがものすごい勢いで福田総合を追い上げていく。いくら才能があるといっても、彼なりの工夫を凝らしていたのだとしても、キセキの世代の技を簡単にコピーできるわけない。体に相当負担がかかっているはずだ。それでもこうして今プレーしてるってことは、準決勝、そして決勝へと懸ける彼の想いが、その強さがどれだけのものかっていうのを物語っている。

ダンクを叩き込んだ黄瀬くんのプレーを最後に試合終了のブザーが鳴った。これまで子犬だなんだと可愛がってきたつもりだったけれど、こんな試合をまざまざと見せつけられちゃ、彼もまた紛れもない天才なんだと思わざるをえない。……本当に、つくづく思うけど、このウィンターカップって化物ばっかり揃ってるよね。それを全部倒していかなきゃ日本一にはなれないんだ。ウィンターカップ5日目の全試合が終わって、四強が出揃った。誠凛と、海常、秀徳、そして洛山。あと2つ勝てば日本一になれる。期待と、キセキの世代のとんでもないプレーの数々に対する恐ろしさと、経験したこともないような大舞台への緊張感。ドキドキと高鳴る胸を抱いて、あたしのウィンターカップ5日目は幕を閉じた。

時は少し遡り、海常と福田総合の試合終了後30分が経った頃。監督とのミーティングを終えて帰り支度を整えていると、あいつは息を弾ませながら海常の控え室へとやってきた。ドアを開けて中へと招き入れてやると辺りをきょろきょろと見渡したが首を傾げる。

「あれ?笠松さんだけですか?黄瀬くんもいると思って二人分差し入れ持ってきちゃったんですけど」
「黄瀬なら青峰と話があるっつってさっき出て行ったぞ」
「えっ青峰くんと!?青峰くん試合見に来てるならこっちにも声かけてくれたら良かったのに……。まあいいや後で試合の感想聞いてみよっと。笠松さんこれ、差し入れです。試合お疲れ様でしためちゃくちゃ格好良かったです」
「サンキュ」

ずいっと差し出された紙袋を受け取って中身を見ると洋菓子の包みが2つ入っていた。スーパーで売ってるのとはちょっと違う、高そうな菓子だ。栄養ドリンクとか疲労回復グッズなら受け取ったことはあるが、こういう差し入れを持ってこられるのは珍しい。「誠凛の皆で食べてたんですけど2つだけ余っちゃって。せっかくなら笠松さんと黄瀬くんに食べてもらおうと思って持ってきちゃいました。海常の他の人には内緒にしてくださいね」唇に人差し指を当てながらが笑う。分かった、と短く答えると満足そうな顔をしたに「それだけか?」と声をかけると、何がですか?と逆に聞き返された。何がですか?って、お前なあ。

「お前らも試合後なのにわざわざここまで来たってことは何か言いたいことあったんだろ」
「あっそうなんです笠松さんにお願いしたいことがあって!あの、あたしと一緒に写真撮ってもらえませんか?」
「は?」
「記念写真です!」

……突然何を言い出すのかと思ったら、記念写真だと。何の?四強になったことの記念か?でもこいつはマネージャーであって、レギュラーメンバー同士で試合後に撮ることなら分からなくもないが……嫌だ。黄瀬ならともかく、オレはそういうことをするキャラじゃないって、こいつも十分に分かってるだろうに。

「断る」
「何でですか!?」
「何でってお前こそ何でオレと写真なんか撮りたがるんだよ……。大体誠凛とは明日も会うだろーが」
「敵としてですけどね!試合勝っても負けても気まずくて写真撮れそうにないんで今のうちにと思って!ウィンターカップ準決勝で会うことなんてそうそうあるもんじゃないと思うし、笠松さんのファンとしても記念にしたくて!……ダメですか?」

すがるように見つめられて、何だか自分がとんでもなく意地の悪いことをしているような感覚に陥る。やめろそんな目でオレを見るな。振り払うように目を閉じて頭を左右に振る。はっきりファンだと言われて平然としていられるほど、今はまだ、試合のときの昂りが収まっていない。相変わらず熱のこもった瞳で見上げてくる目の前の女にため息をつき、そして観念した。そもそもメールで言われるがままにこいつを招き入れてしまったのはオレだ。もうどうにでもしてくれ。

「分かったよ」
「本当ですか!?」

どんな感じで写真撮ろうかな!笠松さんお気に入りのフィルターとかあります?と目を輝かせてこちらを見るにもう一度ため息がこぼれた。……何でこいつはこうもオレにばっかり構ってくるんだ。普通は黄瀬だろ。写真撮りたい、なんて尚更あいつとだろ。フィルターとか言われても分かんねえし。大体、バスケが関わる場以外ではろくに女子と話したことのないオレが、他校のマネとはいえ女子と写真撮るなんてやったことあるわけないだろうが。森山じゃあるまいし。

オレと写真を撮れることが相当嬉しいらしいに言われるがまま、向けられた携帯のカメラをじっと見つめる。「ほら笠松さんもピースしてください!笑って笑って!」そう言われる度にさらに顔が引きつるのを感じた。もうポーズとか表情とか何でもいいから早くしてくれ。

「うわー本当に笠松さんと写真撮っちゃった……!ありがとうございます一生宝物にします!あ、後で笠松さんもデータいります?」
「いらねえ」
「えー!せっかく記念に撮ったのに!思い出は形に残してなんぼですよ!」

うるせえ、そんなもん携帯に入ってたら明日の試合集中できねーだろうが。撮った後の写真が表示されている携帯の画面を嬉しそうに覗き込むに用が済んだんなら早く帰れ、とドアの方向を指差した。明日オレもお前も準決勝で試合あんだから、こんなところで油売ってる場合じゃないだろう。そう促すと素直に帰り支度を始めたの背中をじっと見つめる。「じゃあ笠松さん、明日また準決でよろしくお願いします!」「おう」バタバタと走り去っていく後ろ姿が完全に見えなくなってから、紙袋に入っていた包みを一つ取り出して口へと運んだ。……思った通りめちゃくちゃ甘え。

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