Machine-gun Talk! EX05

こうも毎日毎日部活ばっかりだと彼女はおろか女子と話す機会すら滅多に訪れないオレ達にとって、先輩と話したりどこかに出掛けたりするのは密かな楽しみだったりする。出掛けるといっても別に休日に二人で会ったりするんじゃなくて、ただ単に「今日ちょっと付き合ってよ」と先輩に言われて一緒にハンバーガー食べたり、買い出しに付き合ったりする程度なんだけど。それでも普段女子から誘いを受けるなんて皆無に近いオレ達にとってはかなり貴重なことなのだ。あと単純に先輩と一緒にいると面白いから、っていうのもちょっとあるかな。

「これで目の前にいるのが女の子の後輩だったら目一杯可愛がってあげちゃうのになー」

そう言いながらポテトをつまむ先輩の顔を盗み見るとどことなく嬉しそうな顔をしていた。実はオレ達一年生は、少し前に先輩が伊月先輩に「女バスの後輩いないせいかも知れないけど降旗くんたちが可愛く思えて仕方ないんだよね」と言っていたことを知っている。たまたま二人の会話が聞こえてきてしまう位置に居合わせていたのだ。この様子だと先輩はオレ達に聞かれていたとは思ってないみたいだけど。自惚れを抜きにして考えてみても、先輩にはそこそこ可愛がってもらってるんじゃないかと思うわけだ。あ、ちなみにオレ降旗です。いつものように先輩と河原と福田とマジバで飯食ってます。

先輩の話に適当に相槌をうちながらポテトを食べるオレ達の隣りに座っていたカップルらしき男女が立ち上がり、彼氏が彼女の分の荷物を持って店から出ていった。それを見た河原が「…いいよなあ」と呟く。具体的に何がいいのか言わなかったけど、さっきのカップルのことを言ってるんだろうな、と何となく分かってしまう。本当どうやったらオレ達彼女出来るんだろうな。こうも部活ばっかりでマネージャーもろくにいないとやっぱり可能性は限りなくゼロに近いんだろうな。先輩たちの中でも恋人がいる先輩って全然いないみたいだし。……そういえば先輩って色んな人たちと仲良いみたいだけど、そういう浮いた話題を聞いたことがない。実際のところどうなんだろう。

先輩は彼氏いないんですか?」
「いたらこうも頻繁に後輩とマジバ来たりしないよ」

少しは動揺するんじゃないかと思って投げかけた質問はケラケラと笑い飛ばされるだけで終わった。少しでも照れたりしてくれたら質問のし甲斐があったのに。彼女の興味はポテトからオレ達の浮いた話題へと移行したようで、先輩は一旦ポテトを前へ押しやると頬杖をつきながらオレ達への質問を開始した。

「君ら三人はつっちーみたいに彼女いたりしないの?」
「オレ達だっていたら先輩とハンバーガー食べに来たりしませんよ」
「それもそうか」

そう言うと先輩はもう一度笑った。うん。彼女ほしい。彼女ほしいっていうか、部活で疲れたときに癒してくれる存在がほしいというか、特別な異性を見つけたいというか。つまり一言でいうと、……彼女ほしい。

「よし、じゃあそんな一年生諸君のために先輩が一肌脱いであげよう」

何故か一人楽しそうな顔をする先輩はポテトを平らげるとオレ達の分のトレーを自分のトレーに重ねて戻しに行ってくれた。これだよ。こんなのがしたいんだよオレは。ただ一つ違うのは気遣われるんじゃなく気遣ってやれる彼氏っていう立場になってみたいっていうことだけど。

数日後。オレ達一年生三人は再び先輩に連れられてマジバに来ていた。いつものように適当に食べたいものを頼んだ後、席に座る。四人席だから常に先輩の隣りにオレ達三人のうちの誰かが座ることになるんだけど、今日はオレの番だった。黙々と食べて順調にポテトとシェイクを消化していく横顔を見ても別段変わった様子はない。……と思っていたのも束の間、全員の食事が終わると先輩は「忘れないうちに渡しとくね」と言って鞄をごそごそ漁りだした。渡しとくね?一体何を?オレ達が先輩から貰うものなんてあったっけ?

何かとんでもないものを渡されたりするんじゃないだろうか。

そんな心配は杞憂に終わった。先輩が鞄から引っ張り出したものはキーホルダーともストラップとも言い難い謎の布で出来た少し不格好な物体で、オレ達が「なんだそれは」という顔をしているのか分かったのか「試合に向けてのお守り」と言って先輩は微笑んだ。促されるままにそれを受け取ると、バスケットボールとSEIRINの文字が刺繍してあるのに気がついた。…わざわざ作ってくれたのか。そう考えると貰ったお守りを乗せている右手から胸のあたりが一気にこそばゆくなった。その変な感覚を誤魔化すようにお守りを裏返すと先輩が「あっ」と声を上げた。オレも上げた。後ろにはユニフォーム番号のワッペン?みたいなやつと、……オレの名前が、あったからだ。

えええええ嘘だろ。光樹って書いてあるんだけど。マジかよ。えええええ。河原と福田もオレの様子を見てお守りを裏返し、そしてオレと同じように硬直していた。あまりの衝撃に言葉を発せずにいるうちに、先輩が「せっかくせーので裏返してもらう予定だったのに…」と愚痴っぽくこぼす。そこで我に返ったオレはお守りと先輩を交互に見ながら一気にまくし立てた。

「先輩、オレ達の下の名前知ってたんですか!?」
「降旗くんも河原くんも福田くんもあたしの大事な後輩なんだから下の名前知らないわけがないでしょ」

……やべえ。今ちょっとキュンときた。ちょっとだけ、キュンときてしまった。いや、キュンとは違うか。さっきよりもずっと明確な、くすぐったい気持ちがこみ上げてくる。いつも名字で呼ばれてるし、下の名前なんて滅多に呼ばれることがないから絶対知られてないと思ってたのに。

「もしバスケ部の皆に可愛い彼女がいたらこうやって試合の前にお守り作って貰ったりするんだろうね、ってコガくんと喋っててさ。何となくその場のノリで裁縫教えてもらって作ってみたんだけどコガくんって本当に何でもできるんだよね。さすが器用貧乏。あたしが一年生三人の分作ってる間コガくんめっちゃ暇そうにしてたし」

ということはこれ、先輩の手作りなのか。やべえ嬉しい。「こういうことするのってマネージャーっぽくて憧れてたんだよね」と笑う先輩にお礼を言うと満足げに頷かれた。あー。やっぱりオレ彼女ほしいわ。彼女ほしいけど、今はこのままでいいかもしれないと思ったり。向かいに座る二人を見ると緩んだ顔をしながらお守りを鞄にしまっていた。…明日学校で会ったら黒子と火神に自慢してやろう。密かに決意を固めながら、オレ達は先輩の食べ終わったトレーを持ってマジバの出口に向かった。

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