Machine-gun Talk! EX04

※桐皇対海常戦の後

インターハイにかけたオレの夏が終わった。黄瀬も森山も小堀も早川も、もちろんオレだって全力を尽くした。それでも勝つにはあと一歩足りなかった。キャプテンという立場上チームを仕切らなくてはならないことぐらい分かっていたから後輩や同期の前でなんて絶対泣けなかった。泣き崩れるエースを担いでたんだから尚更だ。決して無理はしていない。控え室にオレ一人を残して帰っていった森山達には本当に頭が下がる。勝ちたかった。全国ベスト8なんてどこに出しても誇れる結果だけど、それでもどうしても勝ちたかったのだ。救われるつもりも罪滅ぼしのつもりもなかった。けど、やっぱりどうしてもこの舞台で最後まで戦いたかった。ロッカーに打ち付け続ける拳はとっくの昔に赤く腫れ上がっていて、いい加減にしないと明日からの部活にまた支障が出る。キャプテンがそんなんでどうすんだ。そうは思っても主将に就任してからの様々なことが思い出されると、悔しい。ただただその一言だった。

控え室から出ると入り口のところにメモ書きが乗った飴の袋が置いてあって、誰だこんな所に飴置いたやつ…と思ってすぐにピンときた。男の字ではなさそうだ。女子とほとんど会話をしないオレにこんなことをする奴は一人しかいない。

『笠松キャプテンお疲れ様でした!』

綺麗とも汚いとも言い難い字で一行だけ書かれたメモはオレにあいつにメールを送らせるきっかけになるには充分で、帰ろうとした足を止め再び控え室の中に戻る。鏡を覗きこんだら疲れきった酷い顔をした自分が見つめていてやっぱりメールしなけりゃ良かったと思ったけどもう遅い。『今から控え室来れるか?』の返事は『もちろん行けます!』で、まずはインターハイの差し入れが飴一袋ってどういう了見なんだと問いただしてやろうと決めてからオレは部屋のドアを開ける。オレが会いに来いって言うのをどこかでスタンバイしてたんじゃないかと思うくらいのスピードであいつは控え室までやってきた。

オレからメールを貰ったのが相当嬉しかったらしく、息は弾んで目はメチャクチャ輝いている。試合後のテンションでこいつを呼ぶのは人選ミスだったかと後悔しかけたけど、むしろ最適なんじゃねーかと思い直して適当な場所にあいつを座らせた。オレはそこから半径一メートル辺りの場所に腰を下ろす。なるべく顔を見られないようにして。さっきまで泣いてたのだからもしかしたら聞かれてたかも知れないが、男としてのせめてものプライドだ。

顔を背けたまま「飴が差し入れってお前らしいな」と呟いた。反応してほしいけど反応しないでくれ、と思う。「すいませんあんまりお金なくて…」買ってきてくれただけでも充分だとは言えないから返事をせずにやり過ごした。黄瀬はファンの子に色々貰ったと騒いでいたけど、今のオレにとっちゃこの飴の袋の方が何倍も価値がある。様子を窺うような視線から逃れるようにして袋を開けた。この際味なんてどれだっていいわ。

「あの、笠松さん」
「……なんだ」
「泣きましたか?」
「……」
「目腫れてるんでアイスノンどうぞ」

さすがはマネージャー、とでもいうべきか。半径一メートル辺りだった距離を縮めて、アイスノンを差し出してくる手を見つめてどこまで準備がいいんだと感心した。聞いてもいないのにコンビニで買ってきたんですよ!と得意気に話す姿に苦笑が漏れる。そういうことは黙っておいたほうがポイント高いんだぞ、というのはあえて言わないことにしてやろう。


「!」
「ちょっとお前あっち向いとけ。……座ったままでいいから」

名前を呼ぶと勢いよく反応したがよく分からないといった感じでオレに背中を向けたのを確認してから、ゆっくりともたれかかった。体重かけたら辛いだろうから本当にちょっとだけもたれるようにして。驚いたのか振り返ろうとしたは動くとオレが落ちることに気づいたのか大人しくなった。体育座りをする女子にもたれかかるアイスノンを目に当てた男…ってのも中々シュールな状況だ。それにしてもこいつ背中熱いな火傷するんじゃねーの。

「……笠松さん」
「あ?」
「何か行動が黄瀬くんみたいなんですけど……どうしたんですか甘えたい気分なんですか?」
「…………」

まさか黄瀬と一緒にされるとは。心外だ。「黄瀬くんと初対面のときはあまりの可愛らしさに頭撫でちゃったんですよ」……その光景がありありと目に浮かんでしまう自分が嫌だ。つーか黄瀬は初対面の女子に何させてんだよ馬鹿じゃねえの。黙ったままでいるとが一人でぽつぽつと話し始めた。……何か、こいつマジで喋るの好きだよな。

「あの、距離が近すぎて誰にも話せないこととかがあったら距離が近くない人代表のあたしが聞いてあげますから」
「……お前に話しても分かんねえだろ」
「分かりますよ」
「何で断言するんだ」
「これでもあたしもキャプテンの端くれだからです」

胸を張ってるんだろうけどお互い違う方を向いてるもんだから確認のしようがない。あー……そういや部員一人だから有無を言わさず部長だとか言ってた気がするな。同じ肩書きでもオレとこいつでは背負ってるものが月とすっぽんくらい違う訳だが。一人でもバスケが好きだから部活を続ける根性は買ってやらなくもない。

「笠松さんみたいなキャプテンになるのがあたしの目標なんです」
「お前にはまだ程遠いだろ」
「分かってますよ、憧れの人とはちょっと遠いくらいが丁度いいんです」
「……そうかよ」

憧れの人、ね。それじゃあもし、もしもの話だけど、オレがこいつの憧れじゃなくなったとき、こいつの言う丁度いい距離とやらは一体どうなるのか。縮まることは果たしてあるのかどうか。振り向いたらすぐ後ろにいるのに何故だか遠くて、だけどその距離に安心する。年下の、しかも女子に慰められるなんて我ながら格好悪いとは思うが何しろこいつが相手だ。そもそも背中合わせの状態で男が目にアイスノン当ててる時点で色々とアウトだろう。がこっそり体重をかけてきた頃を見計らっていきなり立ち上がると支えをなくしたこいつは勢いよく後ろに倒れて頭を抱え痛みに悶えた。アホだ。やっぱりオレがこいつの憧れになるんじゃなくてこいつがオレの憧れになる日なんて絶対来ない。そう思うと何だか吹っ切れた気がして振り向くと飴の袋に恐る恐る手を伸ばしていると視線がかち合った。おい。

「お前オレに憧れてるとかやっぱり嘘だろ」
「本当ですよ!」
「知ってる」

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